最終回:闇あるところに光あり
そこは真っ白い空間だった。前にはよぼよぼのじいさんが雲のような椅子に座っている。右を見ると父が立っていた。白い服を着ていた。左手もあった。自分も同じような白い服を着ていることに気が付き荒太は改めて自分が死んだことを悟った。そこはこの世ではないような神秘的な感覚だった。荒太と目が合った父は鬼のような形相で荒太を睨みつけ、自分を殺されたということの怒りで荒太を襲おうとした。手を動かそうとする父だが、微動打にしない。何らかの力で金縛りになっている。そんなことなど知らず一生懸命に動こうとして疲れている。
よぼよぼのじいさんは近くにいたぴしっとした制服を着ている女の人が近づいて、何か耳打ちをしていた。それが終わるとじいさんは話を始めた。
「えー、ゴホン。私はゼウス、神じゃ。おぬしらわかっておると思うが今しがた死んだんじゃ。死んだあとに行く天国と地獄がある。それを今からいうぞ。」
あっさりした説明の後、荒太は願った。
(父には地獄に行ってもらいたい。そして母を苦しめ殺したことを改めてほしい。そのために殺したんだ。)
そう思った。しかし世の中はそう甘くはなかった。じいさんは確かにこう言った。
「えー、深井荒太。おぬし地獄行きじゃ。」
荒太はひどく耳を疑った。間違いだと。大きく目を見開いて驚きを隠せなかった。
「なんで……。」
じいさんはお構いなしに続けた。
「次に深井勝一郎。天国じゃ。」
父は鼻で笑い当然のように荒太を見下し、後から来た別の女の人に連れられてどこかへ消えていった。荒太は下を向くことしかできなかった。
(ああ僕は神様にまで見放されているのか、そんなに悪い子だったんだ。)
そんな風に思い嘆き悲しんだ。荒太は最初にいた女の人に連れられて、鉄の扉の所に立っていた。
「こちらです」
女の人が扉を開けた。奥はせわしく工場のようでいろんな人が何かに熱中していた。その姿はすごく楽しそうで活気にあふれていた。汗がだらだらと出ていてとてもしんどそうなのにとても楽しそうで、みんなが会話をしながら和気あいあいと作業をしていた。今の荒太のようにつらそうにしている人は一人もいなかった。何の作業をしているのかはわからなかったが、荒太の想像していたものとは違った。昔、母がとある絵本でアリ地獄に連れて行かれてしまう絵本を読んでくれたことを思い出した。荒太は地獄に行くとずっと苦しめられ、しんどい思いをするところだと思っていた。しかしここは全く違っていて一人ひとり笑顔で、荒太だけが暗い顔をしているほどだった。唖然としていると、ある男の人が近寄ってきた。
「おお!新入りか!」
そう言ってきたのは30代ぐらいのおじさんだった。戸惑っていた荒太に女の人が教えてくれた。
「荒太様この方はあなたと同じように死んでこちらへ来られた方です。名前は、あく……」
名前を言いかけたところでおじさんがしゃべった。
「龍之介って言うんだ、よろしく頼むわ。」
荒太は戸惑ったまま龍之介の方を見た。心配した龍之介が荒太に言った。
「大丈夫か?」
荒太は苦しそうに聞いた。
「ど…どうしてみんな楽しそうにしているの?地獄じゃないの?」
この率直な疑問に女の人は微笑んだ。
「そうですよ、ここは地獄です。元居た世界にも同じようなものがあったはずですよ。刑務所とかがそれです。あそこはただ人を苦しめるだけの場所ではありません。人を改心させ再び社会に溶け込めるようになるためのところです。ここも同じようなところで、辛いことがあった者がまた世界で充実した人生を送るために閉ざされた心を開くための地獄なのです。」
荒太は改めて見た女の人の顔はとても美しかった。そして龍之介が続けた。
「そうだぜ。みんなで楽しくして、生まれ変わったときにまた失敗しないようにな!救いは光だけじゃない。ここはそう教えてくれた。」
龍之介が笑顔でそういった後、後ろから見覚えのある女の人が走ってきた。女の人は龍之介と女の人の間を縫って荒太のところへ近づいた。
「荒太!」
荒太はなぜ自分の名前を知っているのだろうという疑問はすぐになくなった。荒太の名前を呼んで荒太を抱きしめた女は泣いていた。泣きながらよく親子同士で見る愛情表現のように女は荒太のほほに頬をこすりわんわん泣いていた。荒太には懐かしい声だった。それに驚いた龍之介が
「どうしたんですか佐恵子さん⁉」
と、言った。すると荒太が震えた声でこう言った。
「お、お母さん…なの…?」
女は体を起こし泣きながら答えた。
「そうよ、元気にしてた?先に死んでごめんね」
龍之介たちは家族の会話に水を差すまいとただ笑顔で見守っている。母が父はどうなったと聞くと、女の人が代わりにこたえてくれた。荒太が殺したことも、どうやって死んだかもすべて見たかのように鮮明に説明していた。父はマムシの毒で死んだのではなく、ショック死で死んだそうだ。これは荒太にとって初耳だった。さらに女の人はこういった。
「あの方は今頃成長を望めない何もない天国で死にそうになっているかもしれませんねもう死にませんが」
すると、泣いていた母が笑い出し、龍之介も
「死んでならではのジョークな!それ」
と笑っている。そのあと母が荒太の頭をなでてこう言った。
「すごい子だね」
この時昔母が言った言葉がどうしても思い出せなかったのがようやく思い出した。いつも頭をなでられてこういわれていたことを。そして女の人が続けた。
「あなたは見放されてなどいません。」
あのとき、雲のような椅子に座ったじいさんに女の人は荒太の事情を説明していた。
「ゼウス様あの子供の母がこちらにおりますそれと…」
言いかけたときじいさんは言った。
「わかっておる。あの小僧は悲しい目をしておる。」
女の人は荒太にこういった。
「ゼウス様は全てわかっておられます。ここにも味方はたくさんいます。」
付け加えて龍之介が言った。
「俺たちこれから家族だ。荒太君も佐恵子さんもみんな家族だ!」
荒太は泣いた。母の胸の中でわんわん泣いた。この涙は、荒太が物心ついてから始めて流したものだった。
幼い囚人 桑田無知 @kuwata
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