第102話大人の世界は綺麗事では済まされない
「ところで一つ訊きたいんですけど、いいですか?」
アーネスが悩んでいる間、恐る恐る功が口を開いた。
「何でしょう?」
ウルブリヒトが功に顔を向けた。
「ルナティックパーティの木下と言います」
自己紹介は省くと言われたが、一応名乗り、軽く頭を下げる。
「構わん、何が訊きたい?」
バルザグスはせっかちな性格のようだ。たが、ドワーフらしくざっくばらんでもあり、話し易い雰囲気もある。
「はい、一つ疑問に思ったんですけどね。
何故向こうはゲロカスの護送部隊を壊滅させたのが俺達だって知ってるんですか?
あの時、森のあの地域に展開していたPMSCはルナティックパーティだけじゃなくて、それこそデスペラードさん達や、ベルゼブブさん達、神鬼鏢局さん達も居た筈なんですけどね。
何故ウチだって特定出来たんでしょう?」
功自身何となく察しはついている。だが、ここは何が起こるか分からない世界だ。
ひょっとすると、功の理解の及ばない何かがあった可能性も有る。
しかし案の定、協会側の三人は顔を顰めた。
その表情で何が起こったか分かる。
「あ〜、そう言う事〜」
アーネスも気付いたようだ。
「そりゃフェアじゃねぇな、協会長よぉ」
ユリヤンセンも思い至ったらしい。
「どうにも手回しがいいし、気前がいいと思ったわ〜。ちょっと、腹割って話しましょうよ」
グッと言葉に詰まる協会側の三人。だが、サナダが根負けしたようにバルザグスを見た。
「協会長」
「あぁ、まったく!分かった分かった。細かい事を一々気にする小僧め」
言葉程には悪意はこもっていない悪態をつき、バルザグスはウルブリヒトに回答を促した。
「ハァ、協会職員の中に情報をリークした者が居ます。既に犯人は突き止め、逮捕しており、そこからも捜査に入っています」
溜息と共に吐き出されたのは、何処にでも有る裏切りの話だ。
大方、賄賂を掴まされたか、弱味でも握られたかのどちらかだろう。
「とっ捕まえたなぁ当然としても、それを隠して打ち合わせしようたぁ、ケツの収まりが悪くねぇか?とっつぁんよぉ」
ユリヤンセンにとっつぁん呼ばわりされたサナダは、ハゲ上がった頭を掻き毟り、ウルブリヒトに食ってかかった。
ちなみにサナダとユリヤンセンは師弟関係に有る。
若い頃、ユリヤンセンはサナダに鍛えられ、サナダ引退後、クランを引き継いだのだ。
「だから俺は反対だったんだ!最初から話してりゃこんな恥も晒さずに済んだのに」
「隠していた訳ではありません。話の筋に出なかっただけです。情報のソースはひけらかすものでもないですし」
「いい訳は結構だぜ、情報部長さんよ」
面白半分でユリヤンセンが突っ込むが、当のアーネスは怒るでもなく、思案顔だ。
「あんた、いい加減におしよ」
マリアデッタがユリヤンセンを嗜めたところでアーネスは顔を上げた。
「ま、貸し一つってところね」
一零細企業の分際で、己を監督する役所の長に堂々と言い放つアーネスもかなりの度胸だ。
「手回し良く私達のフォローに入ってくれたから、情状酌量してもいいけど、そこはけじめよね。
いいわよね?」
三幹部を見渡し、そう宣言する。
「で、私達もやっぱり生活が有るから、いつまで続くかも分からない事件に付き合ってられないの。あ、やっぱり腹立って来た。協会がバラさなきゃこんな事にはならなかったのに。
しかも、さっき襲われたばっかりだし」
すぐに前言を撤回するアーネスに、慌ててバルザグスが声を上げた。
「待て待て、よく話合おう。短気はいかん」
自分の短気さ加減をエイヴォンリー湖の底に沈めて取り繕う。
「まあ、それも功が居たから事なきを得たけど、これで何の補償も無いなんてあり得なくない?」
「いえ、それはしかし・・・」
流石のエリート官僚も、身内の不祥事には火消しが大変だ。
