第99話単純でエロスな生き物が出す簡単な結論

何の気無しに功は自然とアーネスの腰に手を回していた。


寒いからドアを早く閉めて欲しかったからだが、手から伝わって来る柔らかな感触に、唐突に何かが弾けた。


情緒がまだ安定していなかったのもあるだろう。


気がつけばアーネスを玄関の壁に押しつけ、その唇を奪っていた。


安全な場所で二人きりになり、色々な感情が爆発している。

慚愧、恐怖、悲哀、不安、怒り。

その全てをぶつけるように唇を重ね、舌を吸った。


荒々しくアーネスの上着の前をはだけさせ、ブラウスの裾から胸元に手を差し入れ、下着の上から胸を揉みしだく。

小振りだが、柔らかな感触はさらに功を狂わせた。


舌を絡めるのをやめ、耳元から首筋に噛みつくように唇を這わせる。

アーネスから感じる女の香りが益々功に火をつけた。

もう片方の手で、まるで鷲掴むように柔らかな尻の肉をまさぐる。


アーネスはまったく抵抗する素振りはない。

最初は驚いていたようだが、今は功の首に腕を回し、目を瞑って自らを委ねている。


だが、右手でアーネスのブラウスのボタンを外そうとして功は手を止めた。

止めてしまった。


乱暴にボタンを外そうとしていた手に、血が付いているのが見える。


勿論そんなはずは無い。幻覚だ。

それは分かっている。


だが、功はこのままアーネスを抱いてしまえば、アーネスを血で汚してしまうような気がしてしまったのだ。


そんなはずは無いとは分かっている。

口には出さないが、アーネスだって人を手にかけた事が有るかもしれない。


だが功にとっては、少なくともこのままの精神状態で彼女を抱けば、アーネスに対して失礼だと感じたのだ。


これは愛や癒しの行為ではない。

自分の中の苛立ちを下世話な欲望に変えて、アーネスにぶつけているだけだ。

一種の八つ当たりである。


これは違う、自分はアーネスにそんな事をしてはならない。こんな事をする男はアーネスに相応しくない。


そんな一瞬の葛藤が功の手を止めさせたのだ。


そんな功の心の動きを、アーネスは正確に理解出来た。


ブラウスを掴んで震える手をそのままに、そっと両手で功の顔を包み込む。


今度はアーネスから唇を重ねた。


「功、ごめんね。アンタが苦しんでるのは分かる。理屈じゃないもんね。

でも、私はこの仕事をまだ辞めるつもりは無いの」


暫く唇を重ねていたアーネスは、功の眼を見つめながら静かに話出した。


「お父さんのやり残した事もあるし、皆んなの事もあるしね。

でも、私は戦士職じゃない。皆んなの力が無いと戦えないわ。

だけどこれから先、またあんな場面にぶつかる事も有ると思う。

アンタをこの道に引き込んだ、こんな私が言う事じゃないかもしれない。

私のわがままな願いなのも分かってる。

だけど、だけどね、功、アンタには私を守って欲しいの。

これから先も。今までみたいに。

私も全力でアンタを守る。私の出来る事は全てする。

でも、無理もして欲しくないのも本当。アンタがまた苦しむくらいなら、この話は忘れて。

大丈夫、そうなっても私はアンタから離れたりしないから」


アーネスはそのまま功の顔を胸にかき抱いた。


アーネスの気持ちが、功に波動となって暖かく流れ込む。

それは魔法のようで魔法ではなく、魔法以上の魔法だった。


嘘のように功の中のわだかまりが小さくなって行く。


慈愛アフェクションと言う名の奇跡。

世界を渡り、異世界に生きて来た男女の間に結ばれた絆なのだ。


一人の男と一人の女。それが世界を越えて巡り合う確率はどれだけのものだろう。


「今はここで休んでなさい」


胸の中で小刻みに震える愛しい男の温もりを感じながら、アーネスも温もりを与える。


その夜、功は久し振りによく眠れた。






翌朝、功は狭いシングルのベッドで目が覚めた。


昨夜の事を思い出すと、かなり気まずい。

あれから特に何も無く、二人は抱き合ったまま、ただ眠った。

それだけで二人は満たされた。


気恥ずかしさで一杯だが、アーネスはもう起き出して朝食の支度をしているようだ。

意外な事に、彼女は朝に強い。


