3章9話 喫茶店で、放課後デートを――(2)



「アリスさんはそういうのがないから安心だよ~」

「そうですね~」


 本当に安心しているような表情で、イヴとマリアはロイとアリスを交互に見やった。


「ロイとは友達だもの。信頼を裏切るようなことはしないわ」

「ボクとアリスが恋人同士になるとか、未来のことはわからないけど、少なくともボクは今の関係にまだ浸っていたいかな。友達になってから、2週間も経ってないし」


「ん?」

「ん?」

「ふぇ?」


「あれ? ボク、なにか変なこと言ったかな?」


「お兄ちゃん! アリスさんと恋人になるかもしれないの!?」

「いや、未来のことはわからないって言ったよね!?」


「物理的にはそうですけど、そうロマンチックな言い方をされると、暗に匂わせている感じがしますからね?」

「姉さん、顔が怖い……」


「わ、わわ、私、っ、と、……ッッ、ろろ、ロイが? こここ、恋人!? その……、えっと……! も、もちろんロイが恋人なら、他の男の子と比べて将来安泰そうだけど……、ふぇ……」


 今にも泣きそうなイヴに、怖い笑顔を浮かべるマリア、そして先ほどの数十倍は赤面しているアリス。

 3人をロイだけでなだめるには数分を時間を要した。


「コホン、そもそもこの王国、グーテランドは一夫多妻制を認めているのよ? 多数の女の子から告白されたのなら、同時に付き合うわけにはいかないのかしら?」


 アリスが咳払いをして仕切り直すも、いささか微妙な仕切り直し方だった。

 まだ頬に乙女色が残っている。


「意外だね。アリスは1対1で付き合う方に賛成だと思っていたよ」

「大事なのは相手に対する愛情と、なによりも真剣さでしょ? 本当に真剣なら何人とでも愛情を深めればいいと思うし、逆に微塵も真剣じゃないなら、たとえ1人でもたぶらかしちゃダメよ」


「で、弟くん?」

「実際はどうなのよ?」


「そうだねぇ……、アリスはお付き合いに『真剣さ』が必要って言うけど、それをボクなりに言い直すと、『誠実さ』って言葉になるんだよ」


「それ、わざわざ言い換える必要、あるのかしら?」

「具体例として、まぁ、その、うん、ボクも女の子から何回か告白されたことはある」


「明らかに何回かどころじゃないんだよ……」

「けど、相手のことを好きじゃないけどカノジョがほしいから付き合う。っていうのは、恋人同士って言葉を借りた別の関係だと思うから、少し違うかな」


「素晴らしい価値観ですけど、思春期の男の子にしては達観しすぎですね」

「とはいえもちろん、本人たちが満足しているなら、そういう関係があっても全然いいと思うけど。ボクがそうというだけだし」


 愛想笑いを浮かべるロイ。


「でも――そうだね。仮にボクが複数人の女の子を好きになったら、全員を絶対に幸せにしてあげたいよね。それがいわゆるハーレムを作った時の、夫の最低限の責任なんだし」


 と、一先ずロイはここで締めくくった。


 ロイの言う、全員を絶対に幸せにしてあげたい。

 言わずもがな、ロイは一夫多妻制を認めるという意味でそう発言した。


 ロイの前世ではなかなか受け付けられない価値観だろうが、ここはそういう文化の異国の地だ。他の国の文化を引き合いに出す方が間違っているだろう。


 それに正直、ロイの中にもハーレムに憧れる気持ちはあった。

 ただそれ以上に、仮にハーレムを作るなら、せめて自分の手の届く範囲では、誰も不幸になってほしくない。そういう気持ちが強かったのである。


「ところでお兄ちゃん、妹と結婚するのはどうなの?」

「!?!?」


 イヴが可愛らしく小首を傾げてとんでもないことを訊いてくる。

 さらにマリアも乗っかってきた。


「ちなみにお姉ちゃんと結婚する場合も答えてね?」

「いや、確かにこの国では合法だけど……」


 ロイの言うとおり、グーテランドでは本人たちの同意があれば、妹とでも姉とでも、結婚し、子どもを作ることが可能だった。


(たとえ法律や常識だろうと、確かに人間が生み出したモノに絶対的なモノはない……。それは理解しているけど、どう答えればいいんだ?)


 合法ということで言わずもがな、ロイの前世で近親相姦はドン引きの対象であったが、この世界ではそのようなことはない。

 ロイは(常識なんて、実はそこまで強大なモノじゃないだね)と一種のアハ体験のような感じを覚えつつ、いい返事を思い付いて切り替えした。



「逆に訊くけど、イヴと姉さんはどうなの?」

「わたしはいつでもいいよ! もしお兄ちゃんが許してくれるなら、幸せな家庭を作りたい♡」

「わたしもですね。その……弟くんって、聖剣使いでもあり、ゴスペルホルダーでもあり、それらを抜きにしても頭がいいですよね? 生まれてこの方、弟くんよりも魅力的な男性と会ったことがないので、責任を取ってもらわないといけません♪」


 マリアの言うことにも一理ある。

 このまま今後の人生で一切なにもしなくても、王国全土の教育機関の教科書で、ロイの名前が載ることが確定している。


 そのような偉人が身内にいるのだから、マリアの異性に対するハードルが超絶高いのも仕方のない話だった。

 ロイは(父親が裕福だと、それを基準にカレシを見てしまうエレクトラ・コンプレックスの名残の、さらに派生かな……)と気付き、強引にこの話題を終了させる。


「じゃ、じゃあ、考えておくね?」

「は~い!」「うん、ありがとっ」


 余談だが、グーテランドの女性の平均出産年齢は、王都周辺と地方では多少差があるが、25歳前後だった。10代で結婚している男女も少なくない。


 ロイが覚えていた前世の情報曰く、近親相姦でできた子どもよりも高齢出産でできた子どもの方が、言い方を非常に慎重に選ぶ必要があるが、悪い影響が出る可能性が高い。社会的に、倫理的に強い批判をされるような議題だが、数字上の事実としてそうなのである。

 ゆえにグーテランドでは、近親相姦でできた子どもでも、普通に暮らしている子どもが多かった。


「そういえば、アリスって兄弟や姉妹はいるの?」

「姉が1人いるわ」


 と、ここでアリスが立ち上がる。


「ちょっと長居しすぎたわね。あまり席に座っていてもダメでしょうし、そろそろ出ましょうか」

「うん」「は~い」「そうですね」


 苦笑交じり言うアリスに、3人は賛成して、同じく立ち上がった。


「そういえば、3人の寄宿舎ってどこの寄宿舎なのかしら?」

「第2寄宿舎だよ!」


「学院から徒歩10分のところで、隣にパン屋さんがある寄宿舎ですね」

「だったらロイって、シーリーンさんと同じ寄宿舎じゃない」


「……え?」

「例のノート、思ったより簡単に渡せそうね」


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