第96話Xana-シャナ-
帰りの道中は何事も無く、いや、あるにはあったが、大した事も無くアビスパスファインダーまで辿り着いた。
多少の魔物が出たが、光作が嬉々として魔改造デッキバンの搭載武装と、新装備で屠り散らかしているのだ。
ユニグランは前歯が1本の角のように前に突き出るように変化したオオトカゲだ。体長は1m程で、硬くはないが、爬虫類のくせに雪の中でも動きが早く、攻撃力も高い厄介な奴である。
地面の下に潜り込み、角で地上を突いてきたり、突然飛び上がってミサイルのように突っ込んで来る攻撃をしてくる。
持ちスキルはお馴染みのペネトレートだ。
光作は先行しながら搭載兵器のフラッシュクレセントファランクスで切り刻んだ。
この兵器は、魔石燃料をマナアクチュエーターでエネルギーに変換し、曲線を描いて飛ぶ複数の三日月型エネルギーカッターをシャワーのようにばら撒くえげつない武器である。
人工雪を降らせる降雪機をイメージして貰えると分かり易いだろう。
射程も長くはなく、効率も良くは無いが、弾幕、若しくは範囲攻撃としてはピカイチの攻撃力を誇る。
ユニグラン一匹に対しては、明らかにオーバーキルで、周囲の木ごとほぼミンチとなった死体からスキルマテリアルと魔石を探すのは骨であった。
使い所の難しい兵器だ。
ゲロカストレーラーの屋根に付いていたのを移植したのである。
ニンジャリンクスは、短い間だが空気を足場に
非常に速く、しかもトリッキーな動きをするのだが、ミエリッキのスキルを持つベテランハンターの光作の前ではただの的でしかなかったようだ。
持ちスキルは
飛び回る前に先に見つけ、車の運転はオートマニューバに切り替え、調整を済ませた新装備の銃で撃ち落としてしまうのである。
ちなみにこの銃はフィーと同じ
光作はユニグランのペネトレートは吸収できたが、エアウォークは無理だった。
元々このスキルは身体強化系と範囲攻撃が得意な獣人系統のスキルなので、吸収はヒューマン種にはほぼ無理らしい。
サラディは既に取得済みで、功にも吸収出来なかった。
代わりにサブとヒコが覚え、魔狼化が進んだようだ。
アーネスはゲロカス共から押収したスマホを光作に名義変更しようと考えたが、型が余りにも古いので、エイヴォンリーに到着してから最新のスマホを購入する事にした。
スマホは勿論簡単に持ち主の変更は出来ない。
ある程度の社会的信用と、ターミナルとなっている『ミラーナ』の基地局にアクセスする権限も必要だ。
アーネスはその両方を持っている事になる。これは零細パーティのリーダーとしては、異例の事であった。
彼女の信用もさる事ながら、アーネスの父、エルネストの信用と影響力がいまだに大きい事の現れでもある。
そのアーネスは何故か輸送車ではなく、デッキバンの助手席に乗っていた。
サブとヒコはオープンデッキに移り、走行中に飛び降りて自由に走ったり、疲れたら飛び乗ってと、ワイルドに楽しんでいるようだ。
功はといえば、フィーが寒がったので、代りに輸送車のサラディの隣に乗り、ガンナーを務めている。
自ら名乗り出て銃座に着くのは、相当な勇気と覚悟が要る筈だ。
ここに座るのは、命を奪うのと同義なのだから。
幸か不幸か、アビスパスファインダーまでは全て光作が試し撃ちを兼ねて処理していったので、功の出番は無かった。
内心ホッとする功だったが、実はアーネスが功に銃を撃たさない為に光作の隣に乗り、敢えて光作に獲物を処理して貰ったのである。
エイヴォンリー湖東岸沖に停泊しているアビスパスファインダーを呼び寄せる為に、ドクがスマホを取った。
「こちらドク、アビスパスファインダー、魔力波チェックを実施せよ」
『こちらアビスパスファインダーマナAI、魔力波を照合します・・・チェックOK、おかえりなさい、ドク』
「おう、もうすぐ
『了解。Aポイントでランデブー。こちらの到着予定時刻は1520です』
「おう」
その時、別の声が回線に割り込んで来た。
『ドク、首尾はどうだ。アーネス様が行方不明から無事帰って来られた。までしか報告は受けていないぞ』