「あー、えーっと、おはよう」


のそのそと起き出して来た功に、アーネスはタオルを放った。


「おはよ。さっさとシャワー浴びて来なさいよ。前回残してた下着出しといたから。

今日はお爺ちゃん迎えに行って、それから買い物行くんだから、さっさと支度してちょうだい。

あ、ついでにアンタの着替えとかも買っといたら?」


アーネスは少なくとも、表面上はいつも通りだ。

女は強い。


「そうだな、そうするか」


投げられたタオルを掴んだ功は、体調の変化に驚いた。

不思議と身体が軽い。


そして、心も軽い。


昨夜、アーネスは自分のわがままだと言った。

功はそうは思わない。

戦ったのはあくまで自分の意思だったのだ。アーネスのせいにするのは違う。


だから、これからも一生アーネスに頭が上がらない気がする。

それでも例えようも無い程の愛おしさが込み上げて来た。


キッチンに立ち、エイヴォンイルカのベーコンを切っているアーネスを後ろから軽く抱きしめ、髪にキスをする。


アーネスはもうシャワーを済ませたようだ。コンディショナーの良い香りがした。


振り向いたアーネスはニカッといい笑顔だ。

この辺、照れたりしないのがアーネスらしい。基本素直なのだ。


「シャワー行って来いっての」


それでも功を腰で押し除け、シャワーに追いやる。


結局のところ、男という生き物はどうしようもなく気分が落ち込んでいようが、世界の終わりがすぐそこに来ていようが、女一人で変わるものなのである。


自分が愛する女に肯定されていると知れば、男は何処までも強くもなれるし馬鹿にもなれる。

天国も味わえれば、地獄にだって笑って行けるのだ。


全く単純な生き物である。


シャワーを浴びながら、自分でもここまで単純だったかと首を捻る功であった。


浴室から出た功は、まるで生まれ変わったような気分だ。

これから先、また人を殺す場面が来る事も有るかもしれない。いや、この仕事をしていれば、アーネスの言う通り避けられないはずだ。


しかし、今その事でくよくよとするのはやめよう。

自分はアーネスを守れば良い。

簡単な事だったのだ。アーネスを守る為なら、自分は魔王にだって喧嘩を売る。


それだけの事だ。


引き締まった身体に生気が漲って来る。

狩猟神ウルのスキルが戻って来たのが感じられた。気のせいかもしれないが、よりパワーアップして戻って来た気すらする。


胸はまだ少し痛むが、手の震えは消えた。

今は悲嘆よりも、ゲロカスに対する怒りの方が大きい。


《大丈夫、俺はもう戦える》


オッパイ一つで単細胞生物、完全復活である。


見違えたように元気になって出て来た功は、すっかり出来上がった朝食の席に着いた。


朝食の内容は、ザ・朝食である。

チーズトースト、ベーコンと目玉焼きサニーサイドアップにした謎の卵、ピクルスとチャイのようなお茶。


何の卵か気にはなったが、どうせ食い物には違いない。

オーストラリアでのサバイバルキャンプで、ミミズや芋虫すら食べた功に偏食死角は無い。


美味しく完食し、アーネスに礼を言う。


朝食後、ホテルに光作を迎えに行き、近所のマナフォンショップでまずは光作のスマホを調達した。


アーネスはプレゼントしたトートバッグを、嬉しそうに使ってくれていた。

それだけで功は胸が熱くなる。


ついでに功のストレージ拡張術式マイクロチップも購入してスマホをプチグレードアップさせた。

これで功のスマホも、今までの倍近い容積になった。


異世界の街の様子に驚きを隠せない光作を他所に、勝手に話を進めて光作の最新の機種を購入し、簡単な使い方をレクチャーしながら必要なアプリをダウンロードする。


そのついでに新人登録も済ませ、抜かりなく(光作に許可を取った上で)新人研修も済ませた事にしてしまう。


これで光作も、晴れてエイヴォンリー市民だ。


功が最初に来た時同様、様々な手続きも済ませ、光作の口座に当座の資金を振り込んでおく。

日本で狩った獲物の売り上げの三分の一は光作の取り分で、残りは会社ルナティックパーティの取り分である。


ただ、いつまでもホテル住まいだと、経費も馬鹿にならないし、光作自身気を使う。

