第91話鏖殺

バイクを起こす。

涙で滲む眼を固く瞑り、余計な水分と感傷を振り落とす。


グロリアス紳士同盟がどれだけ悪辣で非道でも、功にとっては今まで対岸の火事だった。


仲間を守るつもりではいても、何処か他人事だったのだ。


間違いだった。

死はすぐそこに有るし、理不尽は何処にでも転がっている。


明日、いや、次の瞬間に功自身にも死ぬ番が回って来るかもしれない。


ほら、こっちを狙っている銃口が有る。

あの木の影には功を引き裂いて飲み込もうとしている魔物が居る。

森の奥には何もかも滅茶苦茶にして嘲笑う理不尽がこちらを指差している。


だから、


《踏み潰すっ!》


そいつら全てを捻り潰す!


アクセルを開け、クラッチを操作し、ギアを繋ぐ。

怒りに任せて猛々しく雪を跳ね飛ばし、バイクを駆る。


赫怒かくどに視界が紅く染まる中、功は見つけた。


葉を落とし、雪を被った木立ちの向こうに、トレーラーの車体と思われる一部が見え隠れしている。

どうやら停車しているようだ。


音から察するに、護衛の小型装輪装甲車三台はドク達を襲いに行っているのか、周りには居ない。

変わりに、大分遠い場所から銃声が響いている。

急がなければ。


功はスピードを落とし、雪煙と気持ちを鎮める。

このままではまた大きな失敗をする。腹は熱く煮え滾っていても、頭はクールにしておかなければ。


ドクの調整した魔石エンジンはハイブリッド並にエンジン音が静かだ。


減速したまま左手で背中のケルベロスを抜く。

スピンコックしてOOOトリプルオーバックの初弾を薬室チャンバーに装填。サボットスラグのハンマーも上げておく。


功は少し考え、敢えて音を立ててトレーラーに追い着いた。

ケルベロスは誤作動は怖いが、取り敢えず背中にしまっておく。


「おーい」


何も知らない振りをして手を振り近づく功に、トレーラーの運転席の窓が開く。


「何だ手前ぇ、見ねぇ面だな。てかよっ!面ぁ、兜で見えねぇけどなっ!」


痩せて顔の青白い、まるで薬物依存症のような男は、何が面白いのか左手でドアをバンバンと叩き、狂ったように笑い出した。


「よお、ちょっと向こうで落し物があってな、このトレーラーのモンかなって」


「あぁ?落としモンだぁ?」


運転手の向こうから、今度は首元までタトゥーを入れた、凶相の筋肉が顔を覗かせる。


そいつは功を見ると一瞬緊張したが、何故か素直に話出した。


「あぁ、さっきまでお楽しみ相手にしてたガキがくたばったから捨てたけどそれの事か?