思わず口籠り、落とし所を必死で探している様子が窺える。
功も黙って聞いていたが、補償よりもこの先の方針の方が気になっていた。
短期間補償されたとしても、その先ずるずると狙われてはかなわない。
沈黙の中、どうしたいのかまず訊いてみた。
「取り敢えず、協会とGメンはこれからどうするのか、どこまで捜査し、決着はどのように着けるのか、こちらが納得出来る決着なのか、それはいつ頃と予想しているのかが知りたいんですけど。
いつまでも命狙われたままじゃ堪らない」
「そうね、まずそっちの方針を聞きましょ」
アーネスもそれから判断する事にしたようだ。
バルザグスとサナダの視線を受け、ウルブリヒトが肩を竦めて軽く咳払いした。
「もう、ざっくばらんに行くわね。
これから話す事は本当に慎重に扱って頂戴。
まず、前提としてPMSC協会の立場から説明するわ。
まず私達の協会は政党的には現政権、保守派の民主党に所属している団体なのは知ってるわよね?」
下っ端一同はマリアデッタ以外首を横に振る。
マリアデッタはそれを見て天を仰いでいた。
「・・・ま、まぁいいわ。とにかく、過激な事ばかり言ってる共和党とは意見が異なる政党に所属してるのよ。伝統的にね」
「それは何となく聞いた事有る」
ユリヤンセンが頷く。
功も何とな〜く、やんわりとだが、聞いた事があった。
フルグスとの繋がりを太くして、海まで勢力を広げてあーだこーだとか何とか・・・。おまけに軍事力を強化してミュルクヴィズ外縁の森を焼き払い、人類圏を広げるとか何とか。
功からしたら、恐ろしい事この上ない事を目標として掲げていた筈だ。
そしてこの過激な意見を支持する者が一定数居るのも事実なのである。
実行が伴わなくとも、嘘ばかりでも、威勢の良い事を言う声の大きい者になびく者は必ず居るのだ。
功の世界の某大国の前大統領とその支持者がそうだったように。
「私達は、より現実的に事を処理しなければならないの。夢は必要だけど、夢だけ語ってはいられないのよ。
この先百年人類を存続させる為に今すべき事は、森を焼き払うのではなくて、森を焼き払っても大丈夫な力を付ける事が大事なのよ。
勿論焼き払うなんていうのは言葉の比喩よ。焼き払える訳ないし、焼き払っちゃいけないものね。
つまり、それが出来るくらい人類の数を増やす事、生活を安定させる事、発展させる事が大事だと考えてるの。
これは分かって貰えるかしら?」
この意見には、馬鹿三人とマリアデッタも大いに頷く。
「今内輪揉めなんてしてる場合じゃないのも分かってくれるわね?」
この場合の内輪揉めは都市間の話しではなく、エイヴォンリー内での話だ。この先百年も同様である。
人類皆兄弟、世界統一と言う理想は遠く儚いのである。
馬鹿三人は無言で頷くが、マリアデッタが疑問を口にした。
「でもウルブリヒト部長、不祥事を起こしたのは共和党の議員ですよ。しかも情報を公開してるんですよね?」
「それは対ゲロカス機関の判断よ。あそこは中立を保ってるけど、若い子達が多いから何につけちょっとやり過ぎの所が有るのよ。
まぁ、私達も敢えて反対はしなかったけどね。
いずれにしろ、膿は出しとかなきゃ。
それで共和党の台頭を抑えて、領内を安定させなきゃならないの。
あなた達に関しては、依頼した汚職政治家が逮捕されれば危害は及ばない筈よ。お金にならないものね。勿論しばらくは警戒は必要だし、他にも手は打つわ。
それにフルグスをあまり刺激するのも得策ではないから深く追求はしない。だけど、あそこの裏からの政治的影響力だけは排除しとかないと独立してる意味が無いもの。
それで、ちょっとここからは汚い話しになるのだけど、実際にフルグスに対抗するなら、今のままでは駄目だと現政権は考えてるの。
工業力ではとてもあっちには敵わないものね。
そこで、今回の事件を利用する事にしたのよ」
