元ヤンキーと不思議な不思議な木

川野マグロ(マグローK)

「俺はタカシナカムラ、フツーで平々凡々な日々を生きる15歳の高校生!よろしく」

 俺はそうして高校初の自己紹介を終えた。

 しかし、この中には真実と虚偽が含まれている。

 誰もが大なり小なりそうしたものを含んでいようが、俺は自分の中では大のほうだと思っている。

 理由は父と父がリーダーをしている組織だ。

 それは世の中的に見たら利益をもたらしているとはいえない。むしろ不利益。存在そのものが不利益だ。

 そんな環境を常識とし生まれ育ってきたため周りと少し違うなという壁のようなものを感じることはままあるが、それでも、

「タカシ君面白いね」

 と言われ事なきを得ている。

 自分としては不思議だが頼る時に問題が無ければ頼られることすらある。

 そんな俺が県内でも比較的学力が高いと言われるレベルの高校へと入ることができたのはひとえに父の入院のおかげだった。

 一応、親のことのためそんなことを言うのは本来ならよろしくないのだろうが、親が親なため俺はそうは思えない。

 父から解放されても組織の人間といくらか接触はあったが、悪いことはされず、得になることすらあったが心では許していない。

 しかし、それは今はのことだ。

 過去は許していた。

 俺は具体的にいつまでだったかは覚えていないがいわゆるヤンキーだった。

 罪を犯した。とか、捕まった。とかいうことは記憶に無いが周りの大人たちと同じようなことはしていた。

 犯罪ではないが許される範囲で人に迷惑をかけていたのだろう。

 そのため、友人と呼べる存在は一人も居なかった。

 だが、それは過去の話だ。

 常識がなかろうが勉学に励めばある程度更生することだって、自力でだってできる人間もいるのだ。

 俺はそうして他人の自己紹介を聞きもせず自分に言い聞かせていた。

 学校の授業に取り組み、帰ると家の前に人が居た。

「家に何か用ですか?」

 話しかけると彼女は遠くを見るような目を俺に向けてきた。

「何ですか?」

「助けて欲しいんです」

「は、ハァ」

 彼女の名前はタナカユキコと言うらしい。どうも父の知り合いらしいが父よりも一回りは若そうに見える。

「助けて欲しいって何をですか?」

「それは……」

 とタナカさんは俺に事の顛末を聞かせてくれた。

 どうもタナカさんは山の管理者らしくその管理している山にはメンドウな木があると、その木は一時、父によって問題を解決したものの何故か木が再び活動を始めてしまったとのことだった。

 聞く限りではその時期は父の入院と同時期に起きた事のようだった。

「もう一度言います。手を貸して欲しいんです」

 と言われてもそもそも前の出来事は父が解決したことだし、俺は何も聞いていないためわからない。

 しかし、せっかくここまで世のため頑張ってきたのに困った人の頼みを聞けないんじゃしててもしてなくても同じじゃないか。

「俺は引き受けたいんですけど、どうすればいいのかわからないので、父のところへ行ってからでもいいですか?」

「おともします」

「え?」

 一人で行くつもりだったがタナカさんもついてくることとなった。



「突然すみません」

「いえ、俺はいいんです。ただ、俺は力になれそうもないので父次第ですけど」

 そんな他愛もない会話を繰り広げつつ着いた先は父の入院している病院だ。

 俺はここに久しく来ていなかった。

 来たくなかった。

 ただ、今回の件で父が良いこともしていたことを知ってしまい少し心が揺らいでいることを認識している。

 果たして俺は父のどれだけを見てきたのか、そんな思いは胸にしまい覚悟して部屋へと入る。

「久しぶり……」

「オウ、タカシ元気か」

 そう言った父の体は治っているようには見えなかった。

「まあまあだね」

「そっちの美人さんは?」

 知り合いじゃないのか?

