Ⅶ 魔女の正体に気づいてはならない


〔第一幕 第一場〕


 地下室、生臭さを残した金属が配置され、湿り気の強い石床は氷となって素足を刺す。光なき冬 の夜半。七人の小さな魔女が血脈の鎖に繋がれる。それが魔女の記憶。

 魔女の異人館。記憶を失した一人の魔女は双子の姉として、慣習として妹に話しかけていた。ミラリという魔女にはそれ以外の遊戯が存在しない。照明は白と黒。



ミラリ

今日はなにをして遊ぼうか?


ヨクラトール

今日は人形で遊ぼうか?


ミラリ

どんな人形で遊ぼうか?


ヨクラトール

それはやっぱり、人間が一番!


ミラリ

やっぱりそうよねわかってるわ。子犬も子猫も小鳥もみんな、みんな可愛いのだけれど、やっぱりあたしは人間がいい。彼らの鳴き声はわからないけど、人の子供はわかる言葉で鳴いてくれるもの。


ヨクラトール

だからわたしは人間が好き。わたしと遊んでくれる子供が好き。わたしを好きになってくれる子が好き。


ミラリ

好きな子とはずっと一緒にいたいもの、だからあたしたちはお友だちがいっぱい、いっぱい遊んだらいつもすぐ眠くなるの。こんな壁がなくなって、あなたと一緒にいられるのならもっと楽しいはずなのに、どうしてあたしたち、同じ世界に生まれなかったの?


ヨクラトール

わたしたちは双子だけれど、きっとママとパパが喧嘩して別れちゃったの。どっちがママの世界で、どっちがパパの世界かわかららないけど……ママの世界の方がいいかも。


ミラリ

あ、ずるいわずるい。あたしもママと一緒がいいもん。


ヨクラトール

わたしは妹なんだから、お姉ちゃんは我慢しなきゃあ駄目なのよ。ああもうこんな時間だわ、今日はどんな子にしようかな?


ミラリ

今日は小さな女の子よ、だって男の子は少し体が硬いんだもの。女の子の肌はすべすべしていて気持ちいいし柔らかいから、そうしましょう、ね、そうしましょう。


ヨクラトール

そうねたしかにそうしましょう。それじゃあバイバイまたあとで、楽しい楽しいお遊戯なら、数が多いほど賑やかだから、あとで四人で遊びましょうね。


 マグナスの国の小さな公園へ移動。親の会話の退屈さゆえに鞦韆ぶらんこで遊ぶ八歳の少女に、遊び相手を見つけた魔女が友達になろうと誘う。我が子の消失を知らぬままに、友達だけの〝謝肉祭〟が魔女の棲処にて開始される。照明はレフコーとセピアの切り替えに注意すること。


ミラリ

ハローハロー、はじめましてだね。


少女

え? うんっと、はじめまして、だよね? あなたはだあれ?


ミラリ

あたしの名前は「ミラリ」だよ。双子の魔女のミラリはね、一緒に遊ぶ「カロ」を探しているの、今日はあなたを誘いに来たの。あなたのお名前なあに?


少女

ミラリちゃんっていうんだね。わたしはエウラリア、よろしくね。わたしも退屈してたから、遊んであげてもいいけれど、「カロ」っていうのは何のこと?


ミラリ

あたしと妹はそう言うのだけれど、不思議とずっとそう呼んでるのだけれど、あたしたち魔女のあいだでは、人間のお友だちはみいんな「カロ」って呼ばれるの。だからあなたも、あたしたちの友だちカロになってほしいなあって、だめかなだめかな?


カロ

うーん、だめじゃないけど変なの。ミラリちゃんって人間じゃなくて魔女さんなの?


ミラリ

そうなのそうなの、凄いでしょう。あたしたちはまだ小さくて、魔法をうまく使えないけど、色んなことができちゃうんだから、魔女の魔法は凄いのよ。何が凄いかは言えない秘密。


カロ

へえ、凄いね!(そういう遊びなのかしら?)なにして遊ぶつもりなの?


