2章7話 入学式で、エルフの美少女と――(2)



 が、しかし、その教室に辿り着くまでが大変だった。


「ロイくん、入学式の挨拶、カッコよかったよ!」

「ずっとあなたに憧れていました! お目にかかれて、すごくすごく嬉しいです! 握手してください!」


「ちょっと! 抜け駆けは許しませんよ! 私とも握手してください!」

「今ガールフレンドっていますか? いないのなら、もしよろしければ私と……っ♡」


 ゴスペルホルダーというだけでも注目の的なのに、ロイは『あの日』、何百年も使い手が現れなかったエクスカリバーを石から抜いてしまったのだ。

 その時点で、ロイの名前が王国中に広まるのは時間の問題だった。村ではみんな彼の存在に慣れていたが、ここでは、特にミーハーな年頃の女の子にとっては新鮮な存在なのだろう。


 余談だが、ロイに集まってくる女の子は人間だけではなかった。

 金髪碧眼のエルフの女の子や、イヌの耳やネコの耳を付けたクーシーやケットシーの女の子、身長が低いドワーフのロリっ娘まで、多種多様な追っかけである。


(ど、どうしよう……? こういう状況はもちろん、男子として素直に、かなり嬉しい。村でもこういうことはあったけど、たくさんの女の子から好意を寄せられて、嬉しくない男子なんて、いるわけがないと思う! 少なくともボクは嬉しい。けど――)


 女の子たちに囲まれながら、少しロイは周辺を確認した。


(困った……。いや、そう思ったら反感を買うかもしれないけど、流石にここだと他の人の迷惑になっちゃう……)


 なんとか時間をかけて、ロイは少しずつ前に進んでみせる。

 講堂を出て、渡り廊下を進み、校舎の1号館の廊下に辿り着いて……その時点で、前に進めないほど女の子に囲まれてしまった。


 右腕にも左腕にも抱き着かれる。

 前から女の子が押し寄せた結果、やわらかい胸を押し付けられて、背後は壁だ。


 このまま時間を消費してしまうと、自己紹介や学生生活ガイドブック配布の時間に間に合わなくなってしまうだろう。


 なんとしても5学年次のBクラスの教室に集まらなければ。

 そう少し不安になったその時だった。


 突然、なにもない空中でパン、というクラッカーが鳴る程度ではあるが、確かな爆発音が響いた。

 ロイの含め、その場にいた全員が流石にその音源に視線を向ける。


「焔属性の魔術……?」


 呆然とするロイ。そして彼に群がっていた女の子たちはほうけたように静まり返った。

 その間隙を衝いて、1人の女の子が腰に手を当てて、ざっ、と現れた。



「あなたたち! 初対面の殿方に群がるなんて、年頃の淑女として恥ずかしくないの!」



 一瞬で気付いた。

 彼女はエルフの女の子である。


 緑豊かな森を吹き抜ける風のようにサラサラな金色のツーサイドアップは、一目見ただけで見惚れて、息を呑み、時の流れを忘れるほど綺麗だった。

 エルフ特有の尖った耳にその流れるような髪をかけ、女性らしく長いまつげとパッチリとした二重のまぶたの中には、蒼い瞳がサファイアのように飾られていた。


「アリスさんだ……」

「あの侯爵家の?」


 顔立ちはとても端正で上品さ、淑やかさに溢れているが、その反面、意志の強そうなツリ目からは気品としたたかさも伝わってくる。

 手に収まるよりも少し大きく、形の整った胸を自信満々に張り、細い腰に手を当てている少女。


「それと、ほら、あのオーバーメイジの――」

「それで規範を?」


 身長は160cmぐらいで女の子の中では高い方なのもあり、その姿はとても様になっている。

 スラリとした脚には黒のニーソックスを履いており、スカートとの間に形成される絶対領域が色白で、それは目に眩しいほどだった。


「えっと、キミは――」

「初めまして、ロイくん。私はアリス・エルフ・ル・ドーラ・ヴァレンシュタイン。エルフ・ル・ドーラ侯爵家の次女で、魔術師学部ウィザード学科、5学年次、ランクはウィッチよ」