ウルブリヒトは少し間を開け、話しを飲み込む時間を取った。
「つまり?」
ユリヤンセンの問いに、ウルブリヒトは簡潔に答えた。
「原材料を握る。少なくともその一部を」
「ゲロカスから鉱山を貰っちまうって事か⁉︎」
「それはちょっと汚い話しと言うより、かなり悪辣な話しって言うのよ」
ユリヤンセンとアーネスは口々に驚きを口にする。
「そこまでの話しは一介のPMSC
これはまだ裏が有る。そう思ったマリアデッタが思わず割り込んだ。
「何処にスパイが居るか分からない。今はそう言う状況なのだ。
現にウチに居ったからな。
その中でも信頼出来るクランが、
ルナティックパーティは悪いがついでだな」
バルザグスの、ついでとはお言葉だが、零細には違いないので怒る気はない。
それよりも、
「大手は信用出来ねぇのかい?」
そこだ。
「人数が多い分漏れもあるだろうし、あいつらは色々と付き合いも多いからなぁ」
言外に何か含みの有るセリフだが、大手は談合などの噂が絶えない。エイヴォンリーだけでなく、外部からの素材採集依頼だって有る。何処で誰とどんな繋がりが有るか分からないのが実情なのだ。
「神鬼鏢局はどうなんだ?」
何となく答えは分かるが、一応訊いてみる。
「彼らは腕はそこそこだけど、軽薄過ぎて信用が低いの。状況と金次第で転ぶ可能性があるわ」
問い掛けたユリヤンセンも予想していた答えだ。
「で?どうすんだ?」
「ルナティックパーティを襲撃したフルグス由来のマフィアには、こっちのマフィアのドン・フランコに裏から接触して排除を促す。その辺は任せておけ。後腐れなくやってみせる。
鉱山には指名依頼を出す事になる。
名目は鉱山から違法奴隷の開放と奪還だ。
奪還後はおそらく正規の領軍の一部とPMSCの混合部隊が派遣されるだろう。
つまり、実効支配してエイヴォンリーの一部として認めさせるんだな。
偵察して敵戦力を把握した後、奪還作戦にはベルゼブブとまぁ、大手も無視する事は出来ないから、各クランから何部隊かは抽出して貰うとして、バールのとこからもルナティックパーティの護衛以外は出て貰いたい。
行政からではなく、協会から大手に独占させない為に今回は指名依頼という形を取ったと言えば、奴らもスネに傷持つ身だからゴネはせんだろう。
ウチの傭兵も何人も犠牲になっているからな、ちと苦しいが大義名分は有る。
ただ、その依頼を出すのも偵察が終わってからだ。
部隊の編成はこちらでやるが、指揮はお前かベアトリーチェのどっちかに任せようと思っている。
無論、顧問としてGメンも同道する事になるだろう。
それから偵察部隊の選出も任せる。それらには別で秘密裏に依頼を出す。
重ねて断っておくが、政治的背景はGメンにも関係の無い事だ。漏らさぬよう注意してくれ。あくまでも奴隷解放と奪還が実質であり、名目上でもある主目的だからな」
まるで予想してなかった展開だった。
「どうする?功」
話しが想像より遥かに大き過ぎてアーネスの手に負えないようだ。
功だってどうしたら良いか分からない。二十歳そこそこで人生経験も短い若者の手に余る状況だ。
「話しがここまで来たらもう俺達とは殆ど関係が無くなってるな。
逆に奪還部隊に入った方が安全じゃないか?」
半分やけになって珍しく冗談を言ってみると、アーネスは目を輝かせた。
「それよっ!森に入っちゃえばマフィアの三下如きに後から刺される事は無いし、仕事も出来る。デスペラードも無駄に戦力を分散させる事も無い。私達の分は誠意を持って協会が報酬を弾んでくれれば貸し借り無しに出来る。強制労働させられてた被害者も救出出来るし、ゲロカスに狩野の仕返しも出来るっ!全部マルッと解決じゃない!」
功の一言は藪蛇だったようだ。
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