第100話反社勢力

光作は功達と別れ、先にカフェ・ミスティを出た。

サブとヒコは、既に食事をしていたテラス席から放してある。

こっそりと姿勢を低くくし、まるで獲物を狙う狼のように影から影に身を潜める二頭。


そんな事をしていればいかに公園といえど目立ちそうではあるが、二頭は人目がある時は堂々と、人目が無い時は、まるで影そのもののようにそれぞれ移動し、いつしかまったく目立たなくなった。


他にもペットは放されているので、悪目立ちもしない。

もっとも、他のペット達は二頭を恐れて近寄りはしないが。


光作自身もまるで幽霊のように掻き消えた。


追跡者からしてみれば、普通に目で追っていて突然消えたのだ。

マタギが山に伏せる技に近い。

ミエリッキでブーストされた技巧は、己の気配を木々に移し、空蝉のような事が出来るのである。


さらに木から落ちた枯れ葉の一枚ひとひらを己に見立て、ある種の幻覚を見せた。


光作だと思って目で追っていたら、いつの間にかひらひらと舞い落ちる枯れ葉に変わっているのである。


まるで森が人を惑わせるように、帰り道を隠すように撹乱するスキル。


ミエリッキの枝スキル『分身アバターチャフ』だ。

熟達すると人の目だけでなく、機械の眼すら欺く。


光作は空き時間にひたすら調べ物をしていた。その中には、勿論自分が獲得したミエリッキのスキルも含まれていた。


過去の事例が少ない非常に稀なスキルではあったが、記録が無い程ではない。


元々光作が身に付けていた山生活の技術と非常に似た相性の良いスキルなので、光作は早くも自分のものとしている。


追跡者はいきなり尾行対象が消えたのに驚いたようだが、光作はメインの対象ではないようだ。

一人を光作の捜索に充てるだけで、他は継続して功とアーネスを監視している。


おそらくメインのターゲットはアーネスだろう。功という事も有るが可能性は低い筈だ。


光作は静かに人の流れに紛れた。







功は何処かにメールを打つ振りをしてアーネスに尾行者の存在を告げた。


軽く息を飲むが、アーネスも流石に荒事には慣れている。

すぐ了解のメールを送り、席を立った。


「じゃ、そろそろ協会に行かなきゃね」


周りを見る事はしない。


代りに歩きながらパーティメンバーに尾行の事をメールで告げ、それぞれ自分達の周りを注意させる。

出来るなら、事務所に集合した方がいいだろう。


十中八九この尾行はゲロカス絡みに違いない。でなければ零細パーティを尾行する理由が無い。


しかし、誰がルナティックパーティを尾行させているのか、また、何が目的なのかも分からない。


アーネスはまだこの時点で虎の尾を踏んでいる自覚が無かったのだ。


功は僅かながら殺気を感じ取っていた。

気配ではない。

功は気配という抽象的なものは読めないし感じられない。狩猟神の感覚ウルズセンシズはもっと即物的なスキルだ。

一瞬見た、遠くこちらを隠れ見ている人物の仕草や視線、表情などから察するのである。


害意を感じるという事は、向こうに攻撃の意思、あるいはこちらに恨みなどが有るという事だろう。

襲撃される可能性は高い。


数は全部で5人。

一人光作を探しに離れたので、残りは4人だ。


今は二手に別れ、ツーマンセルで動いている。

功はこういった事は素人だが、どうも洗練された動きでは無いような気がしていた。


目つきも悪いし、暴力には慣れているようだが、戦闘となると怪しい感じがするのだ。

体幹がブレブレなのがそれを裏付けている。

どうも傭兵という気がしない。


だからと言って油断出来るわけではない。

単純な戦闘力ならブリッコーネの半分以下ぐらいだが、脅威度が低いとは限らないのが人間の怖いところだ。


「アーネス、こっちの反社マフィアって昼から派手にドンバチするような過激なのが居るのか?」


「尾行してるのってマフィアなの?