 目をあわせて向かい合うと、印象が確信に変わった。

 控えめに言ってもアリスは美少女だ。


 控えめではなく正当に評価するならば、アリスの子どもらしい可愛らしさ、とても大人びている美しさ、2つの魅力の二重奏は近い将来、名立たる貴族の子息たちから、確実に婚約を求められるぐらいだろう。

 もはや天使のような女の子と言っても差し支えなかった。


「ほら! ロイくん! サッサッと行くわよ!」

「あっ……」



Wickeln包め, Sternenlicht天より fällt降り vom差す Himmel星芒よ. Ich bin ein farbloses Glasなきガラス, das das ganze愚者の Licht瞳を durchlässt欺く, um dieため Augenに、 eines遍く Narren光を zu täuschen透き通す! 【 硝子 の 心得 】ウィ・ エイン・ グラス!」



 突然触れてきた細長い女の子の指に、少し緊張するロイ。

 アリスの方は彼の手を握り、詠唱を響かせ光の魔術をキャストした。


 刹那、2人の姿を誰も認識できなくなる。

 それどころかロイでさえ、手を繋いでいなければ、アリスが自分の前にいることに確証が持てない。その上、自分の身体すら透明になっていた。


「さぁ、早く!」

「あっ、うん!」


 アリスに手を引っ張られて、ロイは女の子の軍団から脱出した。

 そうして階段を上り、廊下を進み、目的の教室の前で、アリスは自分たちにキャストした魔術をようやく解く。


「ありがとう、助かったよ」

「礼には及ばないわ。私は学院の風紀を乱す行いが許せなかっただけよ」


 さも当然と言わんばかりにアリスが自信満々に胸を張った。


「まぁ、ロイくんが悪いわけではないのでしょうけれど、騒ぎの原因になりやすい事情を抱えているのも事実でしょう? できれば、今後は注意して頂戴ね?」

「あ、あはは……、ゴメンね?」


「でも、意外」

「? なにがですか?」


「少し知り合いからあなたのことを聞き及んでいたのだけれど、ふふっ、案外庶民的な感じなのね」

「庶民的っていうか、本当に庶民だからね。――あっ、アリスさん、敬語使った方がいいですか?」


 ロイはアリスが侯爵家の令嬢ということを思い出し、そう申し出る。

 しかし彼女は静かに首を横に振った。


「別にいいわ。他の人は違うでしょうけれど、少なくとも私に、貴族と平民の差を感じなくていい。私にはまだ、貴族としての中身が伴っていないもの」


「えっ? そう、かな……?」

「それに、そんなのを気にしていたら、友達になれる人が少なくなっちゃうじゃない」


「そちらはそのとおりですだと思います」

「敬語」


「うっ、そうだね、アリス」


 と、このタイミングで鐘が鳴る。

 あと少しでホームルームが始まる証拠だ。


 ロイはこのまま目の前の教室に入ればいいが、アリスは先ほど自分がウィザード学科と言っていた。早々に移動した方がいいだろう。


「それじゃあ、アリス、よかったら今度、一緒にランチでも」

「ええ、楽しみにしているわ。ところで、最後に1つ」


「なにかな?」

「あなたは特務十二星座部隊のエルヴィス様の案内で、王都まで来たのよね?」


「えっ? う、うん」

「なら、アリシアという女性に心当たりはないかしら?」

「? いや、知らないよ」


 本当にロイはアリシアという女性を知らなかった。

 王都に着いてからも、村で暮らしていた時も、それどころか前世でも、アリシアという女性と知り合ったことはない。


 それだけを確認すると、アリスは手をパタパタ振って――、


「それじゃあ、また会いましょう。自分から言ったんだし、ちゃんと私のこと、改めてランチに誘いなさいよ?」


 こうして、ロイの学院生活は始まった。


 新しい土地。

 新しい学院。

 新しい人々。


 そんな世界で、ロイはここから、前世で叶わなかった青春をやり直す。


 入学早々、アリスとも友達になれた。

 マリアとも再会できたし、イヴに至っては村を離れて王都まで付いてきてくれた。

 そしてメイドのクリスティーナとも仲良くやっていけそうである。


 ロイが振り返ると、そこには教室のドアがあった。

 彼は心を弾ませながら、新しいクラスメイトが待つ教室のドアを開けたのだった。


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