ミラリ

あたしの秘密のお家があるの、そこで一緒に遊びましょう? おかしもおもちゃも友だちも集めて、みんな並んでお祭りするの。あたしの目をみてみつめあって歌いあわせて手をつなげば、その輪っかには魔法が生まれる。魔女の魔法の秘密の世界、みてみたいでしょ?


カロ

でも、勝手にいなくなったらママに怒られちゃうわ……ねえ、ここで遊びましょう?


ミラリ

安心してみてあちらの方を、みんながみんないなくなって、子供だけの世界なの。子供は時間をしらないみない、どれだけ経っても時間は経たない、これがあたしの魔法だよ。みんなにはないしょにしてね?


カロ

ほんとにほんとに、魔法使いなの⁉ 魔法を使うってどうやるの? わたしも魔女になれないのかな?


ミラリ 

エウラリアは怖がらないね、みんなあたしを怖がって、逃げられるからいつも悲しい、だけれどあなたはうれしそう。わたしもちょっと、うれしいな。どうだろどうだろ、人間の子が魔女になるなんて、できるのかなんて考えなかった。できるかどうかはわからないけど、ちょっと頑張って考えてみるね。それじゃああたしのお家にいきましょ。すぐ近くだから、迷子にはならないよ。


カロ

うん。じゃあ、手をつなぎましょうか。


 魔女の異人館。ミラリとヨクラトールがそれぞれ女の子を連れてきて、四人で揃って会話する。エウラリアは魔女の笑顔に異質な形相を見ながらも、遊び相手を続ける。

 照明は健やかなポルトカリーから穏やかなクロアウゲス、最後に妖しげな淡いクローロテス・タラッティアにし、音楽は軽快かつ調子外れに、協和的かつ緩慢に、不協和的かつ厳かに。


ミラリ

その子はだれだれ、ヨクラトール。


ヨクラトール

この子はアイラルエ、わたしのカロだよ。その子はだれだれ、お姉ちゃん。


ミラリ

この子はエウラリア、あたしのカロだよ。はじめましてでよろしくだね、アイラルエ。


カロ

は、はじめまして? ねえ、それって……『鏡』だよね? そういう遊びならいいんだけど、わたしとミラリちゃんが映っているだけだし、それって楽しいのかな……?


ヨクラトール

ここに来た子はみんなそう言う。わたしはわたし、鏡じゃないよ?


ミラリ

仕方ないよ、魔女でなければ世界は見えない。本当の世界は見えない。だからあたし、あなたに魔法をかけてあげる、同じ景色にしてあげる。あなたはあたしのカロだから。


 微かに角笛を吹き荒び、無垢と愉快の不快を表現。ひらひらとした蝸牛かたつむりが粘液を異常分泌。


カロ

わあ⁉ 鏡のなかのわたしが、わたしに手を振ってる! ミラリちゃんも? どうして、どうやって?


ミラリ

これが本当の世界だよ。鏡はみんな反対向きで、自分たちを映す壁にしているけれど、そこには違う世界があるの。魔女のあたしたちだけが、しっている。いまはエウラリアとアイラルエもしっている。


ヨクラトール

だからわたしたちみいんな友だち。棲んでる世界は違っても、こうして話ができるのだから、みんな一緒に遊びましょう。


アイラルエ

そうね今日は楽しみましょう。だって魔女さんと遊べるんだもの、お話のなかでしかみたことのない魔女さん、本物の魔法使いなんて面白くってわくわくしちゃう。そうでしょうねえエウラリア? あ、はじめまして、よろしくね。


エウラリア

あ、うん……よろしく。でも、わたしたちそっくりだね。これだけ似ているわけだから、わたしたちも双子だったりしないかな?


アイラルエ

父さん母さんがいるのなら、あなたにも父さん母さんいるでしょう? だったらわたしら他人でしょうよ。だけれどそっくり、不思議だね。もしかすると、人間と魔女に違いがあるのかどうなのか、それが大きな違いかも? 魔女さんはきっと、特別だから。


ミラリ

確かにそうかもしれないね! さあさあみんなカーニバル! その前に実は相談したいの、エウラリアちゃんは魔女になりたいらしいから、あたしはそれを叶えてあげたい。そんなのできるかわからないけれど、カロのためだし考えてみよう! まずははじめにグスタティオ!





