第94話帰還

トレーラーの中には全部で32人の人間が居た。

全員男性だ。

女性はゲロカス共の拠点の都市に留め置かれて、仕事をさせられているのだろう。


下っ端に回って来る役得は、せいぜい見目の良い少年を相手にする事くらいなのだろうか?

考えたくもない。


アーネスはドクに関係各所に連絡を入れさせ、元奴隷達の受け入れ態勢を整えさせた。

トレーラーの中には、研修に関わったもう一人の高校生が居たが、彼は死んだ眼をしており、アーネスの問い掛けに応える事は無かった。


皆そうだ。荷台の隅に固まって蹲り、心は壊れかけて虚な眼をしている。

栄養状態は悪く、助かったと言うのに反応が鈍い。


絶望の淵からまだ心が帰って来ていないのだ。


中には今にも死にそうな者も居る。

アーネスは急いでまず、全体魔法の優先救命トリアージを唱え、全体を把握した。


既に『手遅れ』も一名居た。

重篤な状態』は二名。

比較的安定』は十八名。

軽傷、軽症』は十一名。


健康な者は一人も居なかった。


アーネスは直ちに治療を開始し、命を取り留める為に全力を尽くす。

魔法治療だけをしていては、とても一人分の魔力では足りない。

外科的治療も駆使し、ポーションも限界量まで投与してとにかく命を繋ぐ。


「お嬢、近くのパーティが都市の緊急依頼で護衛に付いてくれるそうだ。ユリヤンセンとこの『デスペラード』と、ベアトリーチェの『ベルゼブブ』の2パーティだ。1時間でデスペラードが来るらしい」


「デスペラードには怪我人搬送してもらって!応急処置はしといたけど、この人数は私一人じゃ無理があるわ」


怪我人の裂傷をメディカルキットの針と糸で縫合しながら指示を出す。


「了解。伝えとく」


ドクが下がると、かわりにフィーがサラディと連れ立ってやって来た。

ガイストと光作は周辺警戒をして貰っている。


「アーネス〜、この人達は私の好きにしちゃっていいかしら〜♥️?」


二人は、功がペシャンコにした装甲車から生き残りを引き摺り出し、両手足を折り、更にスキルを使わせない為に昏倒させて連行していた。


連中は群れていないと臆病で、しかも生き汚いので、自殺する心配は無い。三人生き残っていたので、仮に尋問するにしても二人死んでも一人生き残っていれば問題無い。


だが、


「ダメよ、ゲロカスGメンに引き渡して尋問終わってからよ」


アーネスも博愛主義者では無い。

単純に生きて引き渡した方が報奨金が上がるからなのと、複数から個別に情報を引き出し、連中の目的地を探って他の犠牲者を救出する為である。


「え〜、せっかく新鮮な内臓なのに〜♥️アーネスったらいつも意地悪なんだからっ!だからお胸も成長しないのよ〜」


どうやら、フィーにはゲロカスが新鮮な内臓袋にしか見えてないらしい。


視線で射殺さんばかりにフィーを睨みつけるアーネスだが、今は時間が惜しい。

やらねばならない事は山積みだ。


「うるさいっ!これでも前より大きくなったのよっ!あんたのデカ○首よりもよっぽど美乳なのよっ!

大体今それどころじゃないのっ!あっち行きなさいって!しっしっ!」


だが、ある事ない事を大声で言い返し、トレーラーから追い出す。嘘は言わない女なので、実は本当なのかも知れないが。


ゲロカス=グロリアス紳士同盟に所属していれば、何者であろうと問答無用で『駆除』対象ではあるが、今回は奴隷を何処に連れて行こうとしたのかが気になる。


今まで、

何処かで強制労働させられている。

人体実験にされている。

人間狩りの獲物にされている。

などと噂は有ったが、数年前よりとある筋からのリークで、鉱山ダンジョンで強制労働させられていると言うのが有力な説となっていたのだ。


2年程前に、とある政治家にまつわる不祥事から発展し、情報の出所が曖昧ではあったが、マスコミがこれに飛びついた。


当初は視聴率が取れると思っただけらしいが、掘り進めて取材していくと、恐ろしい事柄が山のように出てきたのである。


別のとある大都市と、深い繋がりの有る政治家達のスキャンダルに発展し、慌てたエイヴォンリー議会が臨時で第三者特別評議会を設けずにはいられなかった程である。


日本と違い、エイヴォンリーでは市民投票で議員が罷免出来るので、民意に逆らうのは至難の業なのである。


幾人もの議員がスキャンダルを暴かれ、罷免、投獄に至り、第三者特別評議会は独立した対ゲロカス(と関係のある者含む)司法機関となった。


ただ、この機関には暴力装置実行部隊が無かった。そこまでの予算が無かったのであるが、勿論それでは困る。

なので、そこはPMSCに外注する事になったのは言うまでもない。


人命と犯罪に関わる事なので、こうした依頼は優先的にPMSC協会で受理され、場合によっては指名依頼という形を取って処理される事になる。


いまだにその鉱山の場所が分かっておらず、ゲロカス共も尻尾を掴ませていなかった。


故に当然今回のアーネスからの報告は最重要視され、通称『対Gグロリアス紳士同盟機関』から、専任捜査員ゲロカスGメンが派遣される事になった。


PMSC協会からもルナティックパーティに、Gメンが到着するまでの現場責任者として最善を尽くすよう指名依頼が出され、アーネスはこれを受けた。





魔力が枯渇するギリギリまで治療を続けたアーネスは、途中合流したPMSCパーティ『ならず者デスペラード』に、重傷者や手術が必要な怪我人を託し、遅れてやって来た別パーティの『蝿の王ベルゼブブ』に警護を任せ、やっと休息をとる事が出来た。

