第101話証人保護プログラム

到着した桟橋で、捕まえた不審者を当局に引き渡し、事情を説明する。

スカウトの資格と、狩猟神ウルのスキルを持つ功の証言、押収されたスマホと武器、そしてアーネスの(亡父の)社会的信用はこの世界では大きい。


ちなみに功のスキル狩猟神の知覚ウルズセンシズはさらにパワーアップして、狩猟神ウルそのものとなっている。

効果は知覚の向上、それによる精密な身体操作、観察力、洞察力のアップである。


それにもまして、チンピラ四人の在所も問題になったようで、アーネス達は不自然な程あっさりと開放された。


当局の官憲がゲロカス絡みだと知ると、すぐにGメンに連絡を取ったのも大きかったのかもしれない。


二人はそのまま協会本部の庁舎に向かった。

庁舎を見ると。研修をした三人を思い出し、切ない気持ちが蘇る。


「よお、また会ったな」


そんなPMSC協会本部で、軽くアーネスに声を掛けて来たのは、ゲロカス達に捕まっていた怪我人を搬送した『デスペラード』のバーレント=ユリヤンセンだった。


その後ろには事務方であろう中年女性が控えている。小太りおばさんな彼女も、アーネスとは顔見知りのようで、軽く微笑んで会釈してきた。


「なんであんた達まで居るの?」


アーネスはユリヤンセンを見下ろしながら両手を振って挨拶を返す。


見下ろしたのは、何も馬鹿にしている訳ではない。ユリヤンセンは小人族なのだ。


身長120cm程のちっさいオッサン。

だが、右頬に刀痕が走っており、その風貌といい、歴戦の強者の風格オーラがある。


小人族は力も弱く、頭でっかちで胴長短足だが、動きは素早く器用な上、不屈の精神を持つ種族として名高い。

小さいからと言って、侮れる種族ではないのだ。


「随分なご挨拶じゃねぇかよ。こっちはおまた前らの護衛で呼ばれだんだぜ。ま、お前らがそれを納得するまでは正式じゃねぇけどな」


アーネスは思わず功を振り返った。


「え?そんなやばい話になってんの?」


また自分達が護衛対象になるとは、ちょっと想像していなかった。

証人保護プログラムでも発動したのだろうか。


会議の前打ち合わせの為、一行は小会議室に向かいながら話す。


「聞いてねぇのか?ってその前にそいつぁ誰だ?新顔か?」


ユリヤンセンが顎をしゃくって功を指す。


「ええ、ウチのニューフェイスよ。ゲロカスの護送部隊をほとんど全滅させたのはこの功なの」


「こんにちは、木下功です。よろしくお願いします」


きちんと立ち止まり、頭を下げる功。


「あ、いや、これはご丁寧に。っておい、傭兵同士堅苦しいのは抜きにしようや。それが嫌だから傭兵やってんだからよ。

それにしても、へぇ、あいつら転がしたのはお前か。いい腕してるな」


どうやら気さくな男のようだ。


「俺は聞いてるだろうが、『デスペラード』って中堅クラン率いてるバーレント=ユリヤンセンてもんだ。

まあ、中堅って言ってもたかが知れてるけどな。

後ろのこいつは事務のマリアデッタだ。秘書兼俺のコレだ」


後ろのヒューマン種の女性を指し、小指を立てて見せるユリヤンセンに、マリアデッタと紹介されたふくよかな中年女性が拳骨を落とした。


「下品なジェスチャーはおやめったら!あんたはもう!

