荒野

ある少女の話です。


少女の家は運び屋でした。


古風に言えばキャラバンです。なので、お家といえば大きなトラック、そして狭いテントが少女にとってのお家でした。


ある日、少女に悲劇が降りかかります。


いつも通り荷物を積んで、いつも通りに出発して、いつも通り目的の街に向かったけれど、いつも通りに街には着けませんでした。


道中で、ゴーレムに襲われたのです。


突然に大きな音と悲鳴が上がりました。いろんな人が怒鳴りながらいろんなことをしていたようでした。けれど、ついに少女が乗っていたトラックも転倒してしまいます。それだけで終わることはなく、耳障りな金属の歪む音がして、“なにか”砕かれました。


少女は呆然としました。涙は流していません。悲しいと思うこともありませんでした。


目の前で家族が物言わぬ身体になっていても。いや、だからこそ少女は何も考えないようにしていました。


見なければいい。見えていても見てない振りをすればいい。心の奥底では分かっていたとしても、心を空っぽにしていたので少女は悲しくありませんでした。


少女が何かを考えたのは何一つ物音のしなかった地獄に、物音がしたからでした。生きている人がいる。そう思うと身体が勝手にトラックから飛び出そうとします。


ひしゃげた扉を、少女の細腕でなんとか開けて、転がり出て見た人は……知らない男の人でした。


少女は涙を流します。知らない男を見ただけでしたが、しゃくりあげ、激情を吐き出すように泣き声を上げました。


男は車のドアを開け、少女に言います。


乗れよ。と。


投げやりにかけられたその言葉に、少女は涙と嗚咽もそのままに小さな車に乗ったのでした。


街に着くと、男は宿を取りました。広めの、家族で泊まるような大きな部屋です。


男は荷物を置くと少女にいくらかお金を投げ渡しました。


「腹が減ったら宿の店主に飯作って貰え。宿から出てもいいが、自分で帰ってこい。後は知らん」


男はそう言って寝てしまうのでした。少女はどうしていいか分からず、お金を握りしめたまま隣のベッドで眠りました。

男は朝早くに部屋を出て、お日様が赤くなると帰ってきました。少女が起きるころには男の姿はなくて、枕元にご飯を食べてもちょっと余るくらいのお金が毎朝置いてあるのです。そして、そんなことが何日も何日も続いたのでした。


「何か、できることはありますか?」


少女は彼にそう聞きました。けれど、彼はそっけなく、ないと言い放つだけです。


「恩を返したいんです。何かありませんか?」


「ガキのお前に何ができるんだ?言ってみろ」


少女は口ごもってしまいます。少女はまだ子供で。彼のために出来ることなんて思いつかないのです。だからせめて、なにか求めてくれないかと聞いてみたのに、彼はご飯を食べさせてくれるだけで何も言ってくれません。


「うた……おうたなら、歌えます」


「歌?ハハハ!それはいいな。寝るとき、子守歌みたいに歌ってくれ。少しは眠くなるかもな」


「は、はい。がんばります」


それから、少女は彼がベッドで横になるたびに歌を歌ったのでした。


ある日、彼が楽器を買ってきたのです。


「ギターだ。俺は音楽なんぞ分からんが玩具代わりだ。弾くなり振り回すなり好きにしな」


「で、でもこんなのもらえません」


「いいんだよ安物だし。そろそろ出ていくからな」


「え……?」


彼は少女のことを気にかけるでもなくベッドに横になってしまいます。慌てて少女は歌います。聞きたいことがあったけれど、それが少女に出来るたった一つの恩返しだったから。

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