「タナカユキコです。覚えてませんか?」

「……タナカ……ユキコ………」

 父は少し顔を伏せ考えるとアッと声を上げ驚きの表情をタナカさんへ向けた。

「あの時のちっちゃな嬢ちゃんがずいぶん大きくなったなぁ」

「おかげさまで」

 知り合いだったようだ。あの時とはきっと木のことを指して言っているのだろう。

「で、きょうは何の用なんだ?」

「なんとなくさっしてると思うけど……」

 そう言ってタナカさんの方を見やった。

 タナカさんが口を開こうとすると、

「結婚か?」

「違うわ!最後まで聞いてくれよ」

「スマン」

 仕切り直してタナカさんは今回の件の木の経緯を語ってくれた。

「なるほどな」

 父は腕を組み項垂れた。何を考えているのかは読み取れない。

「どうでしょう?」

 恐る恐るといった感じでタナカさんは父におずおずと尋ねた。

「ちょっとタカシは先に帰っててくれ、決まったらユキコから話させるから」

「いいってことですか?」

「一応な」

「わかった。無理しないように」

「オウヨ」

 そうして俺は一人、帰路へとついた。

 結局は父の口から俺に対して木の説明は何もなかった。

 俺は今回必要なのだろうか?どこか沈んだ気持ちでトボトボと来た道を帰っていると隣で車が止まった。が、関係ないと割り切って進んでいると、オーイ、と呼びかけられた。

 どうやら知り合いらしいことに気づき振り返るも知っている顔ではなかった。

「どちら様ですか?」

「タカシくん、俺だよ俺、憶えてない?」

 そう言われ先程よりもよく見つめるも記憶の中には同じ顔の人物は見あたらなかった。

「覚えてないか……まあ仕方ないか、下っ端だったからね。じゃあ改めて自己紹介、俺はササキユウスケ!よろしく」

「ハァ、よろしくお願いします」

 そうやって握手をするも、やはり名前にも心当たりはなかった。が、下っ端だったと言うからには父の元部下と考えていいのだろう。

 確かにむこうは俺を覚えている訳だし。

「それでなんで話しかけてきたんですか?」

「多分だけど君には木にまつわる依頼が来てると思うんだけど」

「そうですが」

「だ、だよね!できればでいいんだけど俺の庭に移させて欲しいんだ」

「いいんじゃないですか?」

「まあ、今じゃなくていいから」

「はぁ」

「とりあえずこれ」

 渡された紙には電話番号とメールアドレスが書かれていた。

「どっちでもいいから連絡してくれ」

「はい」

「それじゃ」

 車に乗ろうとしたササキさんを見て一つ思い出した。

 思わず、あっ、と言ってしまった。

「どうかしたかい?」

 心配そうに尋ねられるもみるみるうちに甦る記憶に声も出なかった。

 その間も、オイ、オーイ?とか声をかけられるものの俺は反応を示せなかった。

 スッキリと思い出せた記憶をもとにササキさんへと質問をぶつける。

「ササキさんてよく俺にオムライスを作ってくれたユー兄ちゃん?」

「そう!そうだよ」

 間髪入れずにそう言うと嬉しそうに車から飛び降り駆け寄って抱きついてきた。

「よく思い出してくれたな、下っ端の俺を」

「なんか思い出せないことが引っかかってたんだ」

 俺は心のもやもやが晴れたからか柄にもなく立ち話を繰り広げてしまってからユー兄とは別れた。

 その間もタナカさんが来ることはなかった。

 家へ帰るとまたも誰かが家の前を、今度は明らかに怪しい態度、雰囲気でウロウロしていた。

 警察への通報も考えたが今はあいにくスマホを持っていなかったため意を決して家へと入ろうとしたが、話しかけられてしまった。

「坊っちゃん……?」

「はい?」

「オォ!やはり坊っちゃんじゃないですか!」

 初めて呼ばれる坊っちゃんという言葉に背筋が凍る思いだ。

 何故か今日は人と出会ってしまう日らしい。

「あなたは父の部下か何かですか?」

「オォ!お気づきですか!」

 当てずっぽうで言ったことが当たってしまい気まずい。

 しかし、裏の社会のものとはいえ父の人間関係には驚かされる。本当にいろいろな人と関わっていたのだなぁという感慨がある。

「実は坊っちゃんのお父上に用があるのです!」

「今は家にいませんよ」

「通りで!では伝言をお願いします!」

「はい、いいですけど」

「では、オホン、私に木のことは任せてください。とお伝え下さい」

「え?は、はい」

「どうかしましたか?」

「い、いえ、わかりました」

「では、また会えたら。坊っちゃん」

 危うく何かまずいことに踏み込みかけた思いだったが一体全体どこから例の木の話は漏れているのだろうか。

 不思議だが到底俺の力で知ることができることではなさそうだ。

 それにタナカさんのこともある。

 俺はタナカさんが来るまで時間を潰した。