新人庁の施設を使う事も出来たが、場所的に事務所からも遠く、これも不便である。

しかし、アパートを借りるにせよ、まず光作自身がこの世界に慣れないと無理なので、これは少し様子見となった。


ちなみに光作は傭兵登録はしていない。

当たり前だが、年齢も年齢だからだ。

ただし、ルナティックパーティの社員としての登録はしており、肩書きは顧問としてある。






三人で楽しく買い物を終え、アーネスお気に入りの『カフェ・ミスティ』で昼食兼お茶をしていた時の事である。


功がつと、光作に目配せをした。

光作も黙って頷く。どうやら気付いていたようだ。


狩と森の豊穣の女神ミエリッキのスキルは、植物を媒介して無意識に魔力を伝播し、森に生きる者から様々な情報を得るスキルである。

故に街中等の緑の少ない場所では、その力は半減以下となる。


だが、この島は公園を兼ねており、冬枯れしているとは言え、植物は多い。


実は功は、街で買い物をしていた時から気付いてはいたが、いまいち確信が持てなかったのだ。


功達をつける尾行者の存在に。


だが、ここに来て尾行者の数が増え、尚且つ微かに殺気を感じる。

最早間違いはないだろう。


無意識に武装を確認する。

インナーホルスターには愛用のホーネット 、ジャケットの袖にはチタンペグが計4本。

ナイフの類いはストレージから出していない。

いざとなれば、フォトンジャベリンで応戦も出来る。


何の為に尾行しているのかは分からないが、複数の尾行者が付いているのは確かだ。


「アーネス、協会には何時だ?」


「14時よ。あ、そろそろ行かなきゃね。事前打ち合わせも有るし」


「爺ちゃん、どうする??」


アーネスは気付いていないようだが、功の含みの有る言い方は光作には通じていた。


「いや、せっかくここには図書館もあるようだし、少しここで調して、一人でホテルに帰るよ」


?水上バスはここからだと何回か乗り換えがあるけど」


会話は普通だが、二人は目でも会話している。


「まあ、した方が分かる事も有るかもしれんしな」


は大丈夫か?ちゃんと持ってる?」


「俺はこれでも慎重派だぞ、じゃなければ投資では稼げんからな。サブとヒコも散歩がしたいだろう」


光作も、突然異世界に転移して、充分用心はしている。

何しろ今のところ、功とその所属するルナティックパーティのメンバー以外は誰一人として信用出来ない。


転移して初日に人を殺す羽目になったのだ。慎重に行動しない方がおかしい。

当然、ショルダーホルスターには、アーネスの物と同じ自動拳銃とその予備弾倉、ポケットにはフォールディングナイフを忍ばせている。


ここ、エイヴォンリーでは銃刀法にも抵触しないのは調べ済みである。

全員が全員ではないが、フロンティア精神溢れる市民は良きにつけ悪しきにつけ、アメリカ人並みに自己防衛意識は強いのだ。


仮に官憲に見咎められても、スマホの身分証でルナティックパーティ所属である事を示せば、例え傭兵登録はしていなくとも、民間軍事会社の顧問なので尚更問題にはならない。


それに足元に寝そべっているサブとヒコ、魔狼二頭の防御力と攻撃力も充分期待出来る。


「お爺ちゃん本当に一人で大丈夫?」


アーネスも念を押すが、光作は余裕綽々だ。


「外国だろうが異世界だろうが、人情に違いは無いだろう?熊だろうが、猫だろうが、敬意と親切心さえ持って、用心を怠らなければトラブルは起こらんよ」


七十年を生きてきた人物の言葉は重い。


「無茶すんなよ」


それでも事態が事態だ。心配する功に、光作は笑って見せた。


「無茶なんかするつもりは無いが、まだまだ若い奴には負けんよ。培って来た技巧ってのが有るからなぁ」


不敵に笑う光作は流石にベテランの貫禄だった。








______________________________________________

いきなりエロ展開

アウトかな?


ハーレムって好き?

そんなにハーレムってええもん?

俺には分からん

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る