直感

荒野を駆ける。使い古されたハンヴィーはしかし年季を感じさせぬ走行で、未だ現役だと主人に主張するようだった。


砂埃を上げる車はエルケンス達だけではない。


ゴーレム狩りや賞金稼ぎ達がこぞってバラムが来ているらしい方角に向かっている。 彼らにとって、そしてエルケンスにとって金と名誉は命の次に大事なものなのだ。


二時間ほど経っただろうか。明らかな異物が顔をのぞかせ始めた。徐々にその影は大きくなっていき、全体像をとらえた頃には、誰もが唖然としただろう。


塔のような四本足。城のような胴体。誰が言ったのか、移動要塞バラムと。その言葉に感動と絶望が込められているのを感じる。


これは人が対抗するモノではない。どうにかなるモノでもない。


「ィィィヤッハァァァアアア!!」


賞金稼ぎの一人が雄たけびを上げて速度を上げた。


一台の武装トラックが集団を抜けていく。その様子にエルケンスはつられて唇を歪めた。 きっと、あの賞金稼ぎには宝の山か財宝の塊にでも見えるのだろう。


一番槍につられて、皆それぞれバラムへ向かっていく。


全く、頭のおかしい奴らだ。


「びびったなら観光はお終いにするか?」


女に声をかけると、やや震えた声で返ってきた。


「あ、貴方の仕事の邪魔はしないよ」


「そうかい」


震える声で強がる女に応え、エルケンスもアクセルを踏んだ。


エルケンスはバラムを迂回するように一旦すれ違い、Uターンして並走する。


先に言ったやつらは既に攻撃を始めていた。魔石による法撃。大砲や機関銃をあちこちからあてまくっている。


「ほれ、そこにブローニングがあるだろ。デカブツのどこでもいいから当ててみろ」


「わ、わたし!?」


「お前以外に誰がいるんだよ」


「わ、分かった。やってみる」


ガチャガチャと音がした後、ブローニングが火を噴く。


銃口は華奢な腕を跳ね除け、弾丸はバラムを大きく逸れて、青空に向かって飛び立っていった。


「おい!!誰も祝砲を上げろなんて言ってねぇ!!」


「銃なんて初めて撃つんだよ⁉か弱い女性に何を求めてるのさ!?」


半分自棄な剣幕で怒鳴り返される。


「ったく。無駄弾だったぜ」


エルケンス達が揉めている間にも賞金稼ぎ達が暴れまわる。爆炎と火花がバラムを焼き、硝煙と粉塵が尾を引いていく。しかし、バラムの進行に影響はない。装甲にも損傷は見られない。無駄だと悟ってか脚の関節を狙い始めるも成果は無し。少しずつ、並走する車が減っていく。


撃てば撃つだけ弾代が嵩むだけ。無駄ならさっさと見切りをつけるのが利口だ。


一チーム。また一チームとバラムから離れていき、最後の諦めの悪いチームと観光気分のエルケンス達しか残っていなかった。


「なんだか、家みたい」


「は?」


「なんとなく、家みたいだなーと思って」


女が不思議な感想を漏らす。エルケンスは改めてバラムを見るが、どうみても巨大な鉄蜘蛛だ。


「面白い事言うな。少し調べてみるか。危ねぇから頭引っ込ませてろ」


「え?」


速度を上げ、バラムに寄る。側面には何もない。追い越し、前面も見るがなにも無し。速度を落とし、バラムの後方へ行く。当然、脚が地を穿った礫が飛んでくる。強化ガラスは割れないものの、大き目の石が飛んで来れば貫通するだろう。そして、土埃で見づらいが、背後にもない。


「ちょっと!?すごい音してるんですけど!?」


パニックになったのか、ガキの様に喚き始めた。


「そうそう死なねーから気にすんな」


「危ないじゃない!!」


「そんなに危なくねーよ」


「死の危険が少しでもあったら一般人は震えあがるのよ!!」


エルケンスは喚く女を無視してバラムの下に潜り込む。 地を穿つ轟音に囲まれ、爆撃を受けているかのようだった。だが、エルケンスが探していたものは胴体下部に確かにあった。


「あったな」


「な・に・が!?」


「お前が家みたいだって言ったんだろうが。それなら出入り口があるはずだろ」


「はぁ!?そんなテキトーな感想を?」


「直感ってのは馬鹿にならないんだぜ。おい、ちょっとハンドル持ってろ。真っすぐ走れればそれでいい」


「え、ちょっと!!」


エルケンスはドアを開けて身を乗り出す。ドアに礫が当たるが気にしない。バラムを蜘蛛と例えるなら、腹の部分。そこにハッチらしきものがある。接合部分さえ壊せれば降りてくるかもしれない。


エルケンスは深呼吸した。冷静に、怯えずに、ただ標準を合わせるだけ。


立て続けに銃声が響く。轟音でかき消されるが、二つ。放たれた銃弾は吸い込まれるように接合部へと向かい、爆ぜた。


ハッチが開く。折り畳み式なのか、スロープが伸び、地面まで伸びて引きずられる。


「よし、乗り込むぞ。捕まってないと吹っ飛ぶぞ」


「え?え?」


運転席に戻ったエルケンスはアクセルを全開にする。土煙をかき分け、礫を弾き飛ばして降ろしたスロープを駆けあがる。スロープを抜けたところで車が跳ね、とっさにハンドルを切って回転させる。壁にはぶつかったが、十分に速度を落とせたので荒い停車で済んだ。エルケンスもホッと一息をついた。


「し、死んだかと思った……」


「おいおい、大げさだぜ。こんなん、まだマシな――」


エルケンスはドアを蹴り開け、女の腕を取って転がるように車から降りる。直後、ハンヴィーがひしゃげる音が響いた。


「おいおい。愛車がオシャカじゃねえか。冗談じゃねえ」


車を破壊した犯人は魔石人形――ゴーレムだ。


ゴーレムは高密度の魔石を含有していることからゴーレム狩りや賞金稼ぎ達の標的でもある。もちろん、ゴーレムに襲われる人間も少なくない。


ゴーレムは振り下ろした拳を持ち上げる。ゆったりとした動作の間に、エルケンスは銃を抜いて連射。肘と膝の四ヶ所を吹き飛ばし、あっという間に達磨にした。


「ありがとう」


「ああ。しかし弱えな。一般ゴーレムか?」


「一般ゴーレムって何?」


「ただのゴーレムさ。防衛用の戦闘向きなゴーレムもいて、そいつらはいい稼ぎになるんだが、こいつらは違うみたいだな」


エルケンスは倒れたゴーレムに近づき、探知機器を取り出した。魔石がどれほどの大きさでどれだけのエネルギーを内包しているか調べるための機械だ。結果は、並。しかし、その辺を歩いているゴーレムよりかは高密度な魔石を使っているみたいだ。


エルケンスはひしゃげた車から荷物を取り出し、一式を装備するとハンドドリルを手に魔石を掘り始めた。


「あなたはゴーレム狩りなの?」


「いや、どちらかといえば放浪者だ。金を稼ぐのに狩りはするがね」


エルケンスは魔石を取り出すと女が近寄ってきた。


「ほれ。荷物持ちな」


「女性に持たせるの?」


「荷物持ちも出来なかったらただの足手まといだろう?」


「ふふ。……そうだね」


女は嬉しそうに荷物を受けとる。


エルケンスは女の笑みを怪訝に思うも、気にせず歩き始めた。

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