1章7話 修学旅行で、聖剣を――



 ついにロイは初等教育機関の6学年次に進級した。


「ロイは王都の中等教育機関に進学したい?」


 ある日、晩御飯を食べ終えたあと、ロイは母親であるカミラにそのような質問をされた。

 中等教育機関とは、ロイが前世で暮らしていた日本で言う、中学校と高校が一つになった教育機関のことだ。


 この村を出て徒歩で1時間ぐらいのところにも中等教育機関は存在するが、やはり王都のそれと比べると、いろいろと質が劣る。

 たとえば姉のマリアの場合、それが原因でより高い質の勉学に励むために、寄宿制度を利用して、村を旅立ち王都の教育機関に進学したぐらいだ。


 しかし、ロイは――、


「ボクは別にいいよ。村の近くの学校に通う」


「でもね、ロイ? あなたは可能性の塊なのよ? 王都の学院に通えば、ますます才能が開花する。お金だって、自分の子どものためにお金を惜しむ親なんていないわ」

「でもボクは、努力っていうのは環境も大事だけど、それ以上に自分のやる気が大事だと思うんだ。ボクはここでも強くなれるよ。それに――」


 一拍置く、ロイ。


「ボクが村を出ていけば、当然イヴは悲しむ。それに、ゴスペルホルダーがいなくなったら、国から村への援助金も少なくなる可能性もあるし……」


 ロイが生まれてくるまで、決してこの村は裕福ではなかった。

 生活が貧しくても村人が生き生きしているのはいいことだ。だがそれは言い換えれば、村人が生き生きと暮らしているけれども、村が貧しいという事実を誤魔化せないということでもある。


 しかしロイが生まれて、村は以前よりも明るくなり、それ以上に彼のゴスペルが国に認められた数日後からは、国から援助金も出るようになった。

 村においてロイの存在は欠かせないモノだし、国からしてもゴスペルホルダーの存在は、たとえ貧しい村の子どもでも、支援しなければいけない存在である。


(王都に行けば、間違いなくロイは立派な騎士になれる。本人が言うところの最強にだって、この子なら本当になれるかもしれない。けれど……)


 カミラは悩む。

 ロイを王都に行かせたい気持ちは強い。


 けれど、確かにロイ本人が指摘するように、イヴが悲しむし、村が活気を失うかもしれない。

 本来なら親子間の話なのだが、ロイの影響力を鑑みれば、2人だけで決めていいことではなく、村全体で話し合うべきことだった。


(村のために子どもの可能性を狭めてしまうなんて……、わたしはどうしたらいいの……)


