3章2話 教師にヒミツで、バレないように筆談を――(1)



 講義中、ロイは自分の分と、加えてもう1冊のノートを用意して、その両方に板書の内容を写した。その様子を、隣の席のアリスは不思議そうな顔で横目に窺う。


『なに書いているの?』


 と、アリスは自分のノートの端にグーテランドの言語で書く。

 それに対してロイも、自分のノートの端に返事を書いた。


『シーリーンさんのためにノートを取ってあげているんだよ』

『?』

『不登校だから講義には出席できないだろうけど、せめて、講義の内容だけは届けたいな、って』


 転生者だが、ロイだってこの世界で15年以上生きている。

 ゆえに、この世界の不登校事情だって、ある程度は知っていた。


 この世界の、この時代の、この文化レベルで、不登校というモノはあまり社会的に知られていない。

 この世界の住人の感覚でいうと、イジメはイジメる方が当然悪いが、イジメられたらやり返せ! イジメに屈するのは、キミが悪いわけではないが心が弱い! というのが社会通念である。


 しかし、ロイには前世で培った不登校に対する理解力がある。


 ロイが前世で愛好していたファンタジー小説でありがちな内政チートや科学技術チート、前世の知識を使った俺THUEEEEEEEEEEE!!!

 これらは現実問題、少なくとも今のロイには実現不可能だ。


 だがそれでも、なにもできないというわけではない。

 まずは今の自分でもできることで、1人の不登校児の環境を、前世の知識でよくしてあげるというのは、充分に実現可能だとロイは考えた。


 この世界で不登校という状況は、誇張抜きで、そう簡単に他人から理解されるモノではない。

 だからこそ、ロイは自分1人だけでも、シーリーンの味方になってあげたかったのである。


『講義に出席できない生徒のためにノート。そういう発想もあるのね』


『なんとなく訊きたいんだけど、思い付かなかった?』


『欠席した生徒のためにノートを貸してあげる。そういうことは普通にあるけれど、それを不登校に応用するというのは、ちょっとビックリ』


 本当にそうなのだろう。

 日本では当たり前のことでも、この世界では当たり前ではない。


 ロイにとって当たり前の知識でも、この世界の住人には、称賛されるほどではないが、なかなか思い付かない。

 こういうことを、前世の日本基準で評価してはいけない。と、ロイは一応、文化の違いに気を付けておくことにした。


『ロイって優しいのね』

『アリスにそう言われると、他の人に言われるよりも嬉しいよ』


 読んで、一瞬だけ頬を赤らめるアリス。


『どうして?』

『自惚れかもしれないけど、ボクのことを優しいって言ってくれる女の子は、少なからずボクに好意を持ってくれている』


『自惚れじゃないわよ。事実としてそうじゃない。それに、私だってロイに好意を抱いているわ』

『ありがと。でも、アリスのそれは友人としての好意で、色眼鏡抜きで、1人の人間として褒められている感じがするから、すごく嬉しいんだ』


 ロイがノートの端に黒のインクを滑らせると、ふっ、とアリスがやわらかに微笑んだ。


『当たり前じゃない。私とロイは友達なのよ? 違う?』


 そしてロイが返事を書く前に、アリスが2行連続で想いを綴った。


『私は、私自身が人として尊敬できる人でないと、仲よくしようとは思わないもの』


『そっか。ボクもアリスのことが好きだよ』

『ありがと♪』


 互いに示し合わせたわけではない。

 だというのに、ロイとアリスは互いにノートから顔をあげて、同じタイミングで、実際は本当に違うのだが、相思相愛の男の子と女の子のように、やわらかく微笑み合った。


「ゴホン!」


 大きく咳払いをする男性講師。

 ロイとアリスがハッとして、講師、そして周りを見回すと、2人は少しばかり注目を浴びていた。特にロイに憧れを抱く女の子からの視線がすごい。


「ロイ・モルゲンロート。並びに、アリス・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタイン。講義中に筆談は楽しいか?」

「「すみません……」」


 と、そこで2人は他の生徒から笑われてしまう。

 だが、その笑いは親しみやすいもので、決してバカにするような意図は含まれていなかった。


「まっ、私も学生時代は女の子と講義中に筆談したものだ。次からは、講師に見付からないように上手くやりなさい。そういうのが賢く学院生活を、そして青春を謳歌するコツだ。こっちも見付けた以上は注意するのが仕事だからな」


 またもや教室から笑いが溢れる。

 そしてロイもアリスも、この講義の講師がフランクな人で助かった、と、顔をほころばせた。


「さて、授業に戻るぞ」


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