〔第一幕 第二場〕


 魔女の個室、ふかふかの赤い絨毯に詰め込まれてゆく甘い言葉たち。貴族的なドレスの着せ替え、古風な映画鑑賞、ジュースとおかしのメリーゴーランド、白馬と黒馬に乗って王子さまを待つお姫さま、世界の歪曲が直線となり夢と現が成り代わる。観衆は即刻、排除すること。


エウラリア

こんな広いお家なのに、ミラリちゃんたちだけで暮らしているの?


ミラリ

そうだよ。


ヨクラトール

そうだよ。


アイラルエ

へえ、二人ともすごいね。子供だけで暮らすだなんて、わたしだったら泣いちゃうわ。


エウラリア

わたしもきっと泣いちゃいそう。


ミラリ

魔女はお腹が空かないからね、退屈だけがあたしの敵なの。あ、ちょっと準備をしてくるから、みんなはそこで待っていて。


 ミラリが退場。ヨクラトールがピエロのおもちゃを取りだして、ひとりでに鳴るレコードに合わせて踊らせる。人の子は魔女の虜となる。


ヨクラトール

この子をみていて、わたしのお気に入りなの。いまはこうして眠っているけど、魔女の音楽を合図すれば、ほらほら勝手に動きだす。おどけてわらってくるくると、みているみんなもわらえとおどる。かわいいでしょ?


エウラリア

これも全部魔法なんだ……いいなあ、わたしも人間じゃなくて魔女に生まれてみたかった。そうすればきっと、もっと楽しいことがいっぱいなのに。パパとママにも色んなことをしてあげられるのに。もっとお金持ちになれば、もっとわらってくれるはずなのに。


アイラルエ

そうだねわたしもそう思ってた。どれだけ愛してくれたって、お金がないとみんな不安、鬼ごっこするなら楽しいけれども、不安に追いかけられるのはいや。みんながわらってしあわせになればいいのに、みんなたいへんでくるしんでる。魔法があれば、なんとかできそう?


エウラリア

ねえねえトールちゃん、わたしたちにも魔法は使えるかな。みんな不安がなくなれば、パパもママもわたしと遊んでくれると思うの。忙しいのはわかってる、邪魔しちゃいけないとわかってる、だからわたしはひとりで我慢するけれど、本当はもっとみてほしい。


ヨクラトール

カロの頼みじゃ断れないね。魔女は生まれつきだろうから、人間と魔女は違うだろうけど、魔法を使うだけならば、なんとかすればできるかも? あるいはわたしと一緒に……。


ミラリ

やあやあおまたせ、おどりまわるのはピエロだけじゃない、おかしもジュースも音楽があれば楽しそうにおどってみせる。さあ手をだして、この子はいちごのジンジャークッキー、かわいくておいしそうでしょ?


エウラリア

ええー、ちょっと食べるのかわいそう……食べるけど。


アイラルエ

おいしー! もっと食べてもいいのかな?


ミラリ

満足するまでいくらでもどうぞ、魔女はおかしを集めているから、まだまだまだまだたくさんあるよ。そうしていやなことも忘れて、夢になって一緒におどるの。さあさて飲み食いおどりくるえ。


ヨクラトール

そしたらずうっと一緒にいましょ?


 照明はエウラリアに絞る。ジュースを飲み干す姿の強調、魔女の横顔を比喩するピエロ。


エウラリア

ああ……おいしい……こんなのはじめて、頭がおかしくなりそう。ずっと音楽が鳴ってる、家具が歌って演奏していて、みんな楽しくわらってる。あはは! へんなの!


アイラルエ

いいんじゃないかな、どうせ世界はおかしいんだから。おかしいくらいがちょうどいいよ。大人ばっかり色んな遊び、ずるいずるいと思うでしょう? だからもっと飲み遊びましょ。やなこと忘れてはいラララ。


ミラリ

しってるかしら、魔女は永遠に子供のまま。だからいつまでも大人にならない、いつまでだって遊んでいられる。それが子供の役目なんだから。


ヨクラトール

そうそう、そうしてつかれて眠ればあなたもわたしもひとつになれる。みんなわたしの友だちだから、ずっと一緒にいられてうれしい。あなたたちだってそうだよね? これであなたも魔女になれる、それがきっと、さいてきかいなの。


エウラリア

あなたとひとつに、わたしがひとつに? わたしがあなたとひとつに、それっていったいどういうこと?


