第98話イントリーグ

「それで、アーネスは無事なんだな」


重厚なデスクに直に腰掛け、苛立たしげに秘書に確認しているのは、美しい銀髪のエルフである。


華奢な体型の多いエルフにしては、珍しく体格も良く、鍛え上げられた肉体をしている。

ご多分に漏れず、端正なマスクで眼光も鋭い。


かつてのエルネストの部下であったオットー=ロッテンマイヤーである。

新興PMSC軍団クランで、今や大手の一角を占める

神々の園の旅団アスガルズブリゲート』を率いる総帥でもある。


問われた秘書は、秘書セクレタリーと言うには些か硝煙の香りをコロン代わりに使い過ぎているような若い男だ。


「はい、結果から申し上げます。アーネスティン・Vヴァネッサ=アッテンボロー様はご無事でいらっしゃいます。

時系列にて報告致しますか?」


「いや、結構だ。

取り敢えずアーネスとダズワイスが無事であれば問題は無い。

グロリアス共の愚挙は許せんが、引き続き何が有ったかは詳しく調べておけ。

それと、最近アーネスのパーティが軌道に乗っていると聞く。その原因もつまびらかにしろ」


「かしこまりました」





場面変わってとある人物の執務室である。


「グロリアスの低能共が奴隷の輸送中に捕まったのは本当か?」


脂ぎった老顔を苦々しげに歪め、口にするのも汚らわしい固有名詞を吐き出した老年の小男は、シミ塗れの拳を報告書に叩きつけた。


「どうやらそのようで」


答える壮年の男の口調はこれまでと違い、敬意が篭っていない。


それも仕方がない。

老年の男には、もう先が無いのだから。

遠からず、この尊大な小男は破滅する。後は如何に自分まで火の粉が掛からないようにするかだ。何人かは身代わりが必要だろう。


会話を続けながらも、身代わりの候補を何人か頭の中で見繕う。


「対G機関に手を回せっ!儂の名前を出させるなっ!」


「さて、手を回すとはまたご無理を仰る。あの機関は民間の弁護士や司法機関、新鋭の若手議員の有志、マスコミまで噛んだ機関でございます。

難しゅうございますな」


「貴様っ!誰に物を言っておると思っとるんだっ!対G機関が難しければ、汚れ仕事の傭兵でも雇って

奴らを消してしまえば良かろうがっ!」


「それこそご無理と申し上げます。対グロリアスGメンと腕利きの傭兵達に護送されている犯人達を襲撃するなど、ゴブリン並みの頭脳しかなくても不可能なのは分かります」


遠回しに、主人をゴブリン以下と揶揄しながら、のらりくらりと言い逃れる壮年の男。


次は誰の傘下に付くかを考え、それに見合った土産も考える。


この夜、このような光景が幾つも街で繰り広げられていたのである。


汚職政治家を縦糸とし、悪徳企業を横糸として織られた醜悪な柄の布が街に広がりつつあった。

森の魔物より怖い、人間と言う名の妖怪達が織りなす、犠牲者の血と怨嗟の声で染めた悪巧みイントリーグと言う名の布が。


そして今、その布に小さなほころびが出来たのである。






ルナティックパーティの面々及び客分(の割にコキ使われた)の光作らが、エイヴォンリーの事務所に到着したのは陽も落ちてからの事だった。


あらかじめアーネスはクラインバッハさんに連絡を入れ、近隣のホテルを予約して貰い、光作には取り敢えずそこに泊まって貰う事にしている。


PMSC協会には、光作のデッキバンで撮っていたドライブレコーダーの映像と共に詳細を報告はしているが、事が事だけに、直接対G機関との会議で報告して欲しいとの要請が有った。


取り急ぎ会議は明日行われる事になっているが、時間を拘束されるので、これは対G機関からの指名案件の形が取られた。


当然アーネスに否やは無い。


退勤時間を過ぎても残って皆を迎えてくれたクラインバッハさんに礼を言い、パーティメンバーはやっと装備を解いた。


今回の戦利品で、協会に納入する魔石やスキルマテリアル、または他に売却が決まっている物等は、クラインバッハさんが管理しているので纏めて渡し、ゲロカストレーラーの売却も頼んでおく。


