1章6話 風呂場で、妹と――(2)



 その上、ロイは運動神経抜群、頭脳明晰というだけでもなく、性格もよかった。

 自分が天才ということに対して、ロイは自分がすごいから、と、自意識過剰な勘違いを起こしていない。


 全部転生のおかげと自覚している。

 自惚れていないからこそ、本来自分の成果ではない現状を、鼻にかけるようなことはしなかった。


 しかし誇らしくないことと、誇りたくないことは別である。

 だからだろう。ロイはいつか転生のおかげではなく、自分自身の成果によって周りをあっと言わせたいと夢見ており、剣術の稽古や魔術の訓練をサボることはなかった。

 そしてそれ以外にも――、


「お兄ちゃん! 遊んでよ~っ」

「はいはい、じゃあ、今日はなにする?」

「かくれんぼ! お兄ちゃんが鬼だよ!」


 妹のイヴも、いつの間にか就学前教育機関に入園するような年齢になっていた。

 この日はイヴだけだったが、たまにロイは妹の友達の遊び相手にもなってあげている。といっても、初等教育機関から帰ってきたあとで、しかも剣術の稽古と魔術の訓練の合間にだが。


 遊び終えて夜になると、ロイはイヴをお風呂に入れる。

 理由は不明だが、どうもイヴは両親よりもロイに懐いていた。


(前世で得たネット知識だけど、西洋でシャワーが一般的になったのって19世紀以降なんだよね。18世紀以前は、川から水を汲んで、それを沸かすって方が一般的だったらしいし。だからこの世界でもお風呂なのか……。それに、この世界には火を起こす魔術もあるし……)


 と、ロイはイヴが服を脱ぐ手伝いをしながら思い返した。


(不登校だったから無駄にインターネットする暇があったんだよね)


 イヴが服を脱ぎ終えて、自分も服を脱ぐと、いざ入浴。


「お兄ちゃん、髪と身体、洗ってよ~」

「卒園するまでだからね?」

「は~いっ」


 数分後、イヴの髪と身体を洗い終えると、2人は湯船に浸かった。

 やはり理由は不明だが、イヴはお兄ちゃんであるロイのことが大好きなので、入浴時にはいつも、彼の膝の上に座って、彼の身体を背もたれにしている。


 流石にマリアが悪いというわけではない。

 が、姉にお風呂に入れられるより、1人でお風呂に入れない妹の世話をする方が、まだロイの良心が痛まずにすんだのも事実だった。


「ねぇ、お兄ちゃん? どうしてお兄ちゃんはいろいろ頑張るの?」

「いろいろ、って?」


「剣とか、魔術とか、それ以外のお勉強とかだよ?」

「努力するのが楽しいからだよ?」


 妹の口調が移ってしまったロイ。


「でもね? お兄ちゃんを見ていると、なにを目指して努力しているのかわからないよ?」

「目的、目標、か……」


「うんっ、確かそーいうの」

「確かにボクは、努力することが楽しいから努力しているね。手段が目的になっちゃっているかな?」


「ぅん? 手段が目的?」

「イヴにはまだ難しかったかな? でも、もともとボクは最強っていうと漠然としすぎだけど、自分なりに上達したくて努力し始めたからなぁ……、う~ん」


 言ってしまえば剣術も魔術も、前世のスポーツのように趣味に近いモノだ。

 実際、この村にも、魔術を覚えてもそれを仕事にしない人だってかなりいる。王国全土に範囲を拡大すればさらに増えるだろう。


「よくわからないよ! なんで最強になりたいの?」

「あはは……、子供の疑問に答えられない親になったみたいだ。でも――」


「? でも?」

「正直、自分でもよくわからないから、いつかきちんと、その自問自答に向き合わなきゃいけないんだろうね」


「じもんじとー、って何?」

「自分で問題を見つけて、自分で答えること」


「自分で問題を作るなら、答えるのって簡単だよ?」

「イヴはシンプルだからこそ答えるのが難しいことを言うなぁ」


 そう――、

 イヴの言うとおり――、


 ロイは自分が最強を目指している理由を、自分でも上手く説明できない。

 この世界では、大いなる世界の意思とか、集合無意識とか、アカシックレコードとか、万象の真理とか、宇宙の根源とか、そう呼ばれている例の女の子。あの子に「あなたが本気を出せば、誰よりも強い存在、最強になれます」と言われただけであって、それは自分の内側から湧き出たモノではない。


(なんか、ボタンをかけ違えたような感じがする……)


 確かに最強というのは憧れる。

 確かに最強になれるならなってみたい。

 少年なら、一度は最強というモノに夢を抱くものだ。


 けれど最強になれたとして、ロイはそのあと、最強になった自分が何をしたいのかが、全く想像できなかった。


(そういえば、この世界には魔王がいるんだっけ……?)


 だからと言って、ロイは流石に魔王を倒そうとは思わなかった。

 もともと別世界の住人だったロイにしてみれば、魔王なんて空想の産物に過ぎない。


 いや、それ以前に、出会おうとして出会える相手でもないだろう。

 あと少しで10年になるほどこの世界で暮らしているが、ロイの住んでいる村は魔族領とはかなり離れているため、魔物すら見たことがないのだ。


 戦争というモノは、いつどこで起きてもおかしくない。だというのに、ほとんどの人間は自分とは縁遠いモノだと思っている。

 それと同じように、ロイも魔王を始めとする魔族のことを、どこか自分とは縁遠い存在だと思っていた。


(この世界には、エルフやドワーフやセーレーン、吸血鬼やサキュバス、オークやゴブリン、ケモ耳っ娘やドラゴン、そういう生き物もいるらしいけど、まだ見たことがないなぁ。住んでいる地域が違う、ってことだろうけど)


 いつの間にか、徐々にロイの思考は最強に関する話題からファンタジーの存在に関する話題にシフトしていた。

 だが、数ヶ月後、ロイの運命が、本当の意味で動き出すことを、彼はまだ知らない。


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