アイラルエ

わたしはトール、あなたはミラリと、わたしたちだって魔法が使える。なにもできない小さなわたしも、みんなの役に立てるのよ。それは素敵なことでしょう?


エウラリア

それはたしかに素敵だね! でもでも、わたしが賢くないからなのか、ひとつになるやり方がわからない。わたしはそれをしりたいのだけど。


ヨクラトール

すべては魔女の魔法のおかげ、だからぜーんぶ魔女におまかせ。説明するよりやるのが早い、エウラリアちゃんは大事なカロ、約束したことちゃんと守るよ。


アイラルエ

ずるいよずるいよ、わたしも一緒に魔女にして。


ミラリ

大丈夫だよ! 大丈夫……きゃっははは! だってあたしは友だちいっぱい、あたしのなかには友だちいっぱい。鏡の国の不思議の魔法、それが世界を世界にするの。鏡の国のあまのじゃくたち、双子の魔女はそうじゃない。ほらみてみんなそっくりさん、あたしたち以外みんながそっくり、だけれどみんな他人なの。それがほんとの世界なの。


ヨクラトール

わたしもあなたもみんなピエロ、ピエロと一緒におどってしまえば、すべてはわらいにとけてゆく。それってとても素敵でしょう? だってだれもがしあわせだもの。


エウラリア

みんながしあわせ、まあ素敵ね! わたしほんとはさびしかったの、パパの仕事で引っ越しばかり、おかげで友だちはいない。仲のいいふりだけしていて、一緒に遊んでくれないの。わたしはわたしで、ずっとひとりでいるようにする。仲よくなっても離れちゃうならさびしくなるだけ、みんなわたしを忘れてそして、あたらしい人と遊んでる。それでもここならずっとしあわせ、魔法でなんでもできるんだから引っ越しなんてもうさせない。


ミラリ

そうそうずっとここにいよ。みんなあなたが大好きだから、みんなあなたの友だちだから、魔女は大人と仲よくできない、だからあなたはずっと子供、そうでなくちゃゆるされない。


ヨクラトール

みんなたいへんいそがしい、退屈そうな大人たち、そんなのいやでしょ? わたしはいやだもん、だから永遠に子供でいるの。

ミラリ そう、ずっとずうっとね。


 二人の魔女が一人を見つめ、エウラリアはひとつの異変に気がつく。音楽を停止、演奏者を排除。卵が大きくなって、自分の足で歩いている。液状タンパク質が溢液いつえき現象として漏れる。


エウラリア

待って……アイラルエちゃんがいないよ? あの子はどこに行っちゃったの?


ヨクラトール

あの子はいまも傍にいるよ、目にみえないけど傍にいるよ。あなたが楽しくまわるあいだにあの子がさきにひとつになった、そうしてあの子も魔女になった。次はあなたが一緒になる番。


ミラリ さあおいで、あたしのカロ、もう悲しむことのないようにあたしがずっと愛してあげる。だから――あなたのすべてをちょうだい!


エウラリア

愛し愛されて、永遠に……それで、わたしを食べるのミラリちゃん。


ミラリ

もちろんそうだよ、だってあなたはおいしそう。魔女は人間が大好きだもん、なかでもわたしはぷにぷにが好き。ぶよぶよももさもさもぱりぱりも好きじゃないの。好きなものと一緒になれる、それってしあわせなことでしょう?


エウラリア

あっはは! たしかにそうかもね、でもねえ魔女さん。わたしを食べてもいいけれど、あんまり時間がないみたい。


ミラリ

時間がない? なにを言ってるの?