「それじゃ皆んな、今回もお疲れ様。3日ほど休みにするから充分疲れをとってね。

今回はちょっと稼げたから給料とは別に成果報酬インセンティブ入れとくから期待しといて。

クラインバッハさん、いつも通り定率計算で宜しくね」


「畏まりました。弾薬についてはダズワイス先生と相談致しましてまた補充しておきますね」


「お願いね。それじゃ皆んなお疲れ〜」


アーネスの号令で皆解散となり、それぞれの帰途についた。


「お爺ちゃん、取り敢えずペットOKのホテル予約してあるから送ってくわ。ホテルで何か必要な物が有ったらフロントに頼んでね、支払いは会社持ちだから安心して。

それから明日の朝10時には迎えに行くからそのつもりでいて頂戴。

午前中までにお爺ちゃんの新人登録してスマホ買いに行くから。

私と功は昼過ぎには協会本部に行かないといけないから、その間は申し訳ないけど事務所で待っててくれる?街はまあ、安全だから観光しててもいいけど」


寒い湖水の上をゆっくりとゴムボートを走らせ、立板に水の如く喋り倒すアーネスに、タジタジとなりながらも光作は頷いた。


「アーちゃん、何もかも悪いな、面倒掛けてしまって」


「何言ってんのよ、それは言わない約束でしょお爺ちゃん」


等と、往年のコントのような会話をしながら、ホテルに到着すると、アーネスはさっさとチェックインを済ませた。


帰る前にホテルのダイニングで夕食を摂る事になった。

ホテルのダイニングと言っても、シティホテルなので、そんなに値が張る事も無い。

コースでもなく、各自アラカルトで頼む。


「じゃ、お爺ちゃん、はお茶飲んだら帰るからまた明日ね」


食後のお茶を飲みながら、アーネスが切り出した。

どうやら功は持ち帰りらしい。


「え?俺もホテルじゃないのか?」


「何でアンタの分のホテル代も出さないといけないのよ?うちに来ればただじゃない」


逆にアーネスの方が意外そうだ。


「功、俺もちょっとこの世界の事で調べ物をしたい。

それにここの所賑やかで、少し一人になって頭を冷やしたいしな」


確かに、今まで山奥でずっと一人暮らしをして来た光作だ。いきなり環境が激変し、相当な気疲れもあるだろう。

一人になりたい気持ちは功にも良く分かった。


「アーちゃん、フロントに言えば、ネットを閲覧出来る端末なんかは借りられるかな?」


そう言えば船に居た間、光作は空いた時間はずっと船のPCで色々と調べ物をしていた。

その続きがしたいのだろう。


「勿論、タブレットでよければ借りられるわよ。フロントに言っとくわね」


「ありがとう。功、ホテルの人に頼んで来てくれ」


先にお茶を飲み終えていた功をギャルソンに頼みに行かせ、光作はアーネスに向き直った。


「アーちゃん、功の事、宜しく頼むな。

少しは復活したみたいだが、まだ本調子には遠いだろう。

この世界の厳しさを良く知ってるアーちゃんの方が功も頼れると思う」


「うん、私で良ければ何だってするから。でも、最終的には功次第なんだけどね」


アーネスも父の時代から、この壁が越えられなくてこの仕事から離れた人達を見て来た。

サポートする事は出来るが、最後は本人次第なのだ。


「ありがとうアーちゃん。どうなるにせよ、功についててやってくれるか?」


アーネスは真面目な顔で頷いた。


「それは任せて。それだけは約束出来るから」


「頼むな」


「うん」


元々あまり口数の多い方では無かった功は、ここの所益々無口になっていた。

昨日くらいから食欲は少し戻って来たようだが、気がつくと表情を曇らせて床を見つめている時がある。


「爺ちゃん、頼んで来た。後で部屋に届けてくれるってさ」


「ああ、ありがとう。それじゃ、年寄りは先に休ませて貰うよ」


「何よ、年寄り臭い事言わないでお爺ちゃん。これからも元気で頑張って貰わないといけないんだから」


アーネスも随分と光作に懐いたものである。既に肉親感覚だ。

元から天然の人誑ひとたらしで、尚且つ人懐っこくはあったアーネスだが、ここまで光作に懐いたのは、天涯孤独な身の上も関係しているのかもしれない。


アーネスの中で家族の暖かさに飢えているのだろう。






寒い湖上をまた走り、アパートに帰り着いた二人は、功はともかくアーネスまでが随分と久し振りな気がした。


「一週間も経ってないのに、何だかとっても懐かしい我が家な気がするわ」


ドアを開け先に功を入れたアーネスは、ドアの郵便受けをゴソゴソとやっている。


「あーら、男に逃げられたお隣さんじゃな〜い」


振り向くと、隣人のエルフが勝ち誇ったような顔をして立っていた。


「男を追いかけて夜逃げしたのかと思ってたわ〜」


アーネスは答えない。

そのままニッコリと笑っているだけだ。

何しろ今、アーネスは満たされているし、100%の勝ちが保証されている。


「アーネス、早く入って来いよ。寒いだろ?」


功が出て来てアーネスの腰に手を回して部屋に引き入れる。


「おやすみ、お隣さん」


パタンと閉まるドアの向こうで奇声が聞こえた。



______________________________________________

今明かされるアーネスのフルネーム


アーネスティンはリンゴちゃんの発音!

ではなく父、エルネストの女性名版で別発音

欧米では良く有る命名の仕方

実はヒロインよりも親父の名前の方が先に決まってた

敬愛する、エルネスト・ゲバラからとりました


ちなみに、エルネストとかアーネストは『正直者』や『信頼できる者』『本気野郎』という意味


エルネスティンや、エルネスティーナでも良かったけど、何となく男性名に聞こえたり、長ったらしいような気がしたので、こっちにした

本当の短縮形はアーネスではなく、アーンやアーニーだが、なんとな〜〜〜くこっちにした


余談ではあるが

ウィリアムは『頭のいい奴』って意味があるよ

他にも、何々ソン(ハリソンとかウィルキンソンとか)は何々の息子って意味(ハリーの息子、ウィルキンスの息子)

マクもそうね、マクドナルドだと、ドナルドの息子って意味になる

何とかスキーとか、何とかヴィチも同じやね

今は形骸化してるけどね


キリスト教国やと、聖人や天使の名前が多いよね

マイケル、ミッチェル、ミシェル、ミケーレ、ミハイルなんかは、大天使ミカエルが語源


日本でも、伊藤さんは『紀伊の国出身の藤原家の人間』て意味があるね


名前っておもろいね、その土地の文化の一つやね


ちなみに

獣人はペルシャ系かエスパニョール系の名前

エルフはゲルマン系の名前

ヒューマンはごちゃ混ぜで主にアングロサクソン系

ドワーフはオリジナル系(今んとこ1人しか居らへんけど!)

小人は例外も有るが北欧系とかスラブ系

巨人はざっくりなんちゃってイタリア系


で、なんとなーーーーく

ゆるーく命名しております

勿論この法則から外れた者もおりますので、ツッコミは無しで

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