流石にマフィアとやり合った事は今まで無いけど、どうなんだろ?ニュースではあまり聞かないかな?」


「いや、分からん。そんな気がするだけだ」


水上バスの桟橋に向かう二人は、まるで背後を気にする様子は見せない。

アーネスは功の腕に自分の腕を絡め、仲の良い恋人同士のように微笑み合いながらお互いの耳元に口を寄せて会話している。


仲睦まじい様子だが、会話の内容は物騒極まりない。


「マフィアって傭兵にも喧嘩売って来たりすんのか?」


功はそこが不思議だ。


バリバリの戦闘集団であるPMSCに戦闘など仕掛けて来るのだろうか?


「あいつらも表向きは一応は傭兵なのよ。ま、ロクな仕事はしてないし、喧嘩売る相手も選んでるでしょうけどね。

大手には絶対喧嘩は売らないわよ、勿論。

お互いに腕っ節を看板にしてるから、そこでメンツ潰されると舐められて仕事にならないからね。

もし始まったらどっちかが潰れるまでやるわね。

ま、当然潰れるのはマフィアの方だけど」


「俺達みたいな零細には売るかもって事か?」


「無くはないかもね。ただ、何の為にそんな事するかが、気になるところよね。

私達だって横の繋がりは有るし、零細にも意地は有るから反撃だって予想はしてるだろうし。

それに、同じ街のPMSCに手は出さないと思うわよ。下手に傭兵に喧嘩売ったらそれ以降の仕事が出来なくなるから」


「やり難いな。ただ、火の粉を払えばいいって訳には行かないか」


ヤクザ相手は後難が怖い。

逆恨みを買い、搦手から来られて日常生活でいつ何時襲われるか分からないからだ。


難しい顔で考えこむ功に、アーネスは不思議そうな顔をした。


「何難しく考えてんの?対処法は一つでしょ?」


「え?いい解決方法が有るのか?」


アーネスは全く心配してないようだ。

アッバス氏のような行政側に知り合いでも居るのか、それとも父親関係の大手にでも頼るのだろうか。


「何言ってんの?来たら潰す。これ以外に何があんのよ」


アーネスの返答は実にシンプルだった。


「私達もまがりなりにもPMSCの端くれなのよ、暴力に怯えてたら仕事にならないの。

手を出されたら根っこから潰す。

これ以外の対処法は無いわ。これから身を守る為にもね。

アイツらもそれは分かってる筈よ」


思っていたより大事おおごとのようだ。

マフィア同士の抗争と言うより、戦争に発展する気がする。


「いいのか?それで」


ゴクリと唾を飲む功。


「一応PMSC協会には連絡入れとくわ。

もっとも、この街エイヴォンリー反社マフィアじゃない可能性が高いけどね。

でも、一般人に被害が出ないうちに対処しないと」


そうこうしているうちに水上バスが到着した。

外輪船のようなデザインだが、あくまでデザインだけで、中身の推進装置は最新の技術を使っている。


客席キャビンは船の中央部で、そんなに大きくはない。

操舵手一人のワンマン運行で、操舵室も後部甲板のすぐ上に有る。


功とアーネスは降りる客を待って、何人かの乗客と共に乗り込んだ。


尾行者もそれに続いたのを背中越しに確認する。

二人は、初々しい恋人同士のように腕を組んだまま後部甲板に向かった。


吹きさらしで寒いが、他にも二組のカップルがいちゃついており、特に不自然という程ではない。


後部甲板なのは風下になるからだ。これで功の知覚範囲は広がるが、代わりに狙撃の危険性は高まる。


アーネスは狙撃よりも、より近接の脅威を優先したようだ。


もっとも、冬風に波打つ湖面、その上を走る船上の標的に、確実に狙撃出来るとは思えない。

それが出来るなら反社などより、普通に傭兵をやっている方が稼げる筈だ。


「功、大丈夫?いける?」


少し気遣わしげにアーネスが功の眼を覗き込む。

功は一瞬眼を閉じ、そしてアーネスを見つめ返した。


「任せとけ」


力強く頷く。


だが、そう言っている間に二人は囲まれていた。