 照明を落とし、音楽を止めよ。迂拙な演者を排除。


エウラリア

あーあ、せっかく恐怖の魔女様も、こんな喜劇じゃ形なしだよね。なに言ってるのかわからない? それもそうだね、あなたは特別。こんな終わった暗いところで、あなたひとりが喋ってる、ひとりでずっと喋ってる、気持ち悪いね! はは! アイラルエなんていないんだよね、だってわたしもいないんだから。あなたの台詞は回ってこない、だって話はここでぶつ切り、わたしたちってなんなんだろうね。ただの人形? それとも言葉? それとも――



〔鬲泌・ウ遲我コ朱撼蟄伜惠〕


 照明なし。音楽なし。魔女以外のすべてを排除。書き棄てられた拙作。滑稽さを生む愚劣。出来損ないの断章、そして魔女ピエロは一人になった。


ミラリ

待って! まだ終わりたくない‼ そう……あたしにはまだ、ヨクラトールが……。


ミラリ

そうだよね、わたしがいればさびしくないよね。ひとりでさびしい、だから友だちがほしかったから、鏡の魔法をかけたんだよね。自分に魔法をかけたんだよね。ほんとうは世界にだーれもいないことを忘れたくて、妹なんていないのに?


ミラリ

違う! 彼女はそんなこと言わない! これはあたしじゃなくて……ヨクラトールでもない。あたしって、世界って、なんであたしってここにいるの? なんでこんな世界なの? 独りは寂しい、大人になんてなりたくない、賢くなんてなりたくない。知らないままでいいのに、何で? 何で?


ミラリ

そんなの簡単、決まってる。『魔女』の正体に気づいたは魔法なんかじゃ誤魔化せない。自分で自分を欺すなんて、まさに道化の鏡だね! こんなくだらない喜劇はないでしょ? みんなを失望させるに値する、これこそ『滑稽』そのものだよ。ねえねえほらほら、自分のお口で言ってみようよ、あなたの本当の名前なーんだ?


ミラリ

あたしの、名前? そんなのわかってるはずでしょう……あたしの名前は「ミラリ」だよ。双子の魔女の「ミラリ」だよ!


ミラリ

惜しいね惜しいね。じゃあじゃあ、わたしの名前はわかるかな?

ミラリ ……「ヨクラトール」、もうやめて。


ミラリ

やめてほしいのは、こっちなんだけど? わたしって本当にくだらないね。それじゃあ答え合わせをしましょ。ほらみて、見慣れた鏡をみてみて。あらら、だーれもいないね。「鏡の魔女」なのに鏡に惑わされるなんて、やっぱりあなたは名前どおり。足りない頭で考えましょうね、わたしの本当の名前なーに?


ミラリ

あたしの名前……あたし、「鏡の中の道化者ミラリ・ヨクラトール」……?


ミラリ

やだ、そんな驚いた顔して、嗤わせないでよ。この世界には誰もいない、ママもパパも人間も、『魔女』もいない。最初からわたしたちは、ぜーんぶ偽物の虚構なの。存在しないことを知った虚構は、存在の自覚ができなくなる。そんなわたしも滑稽だね。苦痛もなく、危害も狂気もなく、感動さえない欠陥品、わたしたちは所詮その程度だったんだ。喜劇役者にはもってこいだね! 結構長い付き合いだけど、あなたのこと嫌いなんだよね。自己嫌悪ってやつかな? だから、気づいてくれてありがとうね。わたしを消してくれてありがとう。さっさと死になよ、みんなの目障りだからさ。


ミラリ

ああそうだ、魔女なんていない。人間もいない。だって、ここは存在しない世界だ。一と二を行き来するだけの空虚な空間で、存在する振りをする私の脳は瑕疵を付与され点と線を曲解させる。恣意的な創出、その被害者。存在者の自由? 戯言。非存在者には通ぜず。自由は能わず。生、不可視。真、偽? 不在。解釈などない。すべてが無用。死にたい、死ねない、どうする? 恨み、対象者いずこ。これの名前、これは呪い、魔女の呪い。名前の呪い。鎖。愛されたい、いない、寂しい、怖くて、寂しい、寒い。暗い、怖い、ごめんなさい。生存も、誕生も、滑稽、欠陥、生まれてきてごめんなさい。どうして私を産んだのだろう、死ねないままに? 魔女なんていない、世界なんてない、そんなものがあるのなら、助けて……助けてよ……ママ……パパ…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る