 今は、大慌てと言った様子ではないが、多少息を荒らげて戻ってきたタナカさんの息が、整うのを待っている。

 今日は面倒な日だな。そう思った。

「ハァ、ハァ、あのですねぇ、ハァ、ハァ」

「もう少し落ち着いてからでいいですよ」

 何度繰り返したかわからないセリフの交換を続けたつもりだったが、

「ハァハァ、もう大丈夫です。フー」

 一息深く吐くと整った調子で言葉を紡ぎ出した。

「お父さんは、木はぶっ壊せ、ですって」

「父がそういったんですか?できるんですか?」

「はい。もう切り倒して掘り起こす日時は決まりました」

「じゃあ俺の役目はここまでですかね」

「いいえ」

「俺の役目はここまでじゃない?」

 否定させた言葉を言い換えどうしたものかと考える。

 一体俺に何ができるというのだ。

 しかし、一体全体何故俺なのか、いなくても良くないか?

「お前の言葉で木の最後を話してほしい。とも言ってました」

「そうですか」

 タナカさんは他に詳しい日程を話してくれた。

 それが終わると、

「では、また後日」

 と言って帰っていった。

 俺はその日程をユー兄へと教えた。



 当日。

 俺は今、木を目の前にしている。

 聞く限りでは過去と今までで登山客を何人も骨折させたらしい。

 どんな手段で人の骨を折っているのかは俺にはわからない。

 しかし、この期の最後を見届けるものとして気に手を触れた。

 一瞬で気の記憶を疑似体験した気分を味わってからタナカさんへと合図を出した。

 作業は簡単に終わったように思えた。いつ感づいたのか、明らかにおかしいテンションの人物が嘆いているがその声には悲痛の色合いは感じられない。

 一際大きく、

「私はッ!地球をッ!人類をッ!前進させる者ォ!かかれぇーッ!」

 そんな合図で切られた木、掘り出された根が瞬く間に盗られてしまったらしい。

 急いでユー兄へと、

「木が盗られた」

 と伝える。

「クソがッ!あのマッドサイエンティストめ」

 あとから聞いた話なのだが、そのマッドサイエンティストは前回の、父の木の封印の時も近くにいたらしい。

 皆、木の行方を追いかけて山の中は人気がなくなった。

 俺は木のあった場所に光るものを見つけた。

 待っていてくれたユー兄の隣へと走る。

「乗れ!タカシ!きみのちからが必要だ」

 俺の力が必要と言われたが、木を乗せた車はすぐ目の前をノロノロと走っている。

 ただ俺は隣に座れるだけだった。

 ガコンガコンと車はぶつかり合いその激しさで木は海へと落ちた。

「「ダアアアアアー」」



 俺は落ち着いた二人を説得し、拾ったものと共に父の病室を訪ねた。

「オウ、壊せたか」

「ううん、海に落ちた」

「そうか、それなら及第点か。で、他にもなにかあるんだろう?」

 流石に父は鋭い。

 後から入ってきた二人は申し訳無さそうだ。

「オメェら!?」

「「すんません」」

「どうして……?」

 俺は今回の二人の所業を父に伝えた。

 そうして拾ってきたこの、木の種と思しき物のことも話した。

 瞬間、予想通りのことが起きた。

 父は、

「壊せ」

 と言い。

 ユー兄は、

「俺に育てさせてくれ」

 と言い。

 マッドサイエンティストは、

「私に渡せ」

 と言った。

 しかし、俺はどれも実行する気はない。

「ユー兄は木に関して土地を自由に使っていいって言ったよね」

「ああ……まさか?」

「「……!」」

 他の二人も声にならない驚きを呈した。

「俺はこの種を育てる!」

「やめとけ、それは」

「嫌だね!これはあの木とは違う!」

「なら私めにおまかせを!」

「それはできない。ユー兄は他に俺は金持ちだからいくらでも金を出すと言った」

「あ、ああ」

「俺はその金でこの種を育てる」

 メール報告のときは冗談として聞き逃していたことが口からつらつらと出てきていることには自分でも驚いている。

 この場には前々からの意志かのように強く響いたのか、少しの沈黙が流れた。

 それを破ったのは父だった。

「納得行かねぇな、息子のこととはいえ監視させてもらうぜ」

 これは予想道りの言葉ではあったが、受け答えは考えていなかった。

それでも、

「他の二人もそうしてくれて構わない。四人で威嚇し合いながら種を育てるつもりだった」

 と気づくと口をついていた。

 他の三人をそれで納得させてしまい、種の自由権を得た。

 今持っている物は偽物だ。本物はもうすでに植えてある。

 そうして俺と俺の子孫たちは例の木とその種の育成と研究へと人生を注いだのだった。

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