2章1話 王都で、新しい生活を――(1)



 エルヴィスがロイを村に勧誘に来てから、4年と4ヶ月の月日が流れた。

 約束よりも早いが、彼は4年と4ヶ月を自分の生まれた村で過ごし、妹のイヴも初等教育の課程で、学年首席を取ることができた。


 今まで育ててくれた両親。

 今までよく面倒を見てくれた村の大人たち。

 今までよく遊んだ同年代の子どもたち。


 卒業式のあと、村にいる人々、全員に別れの挨拶をして、ペリドットの月、1年が始まって8番目の月の下旬に、ロイとイヴは村を旅立った。


 馬車に乗って約1週間。

 途中、地方都市や中規模な村で休みを入れつつ、平原や森の中の馬車道や湖畔こはん沿いを馬車は進み、そしてついに、2人は到着した。


 王都、オラーケルシュタットに。


「おお~~っっ!」

「お兄ちゃん! すごいよ、すごいよ!」


 2人が興奮するのも無理はない。


 竜が攻めてきてもビクともしなそうな王都の周りを囲む城壁。

 人の身長の5~8倍、巨人の身長ほど高そうなそれの門を抜けると、そこには誇張抜きで見たこともない、新しいセカイがロイとイヴを待っていた。


 2人がいた村に、3階建て以上の建物は学校しか存在しない。

 しかし王都は違った。


 木造ではなく石造りで、3階建て、4階建ての建物が当たり前。

 一部、5階建ての建物すらある。


 その建物の1階部分では、オーニングを日除けにして、その下で瑞々しい果実や新鮮な野菜、港町から水魔術の応用で氷を生成し、鮮度が落ちないように運ばれてきた産地直送の魚介類が売られていた。


 馬車の窓から少し遠くを眺めると、何本も立派な塔が連なっている、荘厳で、見ただけで神々しさが伝わってくる、石造りの真っ白な大聖堂がまずは瞳に映った。

 他には、王国中の書物のほとんどを有している国立オラーケルシュタット大図書館。


 歴史と伝統がある王国の芸術作品を展示していて、王国の外からも、他国の富裕層が来訪して休暇を過ごすと言われている、国立オラーケルシュタット美術館。

 そして王都の中心に建ち、王都で一番大きく広く、綺麗で、偉大で、荘厳で、近付くことさえ恐れ多く、視界に入れただけで圧倒されるような建物、国王陛下とその一族が暮らす城、星下せいか王礼宮おうれいきゅうじょう


 最後に――、


「お兄ちゃん! あれ見てみてよ!」

「あれが――ボクたちが通う、国立グーテランド七星団学院」


 建造物以外にも、村と違うところは数えきれないほどあった。

 城下の街を往来する人々の服装は、王都というだけあって村の人々と比べて高級そうである。


 ロイは例外だが、イヴなんかは生まれて初めて、建物の1階で営まれているカフェやレストランを見て目を輝かせていた。

 馬車が通り過ぎた広場には、その街の広場を象徴するように、ロイの前世顔負けの時計塔と噴水まで造られている。


 そして――、


「あれって……エルフ!?」

「クーシーやケットシーの子もいるよ! それにドワーフも!」


 エルフ。

 サラサラの金髪と尖っている耳が特徴的な種族だ。遺伝的な傾向としては、人間より体力スタミナ筋力パワーは低いものの、魔術適性と先天的な魔術師としてのスペックは人間よりも高い。


「ティナ~! 早く早く!」

「リタ、ちゃん……待って、よぉ……。はぐ、れ、ちゃう……」

「どうせ匂いでわかるからヘーキヘーキ!」


 また、人間の身体に、イヌの耳とシッポがあるのがクーシーで、ネコの耳とシッポがあるのがケットシーだ。

 いわゆる亜人種であり、人間と比較するとかなり五感、特に嗅覚が鋭い種族が多い。エルフとは逆に体力と筋力も、全体的な傾向として人間を上回る反面、肉体強化などの魔術はともかく、複雑な魔術は苦手である(あくまでも不器用なだけであり、基本的には人間と同じぐらい魔術の適性はあるが)。


 そしてドワーフは人間と比べて身長が低く、それに比例するように手足も短いが、亜人種と同様に人間以上に体力も筋力もある種族だ。

 しかも手先が器用なので、芸術家や武器職人として優秀な偉人を輩出していることで有名な種族でもある。


 もともとこの国は古くから人間の国だった。

 本来、エルフや、クーシーやケットシーなどの亜人種、ドワーフなどが住む地域は大陸の別のところにある。


 しかし各々の国ごとに貿易や外交を重ねて、今では別の国の別の種族の観光客や、出稼ぎ、そして留学生まで来るようになった。

 もしかしたら、ロイとイヴがり当てられるクラスにも、別種族の生徒が在籍していても不思議ではない。


 唯一の例外は、魔族領だけである


「流石王都だね」


 わくわくとドキドキを隠せない様子、口ぶりでロイはイヴに言う。

 イヴの方もロイに賛同するように、何度も興奮気味にうんうん、と、頷いた。


「ロイ・モルゲンロート様、並びにイヴ・モルゲンロート様。まもなく目的地に着きます。下車のご準備を」

「は、はい、わかりました!」

「お兄ちゃん、慌てすぎだよ~」


 数分後、馬車は王都の馬宿から少し離れたところで止まり、御者がわざわざ表から扉を開けてくれた。ロイもイヴも、軽くお辞儀をして、馬車を降りる。


 ロイの場合は焦げ茶色のトランクをイヴの分も合わせて2個。

 イヴの場合、ロイにトランクを持ってもらっているので、オーモニエールだけ。


「お兄ちゃん、早く行こうよ~」

「はいはい、きちんと前見ないと転んじゃうよ」


 石畳の街をイヴははしゃぎながら進む。ロイはそのあとを微笑ましく追った。

 馬車の料金は支払わなくていいらしい。


(ボクの前世でも、馬車は富裕層しか使えなかったからね。農民の2日分の給料が馬車の移動1日分って言われていたし。で、前世でも現世でも同じく、基本的に平民は偉い人からの紹介状で馬車に乗って旅ができる。エルヴィスさん、ありがとうございます)


 この世界でもロイの前世でも、馬車に関連することは割と似通っていた。

 要するに、ロイとイヴはエルヴィスに紹介状を書いてもらって、その後光によって旅をしてきたわけである。


 この紹介状がないと、当たり前だが金銭的な理由で馬車には乗れない。

 なければないで宿屋や修道院に泊まりながら王都を目指すという選択肢も一応あったが、これがあるとエルヴィスの推薦ということで、貴族の屋敷で夜を明かすこともできた。


「? どうしたの、イヴ?」


 石畳の地面を、けんけんぱっ、しながらロイの先を行っていたイヴは不意に足を止める。


 彼女の目線の先には果実を売っている露店があった。

 肩をすくめるが満足気なロイ。彼はイヴに近付くと少し提案をしてみせる。


「イヴ、少し寄り道してから寄宿先に行こうか?」


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