2章6話 入学式で、エルフの美少女と――(1)



 白くて、高潔で、本当に騎士のような男子生徒の制服。

 一方で、黒くて、気品ある、本当に魔術師のような女子生徒の制服。


 それぞれ、ロイは白、イヴは黒の制服を着て、寄宿舎の表、玄関の前に立つ。


 2人の他にはマリアと、カメラを用意したクリスティーナの姿もあった。

 マリアもイヴと同じように黒の制服を着ていて、クリスティーナはいつもと同じメイド服である。


「やはりビックリしましたでしょうか? お姉様も同じ寄宿舎で暮らしていらしたこと」

「クリスさんは知っていたんですか、そうですか」


 微妙な表情かおで反応するしかないロイ。

 雑談も早々に終わらせると、右から、マリア、ロイ、イヴの順番で並び、3人がフレームに入るように、クリスティーナはカメラを調節する。


「ご主人様、お嬢様がた、お似合いでございます♪ それでは――」


 この世界、この王国のカメラは、ロイの前世のカメラと比べて撮影にかかる時間が長い。

 というわけで、3人は少しの間じっとして、撮影が終わるのを少し待つ。


 しかし、今使っているカメラがロイの前世のカメラと比べて後れを取っているといっても、このカメラには少々魔術的な構造が絡んでいた。

 ある意味、半分アーティストである以上、前世のダゲレオタイプのカメラ、カロタイプのカメラ、写真乾板を使ったカメラとは全くの別物である。


 約1分後、無事に撮影は終わった。


 ロイとイヴ、そして保護者ではないが保護者の席で参列する予定のマリア。

 3人は撮った写真をいったんクリスティーナに預けた。そして晴れ渡る青い空の下、清々しい透き通るような空気を吸って、寄宿舎をあとにして入学式に向かい始める。


 最初、城下の街でグーテランド七星団学院の制服を着ているのは3人だけだった。

 しかし、商人や王都の民で賑わう一角を抜け、3日前、旅芸人や吟遊詩人がいた広場を進み、石畳と石造りの建物が並ぶ西洋の街並みを抜け、学園の敷地に近付くにつれて――、


「この人たちが、全員、ボクと同じ学院の生徒、か」


 思わず、ロイは震えそうになった。

 なんせ剣と魔法の世界で、それを極めるための最高学府に入学するわけである。


 なんとか我慢するが、感極まってほんの少しだけ、涙が出そうになった。

 口元の笑みを、どう頑張っても隠し切れない。


 前まで引きこもりで、不登校で、世間一般に言われるオタクで、根暗だった自分が、この日から普通に学院で生活を送れる。

 入学初日から、クラスメイトが自分をバカにするなんて、絶対にありえない。教師が自分の扱いに手を焼くなんて、どう考えてもありえない。


 誰も前世の自分を知らない。そのような環境でのリスタート。

 ここでならやり直せる。


 誰もロイの過去を知らないから。

 誰もロイのことを、いるだけで迷惑なんて思わないから。

 たとえ戦争中だったとしても、ここはロイにとって、相対的に優しい世界だから。


「弟くん、行こう?」

「お兄ちゃん、早く行こうよ~っ」

「――、うんっ」


 そうして、ロイは今日から通うことになる学び舎の敷地に足を一歩、踏み入れる。


 歴史と伝統、そして卒業生の方々の国に貢献した功績によって、時が進むごとに、前に前に進んできた学院。

 王国の発展はこの学院なしには語れない。それを証明するように、敷地内にはいろいろな、格式高い建造物が並んでいた。


 騎士学部が講義を受ける1号館と2号館。

 魔術師学部が講義を受ける3号館と4号館。

 後方支援学部が講義を受ける5号館などなど。


 騎士道修練特別学舎に魔術修練特別学舎。図書館と礼拝堂。

 食堂の横にはウッドデッキがあり、ウッドデッキの横には広々としたガーデンが広がっている。

 敷地の西側には植物園と、小さいとはいえ、平均以上の設備が整っている天文台。


 そして自由に走り回るのに困らないグラウンドに、生徒たちが青春を謳歌するクラブハウスの特別棟まで、この学院にはあるというのではないか。


