6話:異人


父は叫びながら包丁を何度も何度も振り下ろした。包丁は荒太の腹を傷つけ、荒太にとてつもない痛みが走った。この時一瞬痛みで意識が飛んだ。しかし荒太はまだ絶命していなかった。まるで神様が死ぬのを許してくれないかのように死ねなかった。気づくと、あの車ではねられた時のように懐かしい感覚で、不思議と暖かかった。目を開けると、父は奇声を上げ続けたまま何度も何度もおなかに包丁を振り下ろしている。荒太にもう腹に感覚はなかった。腹からくる振動とともに、体の奥から湧く血が荒太の口元を赤く染め、吐血した。かすみ始めた目で横を向くと、そこにはのろのろと近づいてきていたマムシがいた。荒太はこの蛇にどんな毒があるかなど知らない。しかし、毒があることだけ知っている荒太は襲い掛かってきたマムシの首を右手でとらえて、父の首にマムシの顔をぶち当てて、無理矢理に噛ませた。暴れていた父は「うあッ‼」と声を上げて包丁と荒太の首を手放して噛まれたところを抑えた。一瞬の出来事で、何が起こったのかわからず辺りを見渡した父は、蛇がそばにいて噛まれたと認識した。荒太は薄れゆく意識の中で、父が首を抑えたまま、泡を吹いて白目をむいているのが見えた。荒太も死んでしまうが、それでも父を殺すことができて安心した様子で目を閉じた。


 荒太の祖父である、父の父親は政治家だった。彼は天才で子供のころから頭がよく、とてもいい大学を卒業している。しかし、この男の欠点を言うならば、周りからは変な目で見られていたことである。発想が飛びぬけており、誰もが考えれないようなことを想像していた。父は結婚し荒太の父を生んだ。荒太の父は深井勝一郎と名付けられた。勝一郎は父に似ず、悪いことばかりしたり、人の不幸を喜ぶような、狂った性格をした恐ろしい子供だった。しかし勝一郎も賢く良い大学を卒業し、結婚相手もすぐに見つかった。その相手はもう死んでしまった母である。このころは強制結婚が当たり前だった。それでも母の親たちは勝一郎の学歴を高く評価し娘の結婚に大賛成だった。しかし、この結婚のせいで母の人生は早々に幕を閉じてしまった。悲しい現実。荒太もまた母の後を追う。

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