硬い女性の声だ。何処か人間離れしている音律を持っている。
深い水の底から湧き上がって来る、清らかな泉の水を連想させるような、綺麗な声だ。
綺麗で、そしてとても冷たい。
どちらかと言えば、近寄り難いような清冽な声だ。
しかも口調はまるで軍人のようで、ドクを難詰する喋り方はとても恐ろしい。
功の聞いた事がない声である。
「ん?他に仲間が居たのか?」
輸送車内から漏れ聞こえて来る話し声に、功が思わずサラディに問うた。
「クーン、ウォフ?」
サラディは喋れない訳では無い。だが、とある事件がきっかけで、失語症を患っているのである。
それについてはまた、今後語る事も有るかもしれない。
サラディの応えは功の耳には、
「あれ、言ってなかった?」
に、聞こえた。
「聞いて無いかも」
「フーウ、ウォン」
「そうだな、行ってみればすぐ分かるよな」
「フォン」
そうこうする内に、ルナティックパーティはランデブーポイントに到着した。
「貴様が木下功かっ!」
乗船しようとタラップを登った功は、デッキで軍服を隙なく纏い、軍帽まで被った大人金髪美女の洗礼を受けた。
いや、正確な年齢は分からない。だが、軍服の上からでも分かる程グラマラスで、妖艶と表現するのがぴったりな立ち姿だ。
光輝く金髪を軍帽の中にたくし入れ、胸には星の数程の勲章を下げている。
そして髪の毛含め、その全てが本当に光っているのである。
功を見据える眼は瞳が無く、眼球全てが美しい水色だ。
よく見ると、その眼の中には水の流れのようなうねりが有る。
そして、光っていながらにして、その女性は半透明なのだ。
功とその後の光作も固まっている。
初めて見る存在だ。
「どうしたっ!返事をせんかっ!」
美女軍人は手の中の乗馬鞭を、ピシリと功の肩に打ちつけた。
大して力も篭っていない筈の、攻撃とも言えないような軽い
無意識に腰のホーネットに手が伸びる。
その手に、また目にも止まらないスピードでピシリ。
「貴様っ!上官に向かって武器に手を掛けるかっ!」
またもや功の手に衝撃が走る。
どうやら見た目通りの武器では無い上に、この半透明の人物も尋常ならざる存在のようだ。
その時、母船に組立式の艀を掛ける作業を指示していたアーアーネスが帰って来た。
「またやってるの?シャナ。ダメよ、功とお爺ちゃん固まってるじゃない。
功、お爺ちゃん、この妖精はエイヴォンリー湖の水妖精の一人でシャナっていうの。
うちのお父さんの頃からアビスパスファインダーと契約してて、この船の守護妖精をしてくれてるのよ。
普段は湖底で妖精竜の旦那さんと暮らしてるんだけど、仕事の時は手伝ってくれてるの」
どうやら古株のパートタイムの妖精主婦らしい。
功と光作には理解不能である。
「また後で時間が有ったら詳しく説明するから、乗って乗って!」
「しかしアーネス様っ!不用意に知らぬ人間を乗せるなどと、私が天上のお父上に叱られます」
「そこは大丈夫よ、シャナ。心配してくれるのは有り難いけど、仲間なのはもう伝えてあるでしょ?私も何度か助けて貰ったし、稼ぎにも貢献してくれてるのよ。
大体
「しかしっ!」
「シャナ、寒いのよ、中に入れて」
アーネスにしては珍しく大人しく出ている。いつもならハリセンの一撃が有ってもおかしくない場面だ。
声色も、まるで姉に話し掛けているように優しく、そして気兼ねしていない。
アーネスにとっては、本当に家族なのだろう。
厳格美人人妻パートタイム軍人ボンキュッボン妖精という属性過多なシャナは、渋々という様子で身体をずらして道を開けた。
そのずらし方も、足を動かしていない。
この世の者ではないのだろう。
アーネス流に言うなら、こっち寄りのあっちな存在なのだ。
「ほら、何してんの、寒いんだから、入って入って」
固まったままの功と光作の背中を押し、ブリッジに押し込むアーネス。
この世界はまだまだ、分からない事だらけだ。
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