第97話ルナティックパーティ

「改めて紹介するわね。この船、アビスパスファインダーの守護妖精のシャナよ。

妖精と契約してる船は、火器以外の基本性能が上がるの。

耐久性、防御性、速度とかね。それ以外にも色々と恩恵が有るけど、特にシャナは力の有る妖精だからシャナより弱い魔物は襲って来ないから。

エイヴォンリー湖では、中心に行かない限り安全よ。

シャナの生活範囲以外は船から離れられないから、会えるのは船の上だけだけどね。

お父さんの頃から契約してくれてて、私のお姉さんみたいな存在なの」


「シャナだ。姉とは恐縮だが、アーネス様の船、アビスパスファインダーを預からせて貰っている。

新参の者が居るようだが、アーネス様の役に立たなければ容赦なく湖に投げ込むからそのつもりでいろ」


ピシリ、と乗馬鞭。


功と光作は固まったままだ。

何だか気のせいかもしれないが、妖精のイメージとはかけ離れている気がする。

なんかもっとこう、儚げでキュートな感じを思い浮かべていたのだが・・・


「どうしたっ!新兵っ!返事も出来んかっ!」


「いちいち怖いんだよ、シャナよぉ」


見かねたドクが助け舟を出すが、シャナはどこ吹く風である。

サラディも、フィーもガイストも通った道だ。

もっとも、変態二人は気にも留めていなかったようだが。


その後もシャナの教育的指導は続いたが、アビスパスファインダーの巡航自体は恙無つつがなく、このまま行けば2日を置いてエイヴォンリーの事務所に到着するだろう。


その間、功と光作は甲板の掃除や、船底格納庫の掃除などをシャナに命じられ、恐れ慄き必死に働いた。


アーネスは敢えてシャナを放置していた。

功には忙しく働いて貰い、少しでも嫌な事から気分を変えて貰いたいと思ったからである。

いずれ功自身がが解決してくれると信じているが、それには時間という薬が必要だ。


船は大きく、共用部などはサラディが率先して掃除してくれていたが、サラディだけに任せる訳にはいかない。

アーネスのハリセンに追い立てられたフィーが、嫌々トイレ掃除をしていたが、アーネス自身も積極的にブリッジをモップがけしているので、文句も言えない。


意外な事にガイストは厨房担当だった。

エルフ料理なのか、出汁フォンの効いた上品な薄味の繊細な料理を作るのである。

和食で言えば京風な感じだ。

神経質な彼の事なので、厨房は常にピカピカなのである。そこは変態とは関係ないのだろう。


フィーも料理は得意なようなので、エルフというのは、手先が器用で芸術性が高いのかもしれない。


ドクは機関室と兵器庫担当だ。

ある意味ドクの聖域なので、入るにはドクの許可が必要である。

整備を手伝うのもシャナに命じられたので、功はドクの助手も務めた。


船には個室は無く、三段積みの寝床ボンクが二つ並んだシャワー付きの部屋が二つ有るので、男女で分けて使用している。

もっとも、ドクは機関室から滅多に出て来ないで、そこで寝泊りしているのだが。


ちなみに事務所はクラインバッハさんが毎日掃除している。





「あ〜、やっぱり船はいいわね〜」


ブリッジのキャプテンシートに埋もれるようにして座るアーネスはご機嫌だ。


功はガイストの隣のガンナー席に座り、ガイストから操作方法を教わっている。


外は猛吹雪で波は高く、視界は利かない。

湖面が所々凍結し、頻繁に大きな氷が流れてきたりしているが、アビスパスファインダーは不思議と大揺れする事も無く、また、氷にぶつかる事も無い。


「凄いもんだな、これがシャナさんの不思議な力なんだな」


キャプテンシートの後ろにある、ゲストシートに座った光作が呟いた。

一昔前にオーストラリアでカジキ釣りに乗ったクルーザーとは大きく違う。


「凄いでしょ?私のお父さんからこの船引き継いだ時に、心配して付いてきてくれたの。お父さんが死んだ時点で契約も切れたのに、新しく契約してくれてね」


アーネスは嬉しそうに語る。

そのシャナはアーネスの一歩引いた隣で手を後ろ手に組み、直立不動で前を見ていた。


妖精と契約するには、契約する妖精が望むものを与えなければならない。

その内容は様々だが、シャナがアーネスに要求したのは、この船の霊的存在である。


つまり船籍はエイヴォンリーで、物的所有はルナティックパーティであるが、霊的な所有権はシャナに有るのだ。

この辺はややこしいのだが、エイヴォンリーの交通局にも、そう記載されている。


また、妖精が契約者の子孫と新たに契約を結ぶのは珍しい事では無い。

ただ、多くの場合あまり続かないのが通例だ。


大体が『やっぱり前の契約者と何か違う』と言って、妖精の方が勝手に契約を切って離れて行くのが殆どで、アーネス達のように上手く行っている例は珍しい。


契約しているからと言って、主従関係では無い。あくまで対等なパートナーなので、妖精の方から契約破棄もあり得るのだ。


アーネスの場合は、子供の頃からアビスパスファインダーが遊び場であり、シャナとは気心が知れていた。

また、父エルネストはシャナ(と、その夫の妖精竜)に、大きな貸しが有り、それをシャナは非常に恩義に感じているのである。


あの頃は、旗艦アビスパスファインダーを筆頭に大小十数隻の戦闘艦を率いる大傭兵軍団であった。


それを考えると少し寂しいが、アーネスは現状で充分満足している。


アーネスが父の跡を継ぐ決心をした時、最初はドク一人だったのだ。

それからすぐ、とあるパーティから解雇され、露頭に迷っていたサラディを拾い、協調性が無いお陰で、どこのパーティにも所属しないで代役スタンドインのような事をしていた変態二人を引き取った。


