1章5話 風呂場で、妹と――(1)
ロイにとって4歳と5歳は、出会いと別れの時分だった。
まずは彼が4歳の時、妹ができた。
名前は、イヴ・モルゲンロート。
姉のマリアと同じく、夜空色の髪と、ルビーのような紅い瞳を宿した、愛くるしい赤子である。
次に5歳の時、姉のマリアは初等教育機関を卒業すると、王都の寄宿制の中等教育機関に入学するため、村を旅立った。
両親は娘が村から出ることに難色を示したが、王都で立派になって帰ってきてくれれば、むしろ村のためになるだろう、と、最終的には認めることに。
その後、ロイとマリアは1ヶ月に1回のペースで手紙のやり取りをしている。
だが姉と離れて暮らすことになった寂しさは、手紙で誤魔化せるようなモノでもない。
ロイが前世で暮らしていた国、日本では一般的に、18〜22歳程度で教育が終わり、そこから先は社会人としての扱いを受ける。
しかし言わずもがな、この世界の文化は違う。
ロイがイレギュラーすぎるというだけで、マリアも充分に優秀な子どもだった。
優秀な子どもがまだ10代前半のうちに親元を離れて、仕送りか、あるいは学生とかでもパン屋などで働きながら、1人で暮らし、寄宿制の教育機関に通うことも珍しくはない。
家庭によっては初等教育を終えた時点で自立、それ以上学問を修めることなく働く子どももいるぐらいだ。
成人は18歳で。
男の子は精通した時点で、女の子は初潮を経験した時点で、結婚可能。
この王国は一夫多妻制。
ブドウ酒などの嗜好品は15歳から。
このように文化が異なる世界で、その世界の住人たるマリアは、ロイが感傷的になるとわかっていても、王都に向かった。
いわゆる、ロイが感じているモノはカルチャーショックだ。
この世界に5年近く住んでいても、前世の記憶がなくなるわけではないのだから。
「ロイく~んっ♡ こっち向いて~っ!」
「きゃ~~っ! ロイくんカッコいい♡」
「綺麗な剣の軌跡~っ、すご~い♪」
加えて、ロイはもう5歳ということで、マリアと同じく初等教育機関に入学した。
そして、それを契機に剣術も習い始めた。
子どもとは思えない理解力。
並びに子ども特有の習ったことへの吸収能力。
その結果なんて言うまでもない。
ロイはパワーでは年上に劣ってしまうものの、技としての剣術では村一番になってしまう。
剣術の特訓中、村にある訓練場でロイが年上の訓練生と模擬戦をしていると、彼を好いている女の子たちが観戦にくる。基本的に毎日だ。
しかも以前は運動ができて頭がいい子どもですんでいたが、この世界において、剣術というのは一種の文化・
結果、それを極める男の子として、ついにメンバー全員が女の子のファンクラブまでできてしまった。
模擬戦で勝利すると、女の子が集まって飲み物を渡してくれたり、頬を伝う汗を拭ってくれたり、まさに至れり尽くせり状態のロイ。
真剣な顔で剣を振るえば、女の子は頬を赤らめ、手を振ってあげると黄色い歓声が湧く。実年齢が違うロイでさえ、この状況は嬉しくないわけがなかった。
が、だとしても剣術の稽古は本来子どもには厳しいはずだ。
しかしロイには〈世界樹に響く車輪幻想曲〉があったので、厳しければ厳しいほど稽古にやりがいを見出して、ますます努力するようになる。
他のナイト候補生が稽古をしんどく感じる時でも、ロイはひたすらに剣を振り続けて、最強を目指した。
サボり、まではいかなくても、楽しかった稽古が疲れるようになりつつある他の子。
一方で楽しい稽古で疲れても、その疲労さえゴスペルで楽しく感じるロイ。
そのひた向きな姿勢に、女の子たちは淡い恋心を隠し切れなかった。
◇ ◆ ◇ ◆
一方、ロイは剣術を重視するあまり、勉強の方を疎かにすることもなかった。
魔術を使うことと、魔術の理論を学ぶこと。
この2つは、必ずしも同じではない。
言うなれば、実技と座学。
男の子も女の子も、子どものうちは椅子に座ってお勉強するよりも、いろいろと身体を動かす方が好きな子が多い。
しかしロイは、前世でまともに学校に通えなかったのと、再三以上になるが〈世界樹に響く車輪幻想曲〉のチカラで、座学でも授業を受けることに楽しさを見出した。
テストでは当たり前のように100点を取り、クラスではみんなの人気者。
「ロイくん♪ お勉強、教えてほしいな?」
「わたし、ここわからないの~。ロイくん、教えて~♪」
「え、えっと……、一人ずつ順番にでいいかな?」
「「「「「は~い♡」」」」」
もともと、ロイは天才なんて持て囃されていても、(誰にも迷惑をかけていないなら、あと少しこういうのを続けてもいいよね?)という感覚で異世界転生生活を楽しんでいた。
自分が満足するために、天才であることを利用して他者を蹴落とすということはしない。
なので勉強を教えてほしいとお願いされれば、そのぐらいお安い御用とまで思っている。
ロイとしては、折角、少しチートだが天才なのだから、悪いことをするよりも誰かの役に立ちたいという考え方をしているのだ。
そして――、
「
――座学だけではなく、ロイは魔術の適性が低くても、ゼロではないと諦めずに実技の方も努力していた。
【魔弾】や初歩的な肉体強化の魔術である【強さを求める願い人】など。
今ではロイの中で比較的適性が高い無属性魔術と光属性魔術の初等魔術なら、容易に発動できるようになっている。
朝起きて、昼間は学校に通い、夕方は剣術の稽古に励み、晩御飯を食べてから庭の木に向かって魔術の練習。
そんな生活がロイは楽しくて楽しくて仕方がなかった。努力することもそうだが、生活そのものが楽しい。
だから必ずしもゴスペルだけのおかげではない。無感動な前世の生活と比べて、圧倒的に毎日が充実している。
で、ロイが3学年次になる頃。
彼は今までもあり得ないスピードだったが、それよりも目まぐるしい勢いで成長した。
剣術において、村でロイに敵う子どもはいない。
それどころかロイの噂を聞きつけて隣や、さらにその隣の村からも、手合わせを願いたいという子どもが訪れて、無論、無敗。ロイに恋慕の情を抱く女の子は別の村にも現れ始めた。
魔術の実技においては、適性の面で他の子どもたちよりも後れを取るも、努力に努力を重ねて、クラスでは中の上の成績を修めている。
今では使える魔術も増えて、日常生活でも時たま使えるレベルだ。
座学の方では成績学年首席。
みんなと同じ内容の勉強では少々物足りないので、夜、就寝前に上級生が習うような内容の本を読み進めて、3学年次だというのに、初等教育の魔術座学の内容を全て勉強し終えている。
そしてその上――、
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