3章11話 ノーパンで、金髪の美少女が――(2)



「ご、ゴメン! 事情を知らないとはいえ、訊いちゃいけないことだった!」

「う、ううん! ロイくんはなにも悪くないよ? っていうか、あんな展開に遭遇したら、普通は事情、訊いておきたいと思うし……」


 シーリーンは卑屈に笑う。


「それでなんとか風に負けず寄宿舎に帰ってこられたんだけど……、おトイレしたくなっちゃって……。でも、上の階のトイレは使われていたから、下の階に、って」


「なんてリアクションすればわからないけど……先にパンツを穿いておくべきだったかもね」

「あぅ、その……も、漏れ、そう……だった、から……」


 女の子特有の白い頬を乙女色に染めるシーリーン。

 一方、ロイはまた変なことを訊いてしまった、と、地味に焦り、強引にでも話題を変えることを決定する。


「あっ、そうだシーリーンさん」

「シィなんかに、そこまでかしこまる必要ないよ? シィで大丈夫」


「……、コホン! 実はシィに、1つ渡したい物があるんだ」

「初対面なのに?」


「ちょっと待ってて」

「うん、大丈夫だよ」


 いったんロイはシーリーンの部屋を出て、階段を下り、自分の部屋に戻った。

 そして即行である物を回収して、再び彼女の部屋を訪れる。


「これ、講義のノート。ただのお節介なのは自覚しているから、もしもシィがかまわないならだけど……」


「これを、シィに?」

「正直に言うと、シィが不登校だってこと、知っていたんだ。だからたとえ会ったことがなくても、少しでも役に立てたらいいと思って……」


「っていうことは、イジメのことも……」

「……ゴメン、友達から聞いたんだ」


 ふと、シーリーンはロイからノートを受け取り、パラパラめくって中身を見てみる。


「――まさか」

「ん?」


「ひぅ!? もしかしてロイくんも、シィに講義に出席するように……!? 段階を踏んで登校できるように講義のノートを……!?」


 顔を青ざめさせて、シーリーンは震える。

 今にも泣き出しそうな表情で、まるで小動物のような怯えっぷりだった。


「あはは、違うよ? むしろ逆かな?」


「逆?」

「キミは魔術を究めたくてこの学院にきた。でも、出席はしたくない」


「うん……、都合がよすぎるのは、わかっているけど――」

「――だからボクが、キミの分までノートを取ってきてあげるよ」


 瞬間、シィは大きく目を見開いた。

 今まで同級生や教師はもちろん、親にさえそのようなことを言われたことはなかった。

 自分にとって優しい言葉なのに、自分のために紡がれた言葉とは、一瞬、本気で思うことができないほどだった。


「ホントに、いいの?」

「ボクはキミに、登校しろなんて絶対に言わない。だって――」


 ロイは前世のことを思い出し、一拍置いてから続ける。


「学院に通いたくでも、そういう環境に囲まれちゃったら、どう足掻いても登校するのが難しい。ボクはそのことを、よく知っているつもりだから」


「違……っ、そうじゃ、なくて」

「えっ? なにか違うこと言っちゃった?」


「ロイくんに、メリットはなにも、ないよ? シィはなにも、返せないよ……?」

「大丈夫、優しさの押し売りなんてするつもりはないから」


「でも――」

「見て見ぬふりをしたら寝覚めが悪そう。他人に優しくしたい、だから優しくする。ただそんなシンプルな理由で自分勝手なことをしているだけだよ」


「――――ぁ」

「ボクはボクがしたいことをしているだけだから、気にしないで?」


 声を出そう、返事をしよう、お礼を言わなくちゃ――。

 そう思っても、シーリーンは口から言葉を紡ぐことができなかった。


 かなり胸がドキドキしているが、今はまだ、シーリーンはロイに惚れていない。

 ロイとは初対面だし、シーリーンは自信がなく奥手で、同時に女の子としての自分を大切にするタイプだった。ゆえにそうそう簡単に、誰かに恋愛感情――いや――それに限らず心を開いたりはしない。


 ただ少なくとも、ロイには心を開いたようで、彼女の心境を端的に言うなら――驚いたし、嬉しかった。

 驚きと嬉しさのせいで声が出せなくなることがある。なんてことをこの時、彼女は初めて経験したのだ。


「それと、これももしシィがよければだけど、ボクと友達になってくれないかな?」


「――シィが、ロイくんと?」

「実はボク、自分から積極的に友達を作ったこと、数えてみたら予想以上に少なくて……真正面からこんな提案する人、珍しい自覚はあるけどね」


「――――ん」

「ダメ、かな?」


「シィの事情、知っているんだよね?」

「うん」


「シィと一緒にいたら、もしかしたら、ロイくんまでイジメに遭うかもよ?」

「ボクは損とか得とかで友達を選んでいるわけじゃない。イジメなんてイジメる側が100%悪いんだし、周りを気にする必要はないよ」


「普通は、一緒に遊んでいるうちに、いつの間にか友達になっていた、って感じで……。常識的に考えて、イジメられっ子と遊んでくれる人なんて――」

「それは誰かが決めたことじゃない。それに、仲良くなりたかったら、友達になってくれない? って訊くのが、一番手短でしょ?」


 そして、数秒間だけ静寂がシーリーンの部屋に広がった。

 明らかに不器用ではあるが、言い換えればストレートなロイに対して、シーリーンは――、


「不登校は友達を作っちゃいけない、なんてルールはないよね?」

「うん、当然っ」


 不安そうに、シーリーンはロイに手を差し出した。

 ロイがそれに応じて握手すると、おっかなびっくりではあったものの、シーリーンもそれに優しく握り返す。


 シーリーンは頬が熱くなるのを自覚したが、不思議と、イヤな感じはしなかった。


 他の人とはなにかが違う。少なくとも自分にとってはいい意味で、全ての常識を壊してくれる、白馬の王子様のよう。

 そんな想いを胸に、いづれ魔王軍から黄金の悪魔と呼ばれる女の子は、いづれ魔王から唯一無二の友人と呼ばれる男の子と出会ったのだった。


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