第89話謎の轍と謎のスキル
蒲田さんの私道の前に停めていたデッキバンに一同乗り込む。当然鍵は付けっぱなしである。
功は例によって後部オープンデッキだ。
ハンドルを握るのは光作だ。
この辺りの道は町の管理なのだが、使うのは実質蒲田さんだけなので、予算が行き届かず穴ボコだらけだ。
道幅も車一台分しかなく、避けられようも無い。しかも雪でその穴も分からず、右前輪が嵌る。
ガタンッ!
と、大きく揺れたその時。
《ん?》
功は違和感を感じた。
《空気が変わった・・・》
頭から被っていたポンチョをたくし上げ、兜を脱いだ顔を出す。
そしてまた血の気が引いた。
「爺ちゃんっ!アーネスッ!」
光作も異変を感じとっていた。
揺れた瞬間屋根から積もった雪がフロントガラスを滑り降り、再び現れた景色は見たこともない景色に変わっている。
道も荒れたアスファルトから下草に覆われた雪道に変わっているし、見慣れた谷の風景が、いつの間にか冬枯れた巨木の森に変化していた。
「功っ!私のスマホ通常に戻ったわ!パーティストレージもマナネットも使える!」
「位置情報!」
アーネスに現在地を特定するように言い、光作が止めた車から飛び降りると前に回る。
自分もスマホを出してまずはドクにパーティクラウドの回線で連絡を入れる。おそらく死ぬ程心配している筈だ。
ドクはすぐに出た。
『功かっ!』
「ドク、アーネスも無事で居るから安心してくれ。それから皆んなは無事か?」
まずはドクが一番知りたいであろう情報を伝えて安心させる。次にアーネスが知りたいであろう事を訊く。
「実はアーネスが俺達の世界に来てたんだけど、何故かまたこっちに一緒に転移した。クソッ!」
簡潔過ぎる程に纏め、そして珍しく悪態をつき、地面を蹴る。
もう訳が分からない。
《なんなんだよこの現象はっ!爺ちゃんまでこっち来ちまったじゃないかっ!》
『ちょっと待て!何だって?お嬢があっちに行ってただ?それで今戻って来たってか?パーティの皆んなはなんて事ぁねぇけどよ』
「功っ!エイヴォンリーの北東180km、この前の城砦から南に150kmってとこよ!私が転移した場所みたいね。皆んなは無事?」
「ああ、無事らしい。ドク、今この前の城砦から南に150kmの場所に居るらしい。悪いけど迎えに来れるか?」
『こっちでも捕捉した。何だ、すぐ近くじゃねぇか。俺達も昨日からお嬢探してて近くに居るんだ。お前達よりちょっと北の方に居るけどよ、すぐ合流出来るぜ。しかし、良かったぁ』
パーティ回線にアーネスが入って来た。
『功から聞いた?心配かけてごめんねぇ、ちょっと向こうで稼いで来たの。皆んなは無事よね?』
『お嬢っ!何だ?稼いで来たぁ?』
話がごちゃごちゃだ。
「ドク、取り敢えず話は合流してからにしてくれ。それから今回は俺達だけじゃないんだ」
『何ぃっ⁉︎まだ誰か居るのかっ?』
『そうなのよっ!功のお爺ちゃんとペットのサブとヒコも居るのよっ!めっちゃ頼りになるのっ!』
アーネスは何故かとても嬉しそうだ。
『はあっ⁉︎』
「アーネス、悪いがちょっと今は黙っててくれ、話が進まない。
ドク、とにかくそうなんだ。取り敢えずどっちに向かえばいい?」
まずは合流して戦力を整えてからだ。この森は安心出来ない。
『お、おう。功、お前さん達は足は有んのか?有るんならそのまま西に進んでくれりゃ、こっちでマーキングしたから見つけられるぜ。何も無けりゃ1時間くらいで合流出来る筈だ』
「足は有る。了解、西に進むよ。また何か有ったら連絡する」
『お、おいちょっと功っ!』
まだ何か言いたそうなドクだったが、無理やり通話を終わらせる。
やる事は山程有る。
「アーネス、武装を整えよう。ネットでパンツァーファウストのロケット弾頭って売ってんのか?有るなら買っとこう」
「パーティストレージに予備弾頭と私の7mmフルメタルジャケットも有るから、私個人のストレージに移しとくわ。それはいいとして」
そこでアーネスは言葉を切り、唖然として固まっている光作を見た。
「お爺ちゃん、お爺ちゃん、大丈夫?まあ、皆んな初めはびっくりしちゃうけどね」
功もドアの外から光作の顔を覗いた。
「爺ちゃん、ちょっとここは危険なんだ。移動しなきゃなんない。大丈夫か?俺が運転する?」
「あ?いや、うん、驚いた。ここが功とアーちゃんが言ってた世界か?
