第95話イドの怪物

自分の車の姿に呆然としていた光作だが、しばらくすると再起動した。


「ドクさん、ありがとう。何と言うか、これは、その、強そうだ・・・」


光作なりにこの世界の厳しさを感じていたのだろう。内心は分からないが、なんとか理性的に礼を言う光作にドクも満足気だ。


実は内心心踊っているのはここだけの話だ。


「こいつぁ、中々のもんだぜ。

元々の設計思想もいいからよ、それを損なわねぇように留意したぜぇ。ゲロカス共の装甲戦闘車両コルベット程のスピードは無ぇが、手持ちのパーツと三台分の鹵獲品だけでもスペックはかなり上だ。エイヴォンリーに戻ったら、もうちょっとちゃんと重量バランスも仕上げてやるから、今は急旋回には注意してくれよ」


新たに生まれ変わった魔改造デッキバンは、一言で言えば『戦車』だ。


全地形対応の足回りと外部装甲、フロントウィンドウには耐爆シャッター、強化フレーム、防弾タイヤ、強化ロールバー、バンパーは外され対魔物突撃用のカウキャッチャーと強力ウィンチが取り付けられている。

追加武装として、屋根の上にはマナエネルギー兵器のフラッシュクレセントファランクス2門、脱出ハッチも完備で安全性も確保。

後部ドアは窓が外され、40mm無反動砲が左右に計4門、自律鳥型偵察用ドローン、及び射出器一機をデッキに装備。

滑空砲の機関部、砲弾弾倉、大型マナアクチュエーターで後部座席は殆ど埋まり、人が乗れるのは前席のみとなった。


エンジンはゴッソリ魔石エンジンに取り替えられ、スピードは出ないがパワーはある。

ドク謹製火器管制システムFCSは、光作のレイバンのサングラスに数々の情報を送り、視線コントロールも可能。

マナAIによる自動制御オートマニューバモードにも出来、ガンナーとして集中出来る。


表面上は落ち着いている光作を、功は腑抜けたように見ていた。

気力が落ちている分、功の認識力が低下しているのかもしれない。


だが、この精神状態では自分でも先行偵察は無理だと分かるくらいには冷静になれている。

自分でも、今の自分がもどかしい。

多分今はない。

それどころか、スキルが使えるかどうかすら怪しい。


考えまいとしても思い出す、顎から刺し入れた鎧通しの感触。

躊躇なく撃ち込めたジャベリン。

目の前で血飛沫を上げる人間達。

功は、無意識に急所を狙えていた。


人を殺した嫌悪感も、勿論有る。

しかしそれよりも恐ろしかったのは、幾ら悪党相手といえど、自分が簡単に人を殺せてしまう人間だと知った事の方が怖かった。


その事に堪らなく嫌悪を感じるのだ。

自分が化け物になってしまったような錯覚すら感じてしまうのである。

鏡を覗くと、醜悪なブリッコーネの顔が見つめ返してくるような恐怖。

自分の心に潜む潜在意識の中イドの怪物。

鼻の奥にこびり付く血の匂い。


何より、また同じ様な状況になれば、自分は躊躇なく殺してしまえる予感が有るのが怖い。

今まで平和な日本に住んでいたのに、何故こんな事が出来るような人間になってしまったのか。

それとも自分は元からこういう人間だったのかもしれない。

そう考えるのも怖い。


手が震える。

このまま、銃に弾を入れないでおこうか。そうすればもう殺さなくて済む。


いや、殺さなければこちらが殺されていたのだ。仲間までやられていた可能性もある。

アーネスが奴らの慰み者になっても、まだ自分はそんな事が言えるだろうか。


断じてあってはならない。

狩野の哀れな姿を思い出す。

あんな犠牲者はこれ以上増やしてはならない。


だが!何故手の震えが止まらないのかっ!


心の浮き沈みが止まらない。情緒不安定とはまさにこの状態の事だ。


「君は何故そんなにうじうじと気に病んでいるのだ」


そんな功に、珍しくガイストが声を掛けた。

この変態にしては、本当に珍しく、心底不思議そうな顔をしている。


「殺すのが嫌なら死ねばいい。死ぬのが嫌なら殺すしかない。単純な事ではないか。

僕が死んだら姉が辱められて殺されるかもしれない。それは許されない。姉にそれは似合わないからな。

だから僕は殺す。

君は自分は手を汚さずに人類皆平和を唱える程ボケた人間か?

まぁ、僕は手を汚したとすら考えてはいないがね。

駆除対象を駆除した。ただ、それだけだ。

簡単な事だ。出来なければ死ぬだけだろう?

神ならぬ身で、理想イデアに近づく為には代償が必要なのは自明の理だ。

それとも、血を流さずにあのような連中を大人しく更生させるすべを君は持っているのか?

無いだろう?

要するに君は、ただ甘えているだけだ。

子供が欲しい玩具をねだるように、手に入らなければ拗ねるように。

まったく恥ずかしい奴だよ、君は。おしめも取れていないとはな。

いつまでも、そうしておしゃぶりでも咥えていればいい。その内奴らが殺しに来てくれるさ」


ガイストはそう言い捨てると、さっさと去って行く。

それをニコニコと聞いていたフィーも、もう一度ニッコリ笑って付け加えた。


「なんだか、貴方の内臓には興味が無くなったわ。少なくとも、あの連中の方が自分のやった事の意味は分かってるみたいだしね〜💕」


自分の内臓に興味を無くしてくれたのは心底嬉しい。

仲間として発破をかけてくれたのも嬉しい。この二人は気にもしてない奴には声もかけないだろうから。

だが、彼らは自分に声をかけてくれた。叱咤激励してくれた。

彼らなりにだが。


そうだ、自分は甘えているのだろう。

それは分かっていたはずだ。


「功よ、お前さん悩み過ぎだぁ。単純に考えろよ。お前さんのお陰で俺らも、トレーラーの奴らも助かった。それだけじゃお前さんの心は慰めらんねぇかい?俺らの命じゃ足んねぇか?」


「ク〜ン・・・」


いつの間にかドクとサラディも居た。皆んな自分を心配してくれている。


嫌悪感はまだ根強く残っている。しかし、幾分かは心が軽くなったような気がする。


「そんな訳無いだろ?皆んなが生きてるのが一番いいに決まってる。

けど、心の整理がつくのに時間が掛かるだけだ。皆んなと違って俺はまだまだお子様らしいからな」


弱々しく笑って見せる功の頭をドクはクシャクシャにかき回し、サラディはポンと肩に手を置いて去って行く。

皆んな気を使ってくれている。


嬉しいし、情けない。


気を遣い、去って行く仲間の背中を見送ると、功は震える手で銃に弾を込め始める。


その様子をアーネスはじっと見ていた。






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いきなり人を殺して凹んだり、恐怖を感じるのは当たり前やと思う

感じなかったらサイコパスやと思う


明日お前ウクライナ行ってロシア兵殺して来いや、って言われて出来るか?っちゅう話

異世界転移ってそれに非常に近いと思うんやけど


同級生が転移した途端、仮に悪党でも人間をスパンスパン殺してたら不気味さと恐怖しか感じないと思うねんけどな


俺には無理やわ〜


例え悪党相手でも嫌やわ〜

目の前で大事な人間が危ないってなったら話は別やけど、それでもやっぱりトラウマにはなると思う


皆さんはどない思いはります?

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