三、四人は役得で暗黙だろうがよ。手前ぇ、隊長にわざわざチクんじゃねぇぞ」


何かおかしい。功は仲間だと思われているようだ。

おそらく、この悪者鎧のせいで勝手に勘違いされたのだ。


功は「何も知らないカモがネギを背負って近寄って来た」を、狙っていた。

最初から奇襲を仕掛けても良かったが、少しでも情報が欲しかったのだ。

それが何故か仲間と思われたとは遺憾極まる。


「で、手前ぇ、何の用件だ。通話傍受されねぇように『直伝』でも伝えに来たんだろ?」


『ちょくでん』が何かは分からないが、こいつらの隠語か何かだろうか。おそらく伝令屋メッセンジャーか何かと間違われたのだろう。

ご丁寧に状況まで勝手に分析して貰えたが、功にはこれ以上猿芝居を続けられる自信が無い。


殺したのがこいつらだと分かっただけでも目的は達せられた。


「行く先の変更だってよ」


それでも何気無さを装い、車内の音に耳澄ませる。


3人、いや、4人。前席にこいつら。後席に2人の息遣いが聞こえる。


「はあっ⁉︎行き先の変更だぁっ⁉︎」


「あぁ、あの世に行けってさ。ほら、これだ」


「ああ?なんだって?」


功は腰から何かを取り出して見せようとするかのように鎧通しを抜いた。

運転席の男のは、何かの聞き間違いかと思い、頭を外に出す。

功はそこに顎から鎧通しを刺し入れる。


《思ったより簡単なんだな。魔物の方が硬い》


ほぼ、何の抵抗も無く吸い込まれるように入って行く鎧通し。

だが同時に、功の心深くの何処かが罅割れたのが分かった。


男は声も無く絶命したが、顎を鎧通しで支えられており、話し掛けた言葉も小声で言ったのでタトゥー筋肉には何が起こったか分からない。


ポトリと、功の目の前で凝縮した魔石が落ち、掌に収まる。


《ちっぽけな魔石だな。ヴィリヤッコと変わんないな》


敢えて相手を貶め、後ろに放って捨てる。

そうでもして悪ぶらないと心が割れそうだ。


「おい、これ見てくれよ」


功はトレーラーの牽引車のステップに足を掛け、窓枠を掴んで身体を引き上げた。


「何だぁ?」


タトゥー筋肉も身を乗り出した。


功は両手が塞っている。

だが、


《ジャベリン》


コロンと魔石が転がるが、もはや関心は無い。


ドアを開けて纏めて2人を引き摺り出す。2人のものでは無い、濃密な血の匂いがする。


「おいおい、何だよ、人がお楽しみの最中だってのによっ!寒みぃじゃねぇかよっ!ドア閉めねぇかっ!」


後席から裸の脂ぎった中年のおっさんが、両手を血塗れにして顔を覗かせる。


サク


こめかみから脳幹まで鎧通しで貫き、保持する。

そのまま引き摺り出し、盾にしながら後席を確認した。


瞬間思わず目を背ける。

血塗れだ。その中で裸の少年が瀕死で倒れている。

全身殴られたような傷が有り、首を絞められたような痕も有る。


いや・・・今、こと切れた・・・功の目の前で。


ウサギの獣人だろうか、光を失くした赤い目、白い頬、赤い血。

そして目の前で形成された不自然に綺麗な透明な魔石。


こみ上げる吐き気と怒気。


《程度の低い連中だ。新しい獲物見つけて本来の仕事も忘れてる》


トレーラーの中は、悪いが後回しだ。


「アーネス」


自分でも分かる。声が震えている。


『功・・・』


何かを察したのだろう。アーネスの声が哀しい。


「トレーラーは無力化した。悪いが後は任せる。俺はドク達の所に行く」


通話を終わらせる。

これ以上アーネスと話すと何かが切れる。その何かが切れると本当に泣いてしまい、戦えなくなる気がした。

今はアーネスに甘えていい時では無い。


代りにドクに繋ぐ。


「ドク、外からかき回すから、合わせてくれ」


『功っ!』


こちらもすぐに通話を終わらせる。


バイクに戻り、気持ちを鎮める。


《入れ》


狩野の顔が頭を過ぎる。


《入れ》


兎獣人の最後の息音が耳に残る。


《入れ》


世界が広がり、ノイズが消える。





気がつけば目の前に小型装甲車が有った。

中のゲロカス共は功に背を向け、ルーフからルナティックパーティの見慣れた輸送車に銃撃を加えている。


どうやらこのチームは陽動のようだ。

陽動にしては位置取りがお粗末で、何も考えていないようだが、他の二台が後ろに回りこもうとしているのを援護しているつもりのようだ。


実際には邪魔しかしていないのだが。


《ペネトレート》


そんな奴らにチェーンガン斉射、2秒。


ペネトレート付きでも、さすがに装甲車の装甲は10mmでは抜けなかった。

向こうもそれなりの改造を加えているようだ。


だが、ルーフで撃ちまくっていた3人は、ジューシーなミンチになった。


間を置かず。


《ペネトレート》


左側の装輪を射抜く。


ホイールが吹き飛び、激しく横転する装甲車。すぐに後部ハッチが開き、中から生き残りが出て来ようとする。


胸からハンドグレネードを毟り取り、装甲車の直前で、ピンを抜き、レバーを弾き飛ばす。


フラフラになりながらも、やっと顔を出したゲロカス越しにハンドグレネードを車内に投げ込み、バイクをドリフトさせる。


滑らせたバイクをハッチに横付けし、開いたハッチを後輪で蹴飛ばすようにして閉めた。


中で何か騒いでいる。


バン!