まさか俺も来てしまうとは・・・」
光作は改めて辺りを見回し、自分の身体に何か異変は無いか探ってみる。
あちこち手で触って確かめた後、サブとヒコの様子も見た。
「お前達はいつも通りか」
周りの様子を敏感に感じ取って、若干の緊張はあるものの、二頭は基本いつも通りだ。
「爺ちゃん、大丈夫か?落ち着いたか?」
「お爺ちゃんびっくりしたわよね。普通そうだから心配しないで。
転移していきなりマウンテンロックスキッパーと戦ったっていう頭のおかしなのが世の中には居るみたいだけど、そんなのは例外中の例外だからね」
「おい」
「でも、とにかくこの森はとってもヤバいの。
まだブリの残党も居るだろうし、どっかの近接戦闘魔人が戦ったマウンテンロックスキッパーは冬眠してるけど、他にも
「おい」
「お爺ちゃんの銃じゃちょっと心許ないかな?新しいの使ってみる?」
アーネスはアラモ銃砲店の通販サイトの画面を光作に見せた。
「おい!」
「功は黙ってて!こっちでは私がリーダーよ」
威張るアーネス。
「向こうでもそうだったろう」
「いいから、功だって分かるでしょ?お爺ちゃんの武装だと装弾数も威力も弱いの」
それを言われると、確かにそうだ。この先何が起こるか分からない場所では、出来るだけの用心はしておきたい。
こっちでは、魔物の耐久力もパワーもあっちよりも文字通り段違いだろう。
「た、確かにそうだけど」
「幸いな事に原資はたっぷりと有るから、今ならどんな高級品でもいいわよ。って言うか、殆どお爺ちゃん達が稼いだお金だけど」
悪びれずにアーネスは笑う。
「功、どうしたらいい?」
光作は自分では判断がつかない様子だ。
当たり前だろう。いきなり異世界にやって来ました。危ない世界だから武器を買いましょう。
などと言われても正常な判断などつく訳がない。
功は真っ白い溜息を吐くと、周りを見渡した。
「まず絶対に約束して欲しい。この世界では、このスマホが生命線なんだ。これが無いとこの森では生きて行けない。だから絶対に俺かアーネスから離れないでくれ」
「わ、分かった」
「それからさっきアーネスが言ったように、ここは危ない。
ブリッコーネやジャベリナー、あの亀みたいなのが沢山居る世界なんだ。しかも、向こうよりも断然、パワーアップしてると思ってくれ。
だから爺ちゃんの装備だと少し弱いのも事実だ。
俺は何度も行ったり来たりを繰り返したけど、次は帰れるかは分からない。
帰れないって事もあり得るんだ。
もし、そうなったら、当然ここで生きて行かなきゃならない。
そしてここで生きて行く、いや、安全な街まで行くのには強力な武器が必要なのは確かなんだ」
光作はしばらく運転席に身体を預け、目を瞑って気を落ち着かせた。
「ふう、分かった。お前の言う通りにしよう。想定される獲物は何だ?」
猟師は獲りに行く獲物に合わせて弾を変える。
弾を変えれば、それを撃ち出す銃が変わる道理だ。
だから銃からは選ばない、獲物に合わせた弾から選ぶのだ。
「それが、色んなのが居過ぎてさ・・・」
銃や弾には詳しくない功が戸惑うと、アーネスが助け舟を出した。
「お爺ちゃんは取り敢えずプライマリーはライフルね。出来れば7mm以上、サイドアームの拳銃も必要かな」
「アーちゃんにお任せするよ。まあ、出来れば俺は猟師だから、狙撃も出来そうなのがいいんだが」
「オッケー、そんじゃこれなんかどう?」
早速通販のサイトを広げたアーネスだが、功はストップをかけた。
「待てアーネス、移動しながらでもいいよな?先に移動しよう。爺ちゃん、俺がバイクで先導するから着いて来てくれよ」
