5話:命日
襲ってきた男は追い打ちをかけるように男は顔を近づけてこう言った。
「どこに行こうとしてるんだ……荒太……。」
目をつむっていった荒太はパッと目を見開いた。この声はよく聞いたことのある声。心の奥底から恐怖が沸き上がってきた。目の前には狂った目でこちらを睨む荒太の父親だった。いつも微動打にしなかった荒太も少し驚いた。なごみ始めていた表情や目つきも元のように恐ろしくなっていた。しかし、それはわかっていても驚かされて、驚いてしまうのと同じようなもので、いつかこんな日が来るのではないかとずっと思っていた。父が左に持っていたものをこちらに近づけるとそれは包丁だった。月の光に照らされ薄く光る包丁は不気味に見えて、恐怖は煮えたぎるばかりで冷汗が噴き出てきた。その包丁を実の子供である荒太に向けた。後2センチで包丁が腹に当たりそうなところで突然荒太が声を発した。
「か、母さん」
いきなりで父が持っている包丁も動きを止めた。この時荒太の頭の中ではなぜかあの時入院していた時に看護してくれた看護婦の顔を思い出していた。何一つ血のつながりも何もなかったが、その看護婦は母に似ている気がしていたのであろう。荒太はその看護婦を母と認識してしまっていた。
「なんだ、母親のこと覚えてたのか。」
驚いた表情で父が言うと、続けて驚きの事実を口にした。
「そうだ、死ぬ前にいいこと教えてやろう……、クックック……母親を殺したのはこの俺さ!いい声で鳴いてくれたよ、『やめて私たち家族でしょ!』だとかほざいてやがったが、やっぱり肉を切る快感はやめられねーよ!!!!気持ちよかったなぁ、もう一度やりてぇなぁ……。そのためにお前を生かしてるのにあの日お前をひいたのは焦ったよ、あんなんで死なれたら困るしなぁ……。」
父が話をしているとき荒太は母の声を思い出していた。どんな言葉であろうと母が言ったなら、母の声でその言葉は簡単に荒太の頭で再生された。荒太は揺らいだ。心が苦しかった。久しぶりに聞く母の声は心地よかった。荒太は父に押し倒されたとき思っていた。今度こそ死ねるのだ、と安堵していた。しかし、今は違っていた。死んでもこの男を殺してやると強く決心した。
「お前もあいつみたいに殺してやるよ!!!!」
狂ったように笑い包丁を高く振り上げた。その時荒太は突然この言葉を口に出したかった。思っているだけでは足りない。そう思った荒太は絞められた首の細い管を通って口から空気とともに音を発した。
「し…………死ね………。」
たった二文字。その二文字に荒太は数えきれないほどの怨念を乗せた。父は切れやすい。子供の一言に大人ながら、怒りを爆発させた。
「なんだとこの野郎!!!!何もできない貧弱なくせに!!!!何が死ねだッ!!!!お前が死ねッ!!死ねッ‼死ねッ‼」
父はそう叫びながら包丁を何度も何度も振り下ろした。包丁は荒太の腹を傷つけ、荒太にとてつもない痛みが走った。この
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