更にもう一の大型パーティ『神鬼鏢局シェンクヮイビョウジュ』が来てくれるそうなので、警護は万全であろう。


ちなみに、パーティ名に怖そうな名前が多いのは、強く威勢良く見せたい傭兵独特の偽悪趣味であり、特に意味は無い。

頭のおかしな奴らルナティックパーティも同じ理由の命名である。


全てブリッコーネ襲撃作戦に参加していた中流で顔見知りのパーティなので、気は抜けないが、安心は出来た。

特にバーレント=ユリヤンセン率いるデスペラードは、機動即応部隊ライトニングフォースの異名が有り、電撃戦のベテランでしかも足の速い乗り物を持っているので、怪我人の搬送はお手の物である。


ベアトリーチェ=ガイナックスのベルゼブブは女性が多いながらもゴリゴリの武闘派で、しかも魔法装備特化という金の掛かったパーティなのだが、ゲロカス共と浅からぬ因縁が有り、親の仇とまでに奴らを狙っているので有名だ。

大型車両を数台も所有しているので、保護した人達の搬送はこのパーティに任せる。


最後の張士明の神鬼鏢局はバランスの取れたパーティで、イケイケのチャラ男中心だが人数も多く安定しており、新興ながらも有力なパーティである。


神鬼鏢局の一部は、隠密でゲロカストレーラーの轍を辿り、何処から来たのかを追跡調査に出ていた。






功は結局休んでいるのも落ち着かず、ヒコを連れて森で哨戒していた。


たった数時間で10回以上も吐き戻し、ゲッソリとしているが、今は幾分か顔色も落ち着いている。


ベアトリーチェのベルゼブブがやって来た時に、幽鬼のようにフラフラと森を彷徨っていたら、ゲロカスに間違われて銃撃を受けた事は笑い話としておく。

ヒコとアーネスが野生化して激怒したが、銃撃された当の本人がこのなりでは仕方ないと諦めたので、渋々引き下がったのもご愛嬌だ。


今は、それぞれ後続パーティに業務を引き継ぎ、輸送車内に集まってようやく休憩しているところである。


「遅くなったわね。改めて皆んなご苦労様ね」


疲れているはずなのに、アーネスはテキパキと進めて行く。

せっかちなアーネスらしい。


まず、自分が突然消えてしまった事について説明し、で何があったかを語り、光作を紹介した。


「孫が皆さんにお世話になったようで、ありがとうございます」


折り目正しく挨拶する光作に、ドクやサラディは恐縮しきりだ。変態二人はあいも変わらず通常営業である。


「いや〜、こっちも功には助けられてるから、お互い様って事で、何しろ仲間なもんで」


「キューン」


「そう言って貰えると助かります。どうか、功を今後ともよろしくお願いします」


「いやいやこちらこそ」


などとやっている間、サブとヒコはサラディの周りをグルグルと回り、どうやら無害と認識したようだ。

あくまで無害であり、家族では無い。それは他の連中も一緒のようだ。


功はまだ隅で塞ぎ込んでいるが、これは仕方がないと、皆んなそっとしてくれている。


「取り敢えず私達のする事はもう無いから、Gメンが到着次第、ベルゼブブと神鬼鏢局に任せてエイヴォンリーに帰りましょ。ドク、戦利品は鹵獲しといてくれた?」


「おう、功が破壊した装甲車からも、使えるパーツや武器、奴らのスマホまで根こそぎ全部トレーラーに積み込んで有る。ガイストが運転してアビスパスファインダーまで運んで、それからははしけに乗せて曳航して持って帰るつもりだ。それからは売っ払うなり使うなりお嬢の好きにしな」


「トレーラーは売りましょ。搭載武器や装甲はお爺ちゃんの車の改造ドレスアップに充ててちょうだい」


光作のデッキバンはアーネスの中では魔改造確定らしい。


「おう、了解だ」


何やら自分の車に何かするようだが、光作も実は色々と圧倒されていて、何も言えないでいた。


エルフにドワーフに狼男、それに昼間見た同業者のベアトリーチェと名乗った金髪の女傑は、身の丈3m近い巨人種鬼人族の豪快な美女であったし、他にもトカゲ人間や牛人間なども見た。


それらが秩序良く集団行動している光景は、光作にとって青天の霹靂であった。


「いやはや、まさかこんな事になるとは・・・」


人生何が起こるか分からないものである。


その夜は、女性陣は輸送車内、野郎共はそれぞれ雪中野営で夜を過ごした。

ドクだけは何かゴソゴソと動いていたようだが、光作も、功も精神的な疲れでいつしか眠りについていた。


翌日早々に担当Gメン達が到着し、状況説明、検証、引き継ぎに捕虜引き渡しを終えたルナティックパーティは、やっとエイヴォンリーに帰還出来るのだが、そこで光作が見た物は、派手に魔改造された自分のデッキバンだったのは言うまでない。

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