 それで最後に――、


「入学式は講堂で、か」


 講堂に移動すると、多くの新入生、在校生、保護者、そして学院に関係している仕事をしている者(剣術の講師や魔術学の教授や事務職員など)が、横長のイスに座っていた。


 横長のイスが横に8列、縦に20列と並べられていて、騎士学部アサルトナイト学科のロイは横から1列目、縦からも1列目の横長のイスに、魔術師学部ヒーラー学科のイヴは横から7列目、縦から2列目の横長のイスに案内される。

 ちなみに、新入生ではないマリアは後ろの方に。当たり前だが、新入生は前の方で、他の人々は後ろの方らしい。


 どうも落ち着かず、ロイは講堂の中を見回した。

 壇上には高さ7mはありそうなステンドグラスがあって、表からの日の光を差し込ませてキラキラとそれを反射させている。そして、つまり、それほど講堂の天井は高いわけだ。上を見てみるとシャンデリアまでぶら下がっているではないか。


 また、前方には前述の壇上とステンドグラスがあるから仕方ないのだが、後方には2階席まで用意されている。劇場のような作り、と言えば伝わるだろうか。


 横長のイスもただの木製ではなく、上質な木々を使っているようで、その上、意匠まで彫られているし、新年度ということで一新したのか、新品の匂い、心が落ち着くような木の香りがするようだ。


 そしてロイが、イヴのことが不安になってヒーラー学科の方に視線をやった、その時だった。


『これより、国立グーテランド七星団学院、中等教育、上位、ならびに下位の入学式を始めます』


 恐らく、無属性魔術の中でも、音系統、反響を司る魔術を使っているのだろう。涼やかなのにやわらかな女性の声が、講堂に響いた。


 司会進行役の女性は「中等教育、上位、ならびに下位の入学式」と言ったが、言わずもがな、上位に入学するのがロイで、下位に入学するのがイヴだ。上位と下位というのは単純に生徒の年齢のことで、剣術や魔術の実力のことではない。


 最初は学院長の挨拶から始まり、学院の関係者によるお祝いの言葉、そして在校生代表からの祝辞が新入生に送られて、次に――、


『新入生挨拶、新入生代表、ロイ・モルゲンロート』

「――はい」


 新入生の挨拶は新入生代表のロイが担当することになっていた。ゴスペルホルダーで、その上、聖剣、エクスカリバーの使い手、加えてエルヴィスの推薦でこの格式高い学院に入学。これで新入生代表に選ばれない方がおかしい。


 席を立ち、壇上に上がるロイ。

 同時に、ロイに憧れている、あるいは少ししか憧れていないが興味はある女子生徒が歓声を上げた。


 その女の子たちの歓声の中、ロイは壇上の中央に行く。

 で、女の子たちの歓声がやんでから、挨拶を読み始めた。


 まずは挨拶や在校生からの祝辞に対する礼、自己紹介、どこの入学式の誰の話にも混じっている天気の話、その天気の話に織り交ぜて「長い歴史の中、王国の発展に寄与してきた学院に入学できて光栄」とか「喜びと不安が入り混じっておりますが、学院生活を謳歌したい」とか、そのようなことを言い、最後に結びの言葉を口にして〆る。


 ロイがほぅ、と誰にもバレないように安堵の息を漏らすと、同時に、講堂中から盛大な拍手が巻き起こった。女の子はうっとりしたような表情で、男の子は憧れるような表情で、そして大人たちは未来ある若者の青春を祝福するように。


 そして――、

 講堂に集まった一同で国歌を歌い、次に在校生と学院関係者が校歌を歌い、そうして、約1時間の入学式は終わった。


 で、次は教室に移動である。

 グーテランド七星団学院は、ロイの前世で言うところの大学と似ている部分があり、講義は学生が自由に取ることができるが、一応、クラスというモノも存在する。ロイのクラスは5学年次のBクラスだった。


 が、しかし――、


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