マリアデッタ=ユリヤンセンです。よろしくお願いします」


コレと言っても恋人ではなく、夫婦のようだ。

カカア天下のようで、中々微笑ましい。


一通り自己紹介も終わると、アーネスが話を戻した。


「で?そんなやばいの?」


「ん?いや、まあ、俺も今からお前達と一緒に打ち合わせなんだ。けど、俺が護衛に呼ばれるってこたぁ、そういうこったろ?」


「何が起こってるのかしら」


問いかけるようなアーネスの言葉に、答える術を功は持っていない。


「とにかく、ここで立ち話してても仕方がないと思うんだけど?」


何にせよ、情報が無さ過ぎる。


「ま、そうだな。打ち合わせの時に話てくれるだろうさ」


ユリヤンセン夫婦も頷いて歩き出す。


四人は階段を使い、地下四階の会議室に降りた。エレベーターを使わないのは、戦士のエチケットらしい。

そういう風習が有るのだそうだ。

マリアデッタもアーネスも戦士ではないが、PMSC職員には違いないので、この風習に従っている。


地下三階を過ぎると、壁面に窓が設けられており、エイヴォンリー湖の中が見渡せた。

まるで水族館のようだ。


空は生憎の冬空で、雲が掛かっており、光は弱いが、淡く輝く湖水に時折魚が泳ぐ姿が見える。

夏の快晴下では、もっと幻想的な景色が見られただろう。


「凄ぇ・・・」


しかし、功には充分衝撃的な光景だった。


「この島は元々小さいの。周りを水面の部分だけ拡張して、そこに上下に突き出たみたいな構造のビルが建ってるのよ」


アーネスが説明してくれたが、何の為にそんな手間の掛かる事をしたのだろうか。

何か理由があるのに違いない。


功が見る限り、このエイヴォンリーという湖上都市は、ロマンや美意識だけで造られてはいない。

かなり計画性のある合理的な都市計画を基に設計されている。


それでもこの景観は見事だ。


蒼く清浄な世界。

ミュルクヴィズ大森林から絶えず大小無数の川が流れて来ているので、水は淀んでいない。


また、この湖はここに暮らす人々の水瓶であり、畑であり、牧場であり、漁場である。

生活の全てがここにある。


水質の管理は非常に厳格に定められているので、街中であってもこの透明で清浄な水質を保っているのだ。


そこに思い至り、功は浅墓にもチンピラを湖に投げ込んでしまった事を反省した。

母なるエイヴォンリー湖に、ゴミはポイ捨てしてはいけないのだ。


あまりの美しい光景に、功は釘付けだ。

遠くで半魚人の農家さんが、何やら農作業しているのが見える。


この寒いのに、頭が下がる思いだ。


《エイヴォンリーの湖沼米、美味しく頂いてます》


心の中で感謝して皆の後を追う功であった。






集められた第三小会議室には、すでに数人の協会幹部が待機していた。


主な面々としてドワーフ種の協会長バルザグス、エルフ種の協会情報管理部の部長アレクサンドラ・クリスティーヌ=ウルブリヒト、ヒューマン種の警備部部長ケイン=サナダの三人である。


他は書記官や資料補助の職員だ。


「さて、あまりお前達の時間も取りたくないし、我々も暇ではない。単刀直入に話を進めさせて貰う。自己紹介も抜きにしよう。

それから今日ここで見聞きした事は当然他所で話してはならん。誓約して貰うがいいかね?」


バルザグスは、その思慮深そうな容貌を着席したメンバーに向け、挨拶がわりに言い放つ。


アーネスもユリヤンセンも無言で頷く。


それを確認したウルブリヒトが、会議テーブルの上に指で魔法陣を描く。


魔法陣から九つの光の球が回転しながら浮き上がり、やがて弾けて会議室の中にいる全員の胸に一つづつ吸い込まれた。

功も例外ではない。避ける暇も無い程の速度だった。


軽く動揺する功に、アーネスは大丈夫と頷いて見せた。


「誓約の魔法よ。誓約を破れば、魔法陣を使った情報管理部の部長に知らせが行く魔法なの。長くても一週間程で効果は切れるし、例え誓約を破ったとしても身体に害は無いわ」


アーネスの解説が終わるのを待って、ウルブリヒトが話し出した。


「今まで秘密裏に内偵を入れていた数人の政治家が、何故か昨日から急に動き出しているの」


初老の女性エルフの合図で職員が資料を配る。

そこには、数人の名前と写真が載っていた。


それを見た功以外の三人が息を飲む。


「まさかこいつら全員がゲロカスと繋がりが有るのかっ⁉︎」


思わず声を上げたのはユリヤンセンだ。

載っていたのは、政財界の重鎮と言える人々だったのだ。


「この資料は対グロリアス紳士同盟機関の捜査員から入手したものと、我々独自で調査した結果を合わせたものだ」


そう前置きすると、バルザグスは眉根を揉んだ。


「不思議に思った事はないか?