歩く音から奴らの緊張が伝わって来る。本物の殺し屋というよりも、三下の若いチンピラだ。

全員ヒューマン種なので、功も感知し易い。

手の動きから、銃は懐にあるようだが、最初はナイフを使って来るのが分かる。


「あの、すいません」


そいつらの一人が何気なさを装って声を掛けて来た。

まるで観光客が写真を撮って下さい、とお願いするような雰囲気だが、声が緊張しているのが伝わって来る。


しかし、その袖口にはナイフが忍ばせてあるのを功は見逃さない。


瞬間功が動いた。


あっと言う間に二人が投げ飛ばされて湖面に落ちる。もう一人は顎をカチ上げられ、脳震盪を起こして崩れ落ちた。

まったく、人間は脆い。これがブリッコーネなら痛みすら感じていないかもしれないというのに。


最後の一人は何が起こったかも分からずにうつ伏せに取り押さえられ、後頭部にマグナムが突きつけられた。


他の一般人が悲鳴を上げる間もない。


アーネスさえ舌を巻く早技であったが、すぐさま周りに警告の声を発した。


「PMSC協会の者です!不審者を取り押さえました。

ちょっとそこのあなた!

当局に連絡して落ちた奴らの回収をお願いして!」


一般人の男に指示をし、自分は悪者ではないアピールをしておく。大事な事だ。


落水したチンピラは、この水温だと間に合わないかもしれない。だが、死体だって立派な証拠になる。


すぐに操舵室のタラップを登り、操舵手に自分のスマホから身分証を表示させて突き付ける。


「このまま進んで!

落ちたのは多分他所の街のマフィアよ。私達狙われてるの。

あんたのスマホからPMSC協会に連絡して確認してみて!」


「そんな訳に行くかっ!」


トカゲ獣人の操舵手は中々骨の有る親父のようだ。

トサカを広げて怒鳴り返し、水上バスを反転させた。


「あんたが誰なのかは勿論確認させて貰う。だが、落ちた奴の回収が先だ!

あんたが嘘をついてる可能性だって有るんだからな!」


ごもっともな意見である。

アーネスも、これは仕方ないと諦めた。


「仕方ないわね。でも警告はするからね、奴らは多分他所の街のマフィアだからね。救助した途端に撃たれても私のせいじゃ無いからそのつもりでいて」


トカゲ顔の操舵手はケッ!と、喉を鳴らした。


「どっちにしろこの水温じゃ、ヒューマン種はもう動けねぇよ」


「それもそうか」


湖水の水温はほぼ零度の筈だ。湖水から上がるとマイナスの気温なので、余計に動けないだろう。


功は取り押さえた男にボディチェックを施し、武器を押収した。

脳震盪を起こした男の武器も取り上げ、ストレージからパラコードを取り出し、二人を一纏めに拘束する。


何か喚いているが、顔を舷側から突き出し、耳元で一発湖面に向けてホーネットを撃つと大人しくなった。


勿論功のように、フォトンジャベリンのようなスキルを持っている可能性だって有る。

出来れば昏倒させたいが、わざとやるとなると加減が分からないのだ。

その代わり、いつでも片耳くらいは撃ち抜けるように注意を怠らない。


その間に操舵手が救命浮き輪と落水事故用の手鉤マニュピレータを使って落ちたチンピラを回収していた。

中々慣れた手つきなのは、こうした時の対処法が確立しており、訓練を積んでいるからだろう。


掬い上げられた二人は、まだ息が有るようだがこのまま放っておけば、すぐに凍ってしまう。


放っておいてもよかったが、掬い上げられたのなら仕方がない。

アーネスは嫌々キュアを唱えた。


これで最低限命は繋げるだろう。手足の指の凍傷などは知った事ではないが、それでも一応武装解除はして縛り上げておく。


「さ、これで満足?当局に連絡とってさっさと進んでちょうだい」








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本職が忙しくて中々更新が難しい

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