和解
【好い歌ですね】
話しかけられた女はそこで演奏を止めた。したり顔で声のするほうへ向き直る。
「そうかな?気に入ってくれたなら嬉しいよ」
【ええ。気に入りました。とても。とても。貴女の要求に応えましょう。進行方向を変え、建造物の密集地帯を避ければよろしいのですね?】
「うん。もしできるなら、これからも。あなたが誰かは知らないけれど、わたしはきっと仲良くなれると思うから」
【同感しましょう。あなたの歌は心地良い。許されるなら、もう少し聞かせてもらっても構いませんか?】
「もちろん。アンコールには応えたことないんだけど、演奏は途中だったからね」
再び演奏がはじまる。歌も歌いだす。蚊帳の外なエルケンスだったが丸く収まってラッキー程度にしか思っていなかった。部屋の隅に転がっていた荷物を取りに行く。
【貴方は何をしているのですか】
「俺のことか?」
【貴方のことです】
「こいつらは質のいい魔石を含んでるみたいだからな。売って金にするんだ」
エルケンスは倒れたゴーレムを小突いて見せた。そしてそのまま魔石の摘出の作業に入る。
【なるほど。あなたたちにとって利用価値があるのですね】
エルケンスは何体ものゴーレムから魔石を取り出したが、渋い顔をした。どう見積もってもハンヴィーに代わる車を新調する金額にはならないからだ。
「おい、この石もってるならくれ」
【我々は貴方に興味はない】
「そーかよ」
エルケンスが停止したゴーレムもぶっ壊そうか悩み始めたころ、ゴーレムが動き出し、どこかへ去っていった。
【ありがとうございます。十分に堪能しました。名残惜しいですが、目標が接近しています。速度を落とすので降りるとよいでしょう】
「そっか。もしどこかで見かけたなら、歌を聞かせにまた頑張って乗り込んでくるよ」
【感謝を。こちらもあなたが近づいたなら迎えを出しましょう】
「おい。どうでもいいが、俺は先に降りてるぞ」
「ちょっと待ってくれてもよくない!?」
【いえ、早急に降りていただければと。この速度ならば容易に侵入を許すでしょう。あなた以外を迎えるつもりはありません】
「……分かった。次に来たときは、私を拾ってくれた人の話でもするよ。きっと気に入ってくれると思う」
【期待しましょう】
バイバイ、と女が手を振って制御室を出る。来た道を二人で戻り、スロープのところまでくれば、確かに少し無茶すれば飛び乗れそうな速度だった。
「お前、運動神経はいいほうか?」
「並みだと思うけど、貴方の期待するほどはないと思う」
「そうか。なら、我慢しろよ」
エルケンスは女の背中と膝裏に手をまわし、持ち上げた。俗にいうお姫様抱っこだ。
「えヘヘ」
「なに笑ってんだ気持ち悪い」
「こんなことされたの久しぶりだったから。子供のころを思い出したんだよ」
「そーかい。舌噛まないように気を付けろよ」
エルケンスは女を抱えたままぴょんと飛び降りた。勢いで転ぶかと思ったが、着地後、氷上を滑るように靴を滑らせ、態勢を崩さず静止した。
目の前には街。そして、加速しつつ街を迂回するバラムが見える。どうやら一件落着の様だ。
「お、おいあんたら。いま、あれから降りてきたのか?」
避難の誘導をしていたのだろうか。後ろから話しかけてきた兵士は信じられないものを見たようだった。
「ああ、そうだ。壊せなかったが、どうやらこいつのおかげで軌道を変えられたらしい」
エルケンスは女を下ろしながら指す。それを見て、兵士は叫び、避難した先へ帰っていった。
「ねぇ。これ、すごいことになるんじゃない?」
「そうだな。街を救った英雄様だ。しばらくは遊んで暮らせそうだぜ」
エルケンスは幾ら貰えるだろうかと、期待に胸を膨らませた。
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