最初は純然たる数合わせだった。

お互いがお互いの事を知ろうともしなかった。

だから上手く行く訳が無い。


その内、アビスパスファインダーが老朽化で動かなくなり、益々悪循環が加速した。


父の元部下達も、何とか助けようと仕事をくれていたが、それすらまともにこなせない事が続いたのである。


父の預金も施設の運営で殆ど食い潰し、スポットの派遣メディックとしての報酬と、ドクの大学講師の収入、錬金関係の仕事などで何とか糊口を凌いでいた。


そんな時である。

ある半端仕事を請け負い、森に出かけて出会ったのだ。


功に。


僅か半日で功は味方の特性を読み取り、巧みな人使いで、通常駆け出しパーティではあり得ない戦果を挙げさせてくれた。


初めは単純に喜んでいたが、喜びも覚めて冷静になった時、自分が如何に独りよがりで、パーティの事を見ていなかったかに気付かされたのだ。


功は幻のようにすぐ消えてしまったが、アーネスには衝撃だった。


功の事を思い出し、まず仲間を観察した。

勿論兵種は分かっている。実力も何となくわかってもいた。

だが、どうすればそれが上手く機能するかが分からなかったのだ。

全てはすぐには上手く行かない。

信頼関係は無理して構築出来るものではないのだから。


だが、焦ったアーネスは致命的なミスを犯してしまった。

背伸びをして危険地帯に入ってしまい、そして失敗したのだ。


それでも仲間を逃す為に自分が囮になり、不甲斐ない自分の事を心の中で仲間と父に詫びた。

そして思い出す。


功の事を。


あの男なら何とかしてくれただろうか。


半ば生を諦めようとしたその時、功は嘘の様に目の前に現れた。

気を失いそうになるくらい安心感が湧いて来たが、同時に自分に対する怒りも湧いて来た。


どうにもならない嫉妬に似た気持ちを、子供みたいに八つ当たりで功にぶつけてしまった。

だが、大人な功は何だかんだと受け止めてくれ、あまつさえ危地を脱しさえしてくれた。


そして一番衝撃だったのが、この男は仲間の事だけではなく、自分の事もしっかりと見てくれていた事を知ったのだ。


それからのアーネスは、憑き物が落ちたように穏やかな気持ちになれた。


功は相変わらずアーネスを助けると、まるで役目が終わったかのように消えてしまった。


だが、アーネスは変な力が抜け、仲間とも自然に接する事が出来るようになった。


癖の強い連中だが、良く見てみると良い所も無くはない。

腕自体は上級職を幾つも持っている奴らなのだ。悪い訳が無い。


それらをプロデュースしていくのが自分の仕事だったのだと気付いた。

今までは自分が頑張らないとと、前のめりになっていたが、元より自分は戦士職では無いのである。


功のお陰で資金的にもかなり楽になり、気持ちの上でも、経済的にも少しだけ余裕が生まれた。

懸念のアビスパスファインダーの修理も出来たのは、泣けるくらい嬉しかったものである。


それからは少しづつだが、上手く行くようになって来た。肩の力も抜け、自分達に合った案件も安定してこなせるようになった。


三度みたび功が現れた時、実はとても嬉しかった。

普段滅多にしないお洒落をして街に繰り出しもした。

今まで気にした事もなかったバッグのやれ感が、この時は無性に残念で恥ずかしかったのも覚えている。


二食共外食するのは、今までの貧乏癖が邪魔をして出来なかったが、ランチにスイーツまで外で食べた。功の奢りだったが・・・


功をアパートの部屋に泊めるのはドキドキが止まらなかった。

この男は真面目な男なので、狼に変身する事は無いとは信じていたが、仮に変身したとしてもアーネスは抵抗しなかっただろう。


クリスマスの夜に功はまた消えてしまったが、椅子に残されたプレゼントを見て、一人泣きそうになった。

今まで狭いと感じていたアパートが、その時はとても寒く広く感じたものだ。


そして今回は、何と自分の方が功の世界に転移してしまった。

転移してすぐに功が死にそうになっているのを知ると、まるでこの世終わりのように感じた。

何があっても死なせてはならない。功が居ないは考えられない。


この時、初めてアーネスは自分が功に惚れている事に気付いたのだ。


だから、功の心が傷つき悲しんでいる今は、出来るだけ功の力になりたい。

そう思っている。


アーネスは十年制の義務教育を終えると、四年制の医学校メディカルスクールに進学していた。

幼い頃からメディカル系のスキルの適性が有るのは分かっていたので、それを生かして父の役に立ちたかったのだ(母アンナマリー・シャロネ=アッテンボローは、幼少の頃に病で亡くしている)。

必死に勉強して、年頃の女子として遊んだ事も無かった。


卒業と同時に父も亡くなってしまい、そこから苦難が始まり、更に余裕が無くなった。


だが今、アーネスの私生活とルナティックパーティは、両方ともとても上手く行っている。






それを苦々しく思っている人物が居たのである。

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