観客
バラムの内部は確かに居住スペースがあった。女の勘というやつだろうか。そうだとしたら、素直に感心する。
庭園や個室、食堂やトイレ。人が住んでいたであろう痕跡があちこちに散らばっていた。
しかし、死体も遺骨もない。たまにゴーレムと出くわして戦闘になるくらいだ。女はゴーレムを見るたび怯えて、エルケンスの影に隠れていたが、エルケンスの邪魔をすることはせず、ピッタリとついてくる。
まるで廃墟のような施設を歩き回り、その末に制御室らしき場所でソレと会った。
【止まりなさい侵入者】
機械的な、しかし肉声のような声が響いた。警戒するエルケンス。対照的に、女は会話できることに安堵したのか、表情が和らいだ。
「えっと。私たち、これを止めたくて来たのです」
【認められません】
「それでは、進行方向を変えるだけでもいいんです。このまま行くと街が壊れて多くの人が悲しむんです」
【必要性を感じません。我々が支えるべきヒトはもういない】
取り付く島もない。様子を見ていたエルケンスは肩を竦めてコンソールを弄り始めた。
【やめなさい。立ち去らなければ攻撃を開始する】
「待って。私たちは――」
「機械ごときが反乱気取りか?ぶっ壊れたポンコツが偉そうに脅してんじゃねぇぞ」
【我々は機械ではない】
吐き捨てた戯言に、声の主は間髪入れず否定した。エルケンスは気にしていなかったが、女はその言葉に驚いた。
【警告を無視。防御機構を作動】
不穏な言葉と共にアラームが鳴り響く。あちこちからゴーレムの足音がし始める。
「ヒュゥ。こいつは大漁だぜ」
「ねぇ。あなたは人を知っているのね?」
「知っています。しかし、それは過去の話です。」
エルケンスは女と声の会話なんて聞かずに嬉々として銃を抜き、残弾を確認しつつ銃口を入口へ向ける。エルケンスの視界の端では女がギターを取り出そうとしていた。ハンヴィーを砕く相手にどれ程の効果があるかは分からないが、無いよりはマシだろう。
足音が近づき、ゴーレムの姿が現れようかという時、女はギターを構えてかき鳴らした。
ゴーレムに襲われるたび、震えていた女が、それらに襲われている最中に演奏を始めたのだ。アラームも未だ鳴り響いている。ゴーレムだって止まるわけじゃない。顔を覗かせたならエルケンスは構わず銃声をあげ、ギターの音なんて掻き消えてしまいそうだった。
しかしその旋律は、その歌は、確かにその場の全員が聴いていた。細い指が奏でる旋律は力強く響き、声は柔らかく室内を包んでいた。戦場に不釣り合いな不思議と、誰もそれを咎める者はいなかった。
しばらくして、ゴーレムたちの動きが止まったのだ。エルケンスは警戒しつつリロードする。後に、アラームまで小さくなっていく。残るは硝煙と演奏のみ。
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