荒野に咲く花

夜路てるき

花(エリーゼ) 前

「あークソ。金がなくなってきたな」


エルケンスは酒を買った帰りにひとりごちた。


以前狩ったゴーレムはなかなかいい値段の魔石を持っていたが、銃弾にハンヴィーの追加装甲にとかなり金がかかった。それでも一月ほどは食ってこれたが、そろそろ新しい獲物を探さなければなるまい。


エルケンスがそのようなことを考えていると、ふとあることに気付いた。


平日の昼下がり。街は活気づいて人が行き来するはずの時間帯だが、広場方面に向かう人が多い。何かあるのだろうか。


エルケンスは手にした酒瓶を揺らす。


酒はまだある。少し寄り道をしても宿に着くまでに無くなるということはないだろう。そう結論付けてエルケンスは人の流れを追うように広場へと向かった。


広場では人だかりができていた。


そこまで近づけば人々が何に集まっていたか分かる。


歌だ。透き通るような声で高らかに歌い上げるそれは純粋無垢の子供のような、けれどどこか大人びた雰囲気を帯びていた。


「有名な歌手でも来たのかね」


つまらない落ちだったと、踵を返そうとした。しかし何故だろうか。既視感に襲われるのだ。


この曲にだろうか。この声にだろうか。このシチュエーションにだろうか。


いや、気のせいだ。歌手なんて興味ないし路上ライブを突っ立って聞き入るようなセンチメンタルは持ち合わせていない。


「お粗末様でした。これで、私の持ち歌は全部です。足を止めてくださった方、あし足を運んでくださった方、ありがとうございました」


落ち着いた、よく通る声がコンサートの終幕を告げた。拍手が鳴り響き、一旦騒がしくなるが、すぐに人は散り始める。


ちょうどいい。と、エルケンスは思った。曲名でも聞いてみよう。心当たりがなければ単なる気のせいだったと脳裏から振り払うことができる。


散っていく人々に逆らうように広場の中心に近づいていく。ちょうど、銀髪緋眼の若い女がギターを担いでいる所だった。


「今時、アンプに繋がずにギター一本で弾き語りなんてな」


女は目をぱちくりと、そしてまじまじとエルケンスを見つめていた。


「なんだ。声かけられるのはそんなに珍しいのか?」


「いや、ちょっと驚いただけ。そうだね。このギターは相棒のようなものだから。それに、持ち運びのことを考えると機材とかはどうしてもね」


女ははにかみ、ギターを慈しむ様に撫でた。年季は入っているようだが、手入れがしっかりされているのが素人目にも分かった。


「まぁ、いい。ちょっと気になっただけだ。あの歌はなんていう歌なんだ?」


「どれのことかは分からないけど、今日歌ったのは私が作った曲だよ。……聴き覚えがあったかな?」


期待するようなまっすぐな瞳。歌声の通り、大人びてはいるが子供の様に純真なのだろう。だが、残念ながら路上ライブをするような奴など記憶にない。


「いや、気のせいだろう。歌なんか聞く趣味ないしな。いきなり話しかけて悪かった。じゃあな」


そう言うと、女は残念そうに目を伏せた。


エルケンスは気にせず踵を返して宿屋へ向かう。歩きながら酒をあおった頃には女のことなど忘れ、狩りの準備などを考えていた。

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