「了解、気を付けろよ」
功は兜をかぶり直し、スマホを無線接続する。
バイクに跨がり、兜のバックカメラを確認してみると、車内で怒涛の如くアーネスが喋り倒しているのが見える。
結局光作の装備はアーネスが全て決め、一般的な
森の中は雪もそんなに積もってはおらず、枯れた下草が見え隠れする程度だ。
空は雪雲もなく、快晴。天気図を呼び出して見ても天候に不安は無い。
地図の等高線も起伏は少なく、穏やかな地形だ。
念の為、空中都市ミラーナからの航空写真も見てみるが、いくつか川がエイヴォンリー湖に流れ込んでいるだけで谷や窪地も無いようだ。
巨木の森は巨木故に樹の間隔も広く、走り易い。
時速30km/hくらいで流しながら、周囲を警戒し、視界の隅でARで映し出される情報を読み取るという器用な事をやっている。
そしてそれが功の視界に映った。
素早く余計な情報を消し、バイクを止めて周囲を探る。
光作も当然車を止めた。
『どうしたの?』
功は地面を見ていた。
「アーネス、この辺りで今活動してる傭兵パーティは居るか?」
『え〜?居るとしたら今回のブリの大規模アイル潰しに参加したパーティくらいかな?』
言いつつアーネスはデッキバンから降りて来る。続けて光作も出て来た。
「どうしたの?」
「これ見てみろ」
地面には、新しい轍が幾重にも出来ていた。
「大型のトレーラーが一台、オフロード仕様の車輌が三台だな。随分と整備もされてないくたびれたトレーラーだ。北に向かってる。
オフロード車はトレーラーに随伴、護衛か?してるな。ほんの数十分程前だろう」
このセリフは功ではない。光作だ。
「ああ、古びたトレーラーだ。所々オイル漏れが有る。それにしてもよく分かったな、爺ちゃん」
功は感心したように光作に言う。勿論光作の観察眼は鋭いが、ここまで分かるとは思いもしなかった。
光作も何故か驚いたような顔をしている。
「ん?何で分かるんだろうな?自分でも分からん。何故か森が教えてくれてるような気がしてな」
功にはその現象について心当たりが有った。
「アーネス、もしかして・・・」
「スキル生えちゃったのね、きっと。ま、功のお爺ちゃんなんだから不思議は無いけどね」
アーネスはしたり顔だ。
何故アーネスがそんなドヤ顔をするのかが、功には分からない。
「悪い奴だ。悪い奴と絶望が乗ってるな。森の木々が教えてくれてる」
光作が何かスピリチュアルな事を言い出した。
「おい爺ちゃん、いつからそんなインチキ霊能者みたいになったんだよ」
「は、は〜ん。これはアレね、アレよアレ、とってもレアなアレね」
「アーネス、アとレしか言ってないぞ」
「えーと、何だったかな?あ、そう、ミエリッキよ」
「「ミエリッキ?」」
「
物理事象だけでは分からない事まで感じる事が有るって書いてあったかな。魔力の残滓と何かが森の精霊と何かに反応してるとかしてないとか何とかかんとか。
アンタと同じで、全素濃度の低い世界で蓄積された能力や経験が、高濃度の世界に来た事で一気に開花したんでしょうね。流石私のお爺ちゃん!」
《また魔改造が進んだな。それにお前のお爺ちゃんじゃない。俺の爺ちゃんだ》
光作は何やら考えこんでおり、黙ってアーネスの話を聞いていた。
やがて光作が口を開いた。
「アーちゃん、さっき買ってくれた装備出してくれないか。何か嫌な予感がする」
光作は轍の先を見つめた。
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