開きっぱなしのルーフハッチから炎が吹き出す。


《あっけない。ブリッコーネの方が骨が有る》


ドク達も一方からの銃撃が無くなったので、反撃にも力が入る。

輸送車内からのフィーとガイストの精密射撃で、一台だけなら優勢に戦えている。サラディはデルタシールドを駆使して輸送車を操るのに専念し、ドクは自前の盾でサラディを補佐しているようだ。


功はバイクをスタートさせ、もう一台の装甲車を見つけた。


《6番、発射》


最後のアクティブホーミングをリリース。


《ペネトレート》


ごっそりと魔力を持って行ったミサイルは、真上から突っ込んで行った。

これも装甲は貫けなかったが、車体は半分程に潰れ、バウンドするようにして止まる。


シャーシも折れたようだ。ドアも歪み、開きそうにないので中身は確かめずに放っておく。


そのまま最後の一台を十字砲火出来る位置に移動する。


《ペネトレート》


残りの全てのチェーンガンを叩き込む。

魔力の急激な低下で頭がクラクラするが、気にしない。


撃ち終わると静かになった。反撃も無い。


装甲車は全ての装輪が潰れ、沈黙している。


『功っ、大丈夫かっ⁉︎』


ドクの声だ。


「俺は大丈夫だ。そっちはどうだ?」


相変わらず声が罅割れ、錆び付いている。


『俺達は大丈夫だ。アイツらも俺達を拐うのが目的で殺すのが目的じゃないからな。最後の装甲車も降伏したみてぇだぜ』


「降伏?まだ生きてるのか?ならちょっと駆除して来るよ」


バイクをスタートさせる。


『待て待て待て待てっ!どうしちまったんだよ功っ!お前本当に功かっ⁉︎お前さんそんな奴じゃなかったろうよっ!お嬢っ!お嬢っ!功の奴がおかしいんだっ!何が有った?』


功は聞いていない。

急激な魔力の消費で、貧血に陥ったような症状になっていた。

魔力はさっきのチェーンガン乱射で、半分以上は使っている。頭のクラクラが治っていない。

だからなのか、それとも戦闘が終わったと思い気が抜けたのか、あるいは他の理由なのか、正常な判断が出来ていなかった。

シールドも張らずに無造作に装甲車に近づく功は、明らかに普通の状態ではない。


装甲車にはまだ生き残りが居た。

少しでも助かりたくて降伏しようとしていたが、うかつにフラフラと近付いて来る功を見て方針転換したようだ。


功を人質に取り、逃げる事にしたらしい。


ボロボロの装甲車から転がり落ちるように出て来た若い狼獣人が功の肩を撃つ。


続いてヒューマン種の男3人も飛び出して来た。


誰かが撃たれても、中の1人が功を確保すればいいとでも思ったのだろうか、それとも何も考えずに、ただ襲い掛かっただけかもしれない。


いずれも功には辿りつけなかった。


肩を撃たれた功はくるりと一回転して仰向けに倒れる。


次の瞬間狼獣人の頭がガイストの15mmで爆ぜ、ヒューマン種の先頭の男はフィーにやられる。

次の男は功自身の反撃で、腹をOOOバックで撃たれた。


最後の男は何処からともなく飛んで来た弾にやられる。


『功っ!返事して功っ!』


アーネスの声が聞こえる。


仲間達も次々に何か言っている。


功はどうしようもない脱力と罅割れた心を抱え、毒々しい嫌悪感の海に身を沈めて揺蕩たゆたっていた。

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