第90話護送車

「ドク?俺だ。なんかきな臭い事になってるかもしれない」


功はもう一度ドクと連絡を取り、不審な轍の事、光作の事、光作が習得したであろうミエリッキのスキルの事などを話した。


轍は北に向かっている。つまりドク達の方に向かっているのだ。


「出来れば出会いたくない手合いみたいだから、こっちに来る時気を付けろよ」


功がそこまで言った時。


『あ?何だって?・・・あぁ、功、ちょっと待ってくれ、ガイストが今何か見つけたって、あぁ?トレーラー?そいつぁ今功から連絡有った奴じゃねぇか?』


「マジかっ⁉︎」


「どうしたの?功」


アーネスも功の緊張を感じとり、いつになく真剣な表情だ。


「ドク達がこの轍をつけた連中と遭遇したらしい」


「ドク、ドク、大丈夫?他のPMSCの連中よね⁉︎」


アーネスがパーティ回線に割り込む。


『お嬢っ!奴らゲロカスだっ!ゲロカスの奴隷護送車だっ!』


兜の通信システムからドクの悲鳴のような声が聞こえる。


「最悪っ!」


アーネスが足元の雪を蹴る。


「どうした?何が有った?」


通信内容が聞こえず、一人取り残された光作もただならぬ様子に戸惑っている。


功もゲロカス、つまりグロリアス紳士同盟の事は聞き及んではいる。

だが、実際に遭遇した時の対処や、奴らが今何をやっているかなどは分からなかった。


「アーネス」


「トレーラーは奴らの奴隷護送車らしいわ。奴らは転移したての新人や、捕まえて来た人間なんかを鉱山なんかで強制労働させてるの。

とにかく今は時間が惜しいわ。説明は車で移動しながらするから急ぎましょ!お爺ちゃん、運転お願い!」


具体的に何が起こっているのかは光作には分からない。

だが、今は急がなければならないのは身体の底から感じている。

本人は自覚していないが、これはミエリッキのスキルである『虫の知らせハンチ』という能力アビリティだ。


既に着ていた山ウェアの上にアーマーや、弾帯も身につけ、サコーを構えている。


「爺ちゃん、買った銃は?」


「拳銃は装備したが、ライフルは調整してないし、使った事も無い銃をいきなり使う気にはなれんよ。一応は用意してあるが、車にはベレッタも有るし、サブマシンガンも持ってるから自分の身くらいは守れるだろう」


言われてみればその通りだ。


「アーネス、サポート頼む!先行するから後から来てくれ!」


「功っ!奴らは人間じゃないからねっ!撃つ時は躊躇わないでっ!」


アーネスのいつにない真剣な目に気圧される。


「りょ、了解っ!」


すぐにバイクに飛び乗りアクセルを回す。


《撃つ?人間を・・・》


自問自答する。


答えは出ない。


以前決心した筈なのに。


かなり動揺しているのが自分でも分かる。


《このままじゃ、一昨日おとといブリ相手に死にかけた時と同じになる》


『ドクッ!ドクッ!とにかく逃げて!人数的に勝てないわっ!』


パーティ回線からアーネスの声が聞こえる。


『お嬢っ!来ちゃいけねぇっ!こっちは足の速さじゃ敵わねぇけど、装甲の硬さは上だ!囲まれねぇように立ち回りゃ、どおおおおおっ!サラディッ!右に回せっ!』


バックに銃声が聞こえるドクの回線が沈黙する。


『ドクッ!』


悲鳴のようにアーネスが叫ぶ。


雪で路面の状況が分からないが、轍を辿れば比較的安全だろう。


「アーネス!付近に他のPMSCのパーティは居るか?救援呼べないのか?」


『やってみる!救援は厳しいけど、注意喚起すれば賞金目当てに来てくれるパーティは居るかもしれない』


デッキバンはもう遥か後方だ。功は可能な限り飛ばしてトレーラーを追う。


そして追う先にそれを見つけた。


《何だあれ?落とし物か?》


轍の外れに落ちているそれは、


《人かっ!》


雪を巻き上げてバイクを止める。急いでバイクを降り、倒れている人影に走り寄った。


「おいっ!だいじょ・・・」


明らかに死んでいた。

ヒューマン種の子供だ。見るからに栄養状態が悪く、ボロを纏い、顔中紫色に腫れ上がり、首も折れている。

10代半ばだろうか、男の子だ。


殴られて死んだのか、栄養失調なのか、それとも凍死なのか、その全てなのか・・・

そしてこの子は、


「ア、アーネスッ!アーネスッ!」


功は声も裏返りアーネスの名を呼んだ。

分かっている。アーネスでも治療は無理だ。頭では分かっている。


「アーネスッ!アーネスッ!」


それでも叫ばずにいられない。


『功っ!落ち着いてっ!どうしたのっ⁉︎アンタがそんな声出すなんてっ!』


切迫したアーネスの声が返って来る。


「子供が、子供が死んでるっ!殺されてるっ!」


涙が出て来る。


《誰がやったっ⁉︎何でこんな惨い事をっ!》


『落ち着いてっ!功っ!とにかく落ち着いてっ!今動揺しても仕方ないでしょっ!本当に死んでる?バイタル反応無いのっ⁉︎』


雪に埋もれた子供は、明らかに死んでいる。首は折れ、瞳孔は開き、身体も半ば凍りかけている。


「クソッ!死んでるっ!トレーラーから落とされたような跡も有るっ!」


雪道には、ちょうどこの子がバウンドしたような跡も付いていた。

走っているトレーラーから落とされたらこのような跡が付くだろう。


地面を殴りつける。

この子は


「狩野だっ!暮れに研修した子だっ!」


そう、無惨な姿を晒しているのは、去年エイヴォンリーの新人庁から研修の依頼を受けた狩野だったのだ。


『何ですってっ⁉︎間違い無いのっ!何であの子が⁉︎』


「間違い無いっ!狩野だっ!あの生意気な方の子だっ!」


功は雪から狩野の亡骸を抱き上げる。

顔は腫れ上がり、片目は潰れている。その周りには、ブーツの踵のパターンまで刻まれていた。


ギリギリと奥歯が鳴る。


『功、聞いて。傭兵をやってればこういう事も有るのは分かるでしょ?アンタのせいじゃ無い。けっしてアンタの責任じゃないの!」


「分かってるっ!そんなの分かってるよっ!」


『功っ!残酷だけど、死んだ者は戻らないのっ!今はまだ生きてる仲間の事を考えてっ!』


功はその言葉を聞いて落雷にあったように感じた。


ドクやサラディ、ガイストがこんな目に遭っていいのか?フィーは女でしかも美人だから、もっと悲惨な目に遭わされるかもしれない。


「・・・アーネス、狩野を乗せてやってくれ、頼む」


負った傷の状態から見て有り得ないが、仮に自然死だとしても、トレーラーから落とす理由とは何だ⁉︎


たった半月程で頬がやつれ、目が落ち窪む程の環境に彼が置かれなければならなかった理由が知りたい


昼でもマイナス2℃しかない季節に、何故ボロ布のような服しか着せられてなかったのか、理由が思い当たらない!


靴の踵で眼が潰れる程蹴りを入れるなど、如何なる事も理由にはならないっ!


そっと狩野の無事な方の目蓋を閉じてやる。


実際には何が起こったかは分からない。


だが、狩野の死は、グロリアス紳士同盟とは無関係とは思えない。

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