噂では、グロリアス紳士同盟の奴らは鉱山ダンジョンで鉱物資源を採掘しているらしいが」


そこで一端言葉を切り、ユリヤンセンを見た。


バーレントバール、奴らは採掘したそれをどうするんだ?奴ら自身で加工して使ってるのか?」


問われたユリヤンセンは、ハッと何かに気付いたように目を見張った。


「まさか、協会長・・・」


「そうだ。奴らは採掘した鉱物を一次加工までして売ってるんだ。問題は誰が買っているかだ」


一堂は揃ってもう一度渡された資料を見る。


そこに記された財界人の名前は、海岸を領土とする人類最大の工業都市『人類存続の為の共和連邦federal republic of great survival 』略してFRGSフルグスと呼ばれる都市の重工業会社の幹部達だった。


「書類上は、フルグス所属の衛星都市にある採掘会社から購入した事になっている。

政治家の方はウチの奴らだ。フルグスから流れて来た金を受け取った汚職政治家だな」


吐き捨てるようにバルザグスは言い、その後をウルブリヒトが続けた。


「エイヴォンリーのGメンもフルグスまで捜査権が及ぶ訳ではないの。勿論対外的なメンツも有るから、ある程度配慮はするでしょうけど、深いところまでは協力してくれないわ。

当たり前よね、真っ黒なのは自分達で分かってるんですから。

で、ウチとしては、調査の方法を変えて金と物を追ったのよ。その結果がこれ。

そして、アーネス達が持ち帰ってくれたグロリアス、もうゲロカスでいいわね、とにかくあの下っ端達の証言で鉱山ダンジョンの位置も判明した。

困るのは誰かしらね?

色々と圧力を掛けて来るのは分かってるから、こちらからカウンターを仕掛けて、敢えて証拠付きの情報を流したのよ。

今頃はテレビでも大騒ぎの筈よ。

でも逆恨みに思った奴らがアーネス達を襲うのも充分に考えられた。だから保護プログラムを発動したの」


今まで黙っていた警備部部長のサナダが口を開いた。


「勿論お前達がプログラムを拒否すれば解除されるが、受けた方が良いと思うぞ」


綺麗にハゲ上がった頭を持つ壮年の大男がケイン=サナダである。

協会長のバルザグスと情報管理部長のウルブリヒトは政府から出向のエリートで、いわゆるキャリア官僚であるが、警備部は荒くれの傭兵を直接取り締まる関係上、現場からの叩き上げを任命して就任させるのが慣例だ。

サナダも例に漏れず、武勇高い歴戦の古強者である。


「条件次第よね。こっちだって断りたくはないわよ、ただで護衛してくれるんだからさ。でも、制限有るわよね?その間仕事しちゃダメとか」


「そりゃそうだろう?都市の税金使って一企業の仕事の手伝いが出来る訳無いじゃないか」


もっともな話しである。


「その間の補償は?」


護衛してくれるのに、金を寄越せとはアーネス自身もどうかとは思うが、こっちだって生活が掛かっているのだ。

事と次第によっては仕事を優先して護衛は断るという選択もあり得る。


「まあ、お前達はそう言うわな」


サナダの方も元傭兵だ。その辺の事情は弁えている筈だ。


「そりゃそうだろ。けどよ、相手のヤバさにもよるだろ?アーネス」


ユリヤンセンも心配気な様子だ。

叩き上げの男だ、台所事情が苦しいのもお見通しだろう。


そこが問題なのだ。


前回の稼ぎと日本での稼ぎで、向こうひと月ちょっとは何とかなるが、その次がカツカツになるのは目に見えている。


悩みどころなのだ。

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