 イヴが悲しまないために、そして村のために。

 結果としてはロイ自身の発言が決め手となり、彼は初等教育を修めたあとは、王都ではなく村から一番近い中等教育機関に通うこととなった。


 だが――、

 しかし――、


 ――神様はロイの才能を、村の中で完結させるわけにいかなかった。


   ◇ ◆ ◇ ◆


 6学年次のダイヤモンドの月、ロイの前世で言うところの4月。

 ロイの学校で馬車を使った修学旅行が行われた。


 馬車で村から2日進むとたどり着く、王国が定めた国家文化遺産の遺跡が、ロイたちの修学旅行の行き先である。


 その文化遺産の遺跡は、古来、魔術の発展にも貢献した文明の名残で、その上、建造物の建築様式は芸術的にして文化的。

 加えて、近くの森や図書館には珍しい動植物や歴史的な文献も存在しているので、児童対象の修学旅行としては打って付けの場所とのことだ。


 初日と2日目は、馬車による移動。

 3日目は講師による文化遺産に関する講義。

 4日目は自由行動。


 そして翌朝には馬車に乗って帰り始め、修学旅行もそろそろ終わり。

 そんなタイミングで、誇張抜きに王国全土を揺るがす出来事が起きた。


 自由行動でロイたちの班は、文化遺産の遺跡の中央に存在する聖剣を見学しに行った。


 ――聖剣、エクスカリバー。


 神々しいオーラを纏う聖剣は、剣が剣自身の存在を誇るように、遺跡の中央の石に刺さっていた。

 純銀のように美しい光沢を魅せる剣の腹に、息を呑むほど煌くような鋭い刃、豪奢な装飾が施されている芸術品としても一級な柄。


 見ているだけで時の流れを忘れて、その聖剣が石に刺さっている空間にいるだけで、自分が今立っている場所が神話の世界の一部と感じてしまう。

 ウソ偽りなく、心の底からそう錯覚するほど、聖剣に宿る風格は気高い。


 この剣を拝謁した誰もが、これは王にこそ相応しい聖剣だと思うだろう。

 後光が差して見えるぐらい神秘的にして、超自然的な存在だった。


「抜いてみますか?」


 と、ガイドが実はお決まりの案内する。

 すると、聖剣とか聖槍とか、そういう武器が大好きな年頃に差し掛かった男子が一斉に反応した。


「抜けるんですか!?」

「ハイハイ! オレ、抜いてみたい!」

「はい、柄を掴んで石から引っ張るぐらいなら大丈夫です。ぜひぜひ頑張ってください」


 ガイドが言うと、ロイの班の生徒たち、おまけで引率の先生も、エクスカリバーの柄を持って石から抜こうと引っ張った。


 が、当然ながら抜けるわけがない。


 エクスカリバーにまつわる逸話。

 曰く、石に刺さった剣を抜けるのは『王』としての素質がある者だけ。

 それ以外の者には絶対に抜けない。


 その王とは、神によって任命される。

 神によって任命された王は、いずれ世界を救う勇者としても活躍する。


 絶対に壊れない。

 エクスカリバー特有のスキルもあると、学者の間ではまことしやかに囁かれている。


「ロイくんも引っ張ってみたら?」

「わたし、ロイくんがエクスカリバーに触っているところ見たいなぁ♪」

「ロイくんなら本当に抜けるかも!」


 なんて、女の子たちは無邪気にロイの背中を押して、エクスカリバーが刺さっている石の前に立たせた。


 しかし――、

(ボクの今の身長が140cmぐらいだったはずだけど、それに対してこの剣は1mを少し超えるぐらいなんだよね。抜けるわけがないけど、仮に抜けたとしても、絶対に持てないかな……)


 なんて、苦笑いしながらロイはエクスカリバーの柄に手をかける。


 ――刹那、


 エクスカリバーから光と風が混ざったような波動が奔流する。

 風圧とも剣圧とも異なるそれを、強いて言葉にするならば、まさに神聖の圧力。


 荘厳にして芸術的。

 見る者全てが感動で涙を流しそうなぐらい偉大なのに、破壊的。


 ゆっくりと、ロイはエクスカリバーを石から引き抜く。

 嗚呼、本当に引き抜けそうだ。


 自分と同じぐらい大きい剣を、片手では無理だが、両手だと持てる。


 純白の光に、黄金の風。

 剣が刺さっていた石があった空間は、天使でも降臨したかのように清くて純粋なオーラに包まれて、大気中の魔力が世界の全てを祝福しているようだった。


 天使が讃美歌を唄うような幻聴が、そこにいた者の全員に聞こえて――、

 本来、肌で感じるだけで目には見えないマナが、色彩豊かに顕現し――、

 輝く光と速く流れていく風が『王』にして『勇者』の覚醒に震えているようで――、


 ロイは10秒以上かけて、エクスカリバーを、刺さっていた石から、全て引き抜いた。


「――抜けた? こんなに、アッサリ?」


 呆然と呟くロイ。

 ロイにスゴイことをした自覚はなかったものの、ガイドは慌てて教師にこの場に残るように指示して、本人は遺跡の最高管理人に報告しに走り去った。


 そして、そこからはもう突発的にも限度があるお祭り騒ぎのような状態だった。

 が、とにかく、この日、この瞬間、ロイ・モルゲンロートの名前と偉業が、全世界に轟くことが確定したのである。


 ロイ自身、世界規模の運命に巻き込まれている自覚もなく――。


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