第92話抜け殻
輸送車から降りて来たドクは、ドタドタと足音を響かせて功の所まで走り寄って来た。
「ガイストは周囲警戒!サラディとフィーは残敵確認!毛程でも抵抗するそぶり見せやがったら、元から軽い頭をもっと軽くしてやれ」
功は仰向けに倒れたまま動かない。
だが、その腹は上下しており、呼吸は安定している。
「「功っ!」」
光作とアーネスも走り寄って来た。サブとヒコも座席を乗り越えて車から飛び出して来る。
さっきの謎の弾丸は光作だった。
戦場に到着した途端、目に入ったのは孫が撃たれて倒れる姿だった。
デッキバンから転げ落ちるように飛び出し、ろくに考えもせずに撃ってしまったのだ。
「お嬢っ!何があった?」
ドクにしたら何が何だか分からないだろう。
あの温厚な功が、まるで人が変わったようにゲロカス共を
確かにこの奴隷護送車のチームは、個人の技倆も連携もお粗末だった。
本来の仕事も忘れて新しい獲物を追うのに夢中になるなど、統制も取れていない。
だが、奇襲で、しかもバックアタックとはいえ、鮮やか過ぎる手並だった。
ただこれは、明確な殺意があってこその僅かな判断の遅滞も無い手際だ。
ドクが知る功という男の気性は、こんな事は出来たとしてもやらない男の筈だったのだ。
「お嬢・・・」
「ごめん、ドク、後で話すわ」
追い付いたアーネスはドクに一言言うと、功のそばに蹲み込んだ。
光作もドクに軽く一礼して通り過ぎ、功の元へ急ぐ。
ただならぬ様子のアーネスに、ドクも黙らざるを得ない。
「功」
アーネスはそっと功の名を呼んだ。
功は答えない。聞いているのかも分からない。
アーネスはただ、黙って功の兜のストッパーを外し、素顔を露出させた。
「功」
もう一度名を呼ぶ。
功は眼を開いていたが、何も見ていない。
次の瞬間アーネスは功の胸倉を掴み、上体を無理矢理起こすと、強烈な右フックを左頬に叩き込んだ。
「えっ⁉︎おいっ!」
「お嬢っ!」
驚くドクと光作を置き去りに、アーネスは激しく功に怒鳴り散らした。
「アンタ正気なのっ⁉︎正気で傭兵なんかやっんのっ⁉︎正気保ってるなんて馬鹿じゃないのっ!
私達の仕事はいつだってこんなもんよっ!
生きるか死ぬかの問題の前じゃね、他の問題なんてただの些事っ!
それにアンタとアイツらどっちがいい人間よ?
どっちが生き残る価値がある?
アンタでしょ!
私はアイツらよりもアンタに生きてて欲しいわよっ!」
叫びながら、功の襟首を揺さぶる。
「狩野は残念だったっ!研修に関わったし、同じ世界の子供だったから情が湧くのも分かるっ!
私だって悲しいし、悔しいっ!
でもねっ!アンタはそれでもトレーラーに囚われてた残りの人達を助けたのっ!
アンタは殺したんじゃないっ!
助けたのよっ!
それがアンタのっ!私達の仕事なのっ!
もう一回言うわっ!
私はっ!アンタに生きてて欲しいのっ!」
功は未だに項垂れている。
そんな功に、今度はアーネスは優しく続けた。
「命が無残に散ってしまって、命を無残に散らしてしまって哀しい。
初めて会った時も、アンタはあの指名手配犯の死を悲しんでた。
アンタのそんな優しい所、私は好きよ。
こんな残酷な世界の中ででも、アンタにはいつまでもその気持ちを持っていて欲しいとさえ思ってる。
でもね、あいつらはそんな人間的な理屈が通用する生き物じゃないの。
見たでしょ功。狩野の姿。トレーラーの座席で死んでた男の子も。
犠牲者はあの子達だけじゃないのよ。
もっと大勢の人達が、自由も尊厳も、命まで奪われてるの。
お願いだから、アンタのその優しさを向ける相手を間違えないで」
少しづつ、功の眼に光が戻って来た。
「功・・・」
光作にしても、功にかける言葉が見つからない。
良くやったとも言えず、逆に気を落とすなとも言えなかった。
光作自身、今人の命を絶ったばかりである。
しかし、狩野と呼ばれる少年の遺体や、トレーラーの獣人少年の痛ましい遺体を見、短い時間ながらも覚悟は出来ていた。
それに、ミエリッキのスキルがこれをやった犯人は悪だと教えてくれている。
功に言うべき事は、全てアーネスが言ってくれたと思えた。
光作の知らない所で、いつの間にか2人の絆は深まっていたのだろう。
アーネスは功の頭を胸に掻き抱いた。
これ以上は功の気持ち次第だ。
自分は功に伝えたい事は残らず言った。
それで功がこの仕事を辞めると言うなら、それは仕方がない事だ。
「アーネス」
蚊の鳴くような、罅割れた声で功が囁いた。
「ありがとう。
今は俺の事はいい。俺はまだダメだけど、もうちょっと時間をくれたら、きっと、多分、立ち直れるから。
それより、トレーラーには奴隷にされてた人達が居るんだろ?
その人達を優先してくれ。お願いだ。
俺は・・・俺は、まだ生きてるからさ。
ありがとう、アーネス。
俺は大丈夫だ」
そう言ってノロノロと立ち上がる。顔は伏せており、声も昏いが、幾分かは生気が戻って来たようだ。
アーネスもこれ以上は逆効果と思い、素直に功に従った。
元より時間が惜しいのだ。
功が自分で大丈夫と言うのなら、大丈夫だと信じよう。自分と功の間には、それぐらいの信頼関係はあるはずだ。
そっと自分が殴った功の頬に手を添え、ファーストエイドの呪文を唱えて治療する。
「ありがとう。さあ、行ってくれ。悪いが俺は少し1人で休ませて欲しい」
「ええ、ちょっと時間かかるから、バイクしまって輸送車の中で休んでて。あったかくしてるのよ」
「ああ。爺ちゃんもごめん、手伝ってやってくれないか。皆んな、ここでの俺の命の恩人で、仲間なんだ」
「ああ、分かった。ヒコ、功に付いててやれ。サブ、行くぞ」
光作も、今は功を1人にした方が良いと判断し、それでもヒコを付けてアーネスに続いた。
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仕事が忙しくなり、今後不定期なります
ごめんなさいね🙇♂️
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