花(エリーゼ) 後
エルケンスが寝泊まりするそこは小さな宿屋だった。簡素なベッドとサイドテーブルがあるだけの個室がいくつかあり、それがほとんどのスペースを占めている。一階には申し訳程度の食堂があるが、活気づいたところなど見たことがない。
しかし、その寂れているところがエルケンスは気に入っていた。
騒がしいのも人が多いのも苦手だ。その点、静かで見ず知らずの他人と世間話をしなくて済むここは居心地がよかった。この街に長く滞在していたのはそれが理由の一つだったりする。
「おう。おかえり。女を連れてくるのはいいが、壁が薄いのだけ覚えとけよ。トラブルで店のモンが壊れたらキチンと請求するからな」
宿屋に戻るなり、馴染みの店主にそう声をかけられた。
女?と思って左右を確認し、後ろを振り向けば広場で歌っていた女が何故かついてきていた。
「やあ、ご主人。彼にお勧めの宿まで案内してもらってね。空きはあるかな?」
「ああ、あるぜ。一応鍵はあるが襲ってくる阿呆どもには気をつけな」
「それは怖い。その時は彼を呼ぶとするよ」
女はこちらに視線をよこすと、心なしか足取り軽く部屋へ向かっていった。なんのアイコンタクトだ今のは。
「どういう関係なんだ?」
「知らん。俺にも何が何だか」
エルケンスは首をひねりつつ借り物の自室に向かう。妙な女に声をかけてしまったかもしれない。思いのままに生きるエルケンスだったが、この時ばかりは考えてから行動しようかと反省することになった。
部屋に入ってベッドに横になる。明日は情報を集めて、そのまま狩場を探すことになるだろう。久々の狩りだ。ゆっくり休んでおこう。
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