3話:研磨剤

ある日の夕方。いつもどおり家へ帰った。家に帰るとずらしく父はいなかった。7時になっても帰る様子もない。夜ご飯を済ませると、お酒が切れていることに気が付き、買ってこないとまた殴られると思いお酒を買いに行くことにした。

人気のない夜道を歩く。こんな風に夜中に酒屋に忍び込んで酒を盗むのはよくあることだった。酒がなくなるのは決して昼に限った話ではない。辺りはとても暗く、林に囲まれたここはさらに暗い。そんな暗闇から黄色い光が照らした。それが何なのか反射で見えない。ただ、エンジン音がして車だと分かった。横によってどこうとしたはずだが、なぜか車はこちらに向かってきた。光はだんだんと荒太に集中し次の瞬間、大きな音を立てて、荒太は吹っ飛んだ。気が付くと雑草が生い茂った芝生の上に寝ていた。どうしてか立ち上がることができない。林の中に倒れた荒太の目の前に腕があった。荒太の左手に感覚がなくすぐに自分のだと理解した。しかし不思議と痛みはなく温かさがあった。車が過ぎ去っていく。荒太は薄れゆく意識の中で死ぬんだと思った。それでもいいや、死んだほうが楽だと受け入れた…………。




気が付くときれいな天井があった。周りを見渡すとそこはテレビでしか見たことがなかった病院だった。横を見ると白い服の女の人がいた。

「目覚めましたか?」

その白い服の女の人はなぜか美しく見えた。

車ではねられた後病院に来られたらしい。なぜかわからない。やはり左手はなかった。その元あった短い左腕は包帯でぐるぐる巻きにされていた。女の人曰く親は車を洗うのに忙しいと来るのを拒否したとのことだった。それから毎日家に帰ることもなく入院生活を送ることになった。

 ここにいる女の人はとても親切で荒太にとっては遠い記憶の母を思い出していた。そしてだんだんと荒太の心は磨かれ、傷だらけのガラスは綺麗になっていった。ここにいる人たちは父のように殴らず親切にしてくれた。荒太の表情や目つきは柔らかくなごみ始めていた。本来親から学ぶはずの人間性を病院で学んだのだ。

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