第84話もしもし亀よ

だが、今回は上手くいけば功の出番は無いだろう。

メインアタッカーはアーネスだ。


アーネスを中心に配置し、左を功とヒコ、右を光作とサブが固める。


斜面を登り、切り通しのように左右に切り立つ石灰岩の崖の間を抜けると、オーバーハングのように頭上に迫り出した崖の下に出た。


左右から岩が庇のように迫り出しており、まるでトンネルのような地形である。

峠を越えた眼下は石灰岩の岩場で、丈の低い木立もまばらになっており見通しは良い。


光作が、二番目に挙げたブリッコーネが隠れている可能性がある場所だ。


だが、ここにブリッコーネは居なかった。その痕跡も無い。理由は明らかである。


ここからは南に下る傾斜になっており、岩場には松の疎林、それを越えると原生林が広がっている。


はずだった。


ここまで来れば嫌でも分かる。


「亀だ」


「亀だな」


「だから亀だって言ったじゃない」


「ウォフ」


「フシュ」


マウンテンガーディアンはアーネスの言う通り、アフリカ象サイズの陸亀だった。

そんなのが居る場所に、ブリッコーネが移動集落アイルを作る訳が無い。


ただ、亀というよりは、


『亀』×『アフリカ象』+『大蛇』=『玄武』


と言った方が腑に落ちる。


手足が妙に長い。

硬く重そうで、踏んだら痛そうなイボイボの甲羅に包まれた胴が1m程地面から浮いており、長く太い蛇の尻尾が浮いた胴に巻きついている。

見た目通りの重さなら、手足の力は相当なものだろう。

額に金属質な甲羅を貼り付かせている顔は、まんまアルマジロである。

ただし、目つきは悪いが。


その巨大亀が300m程離れた斜面で、尻尾で引き抜いた大木をバリバリと食べている。


周囲は引っこ抜かれた木々の跡が沢山残っており、荒れ放題だ。


僅か2、3日でこの有様なら、春までに山三つは丸ハゲにされるだろう。

名前とは対極の存在である。


「山を荒らしおってと怒りたいが、これは一体どうなってるんだ?アーネスアーちゃん」


光作が困惑するのも無理はない。素人目には分かりにくいが、眼下には見た事も無い植生が広がっている。

二種類の葉が茂る木など見た事が無いし、この時期に花を咲かせる巨木も聞いた事が無い。


ただ、功は光作のアーちゃん呼びの方に困惑している。


地形転移フィールドトランジションしてるわね。土地ごとその上に乗ってるものまで入れ替わっちゃったのよお爺ちゃん」


「だからこっちの世界にあんな化け物が現れたのか?」


「そうね、今回はちょっと厄介なのがついて来ちゃったわね」


「やれやれ」


どの道このまま山を荒らされたら、動物達も住処を追われ、里に降りてくるだろうし、土砂崩れなどの災害に繋がりかねない。


「ブリッコーネどころの話じゃないな。厄介過ぎるだろ」


功は担いでいたパンツァーファウストをアーネスに渡し、後方噴射バックブラストに巻き込まれないように離れる。


ここは光作の家以外半径5km以内に民家は無い。切り立つ崖の底でも有るので、音は上に抜ける。


尚且つ雪が降っており音が吸収されるので、多少の爆発音は聞こえるかも知れないが、騒ぎになる事は無いだろう。

無いと願いたい。


アーネス達の居る位置は、トンネルのような地形の南側の出口付近、カルスト台地のように石灰岩が露出する遮蔽の多い場所である。


その遮蔽に隠れたアーネスは元気一杯だ。

パーティ防御力向上ゴッドブレスを詠唱し、意気軒昂だ。


「それじゃ一丁血祭りにでも上げて稼ぎまくりましょ!」


「言い方!」


相変わらずのアーネスだが、功にはやる事がある。


アーネスが自信たっぷりの時は、どうせロクな事がない。無駄になっても良いから、保険はかけておきたい。

どうせ大した手間ではない。


功はそそくさと離れると、岩の陰でスマホを操作した。


『行くわよ〜』


アーネスの声が兜を通して聞こえる。

だが、同時に。


「功!アーちゃん!」


サブとヒコを連れて警戒していた光作の切迫した声が低く響く。


僅かに遅れて鈍い発射音。


『あーっ!』


そしてすぐに爆発音とアーネスの胴間声。


《ほらやっぱり、すんなり上手く行く訳が無いんだよ》


良い事は期待していないが、悪い事なら心の準備は出来ている。


突き出た石灰岩の陰で双眼鏡を覗いている光作の所まで急ぐ。


「爺ちゃんどうした?」


牙を剥いて興奮しているヒコを宥めながら光作は、マウンテンガーディアンのさらに南を指差した。


「あいつらだ。ブリッコーネとかいう」


「マジで?」


視力に集中する。

全体の景色は把握しながら、注視したい部分がクローズアップされるように見える。


『功、外しちゃった!』


「見えてる。あれは仕方ない!」


悪い事に対しての心の準備は出来ていたが、思ったよりももっと悪い。


アーネスが対戦車榴弾を放つ寸前に、色々な事が同時に起こっていた。


アーネスがマウンテンガーディアンに集中し、照準をつけている間に、麓側からブリッコーネの集団が現れた。


ブリッコーネの集団の内、弓持ち達は一斉にマウンテンガーディアンに矢を射掛け、剣持ちは後に回り込もうと走っている。


数は20匹以上、おそらく1氏族ファミリア全部だ。


いち早く光作が気付いて、声を上げたが、この時既にアーネスは対戦車榴弾を放ってしまっていた。


矢を射掛けられたマウンテンガーディアンは、腕や首に何本か突き立ったようだが、ダメージとしては微々たるもののはずだ。

甲羅に放たれた矢は、残らず弾かれている。


初撃の奇襲は貰ったものの、すぐさま身体をブリッコーネに向け、ペンタシールドを展開するマウンテンガーディアン。

意外な程動きは速い。


そこにアーネスの対戦車榴弾が炸裂したのだ。


薄黄色に光るシールドに突き立った榴弾は、着発信管が作動。

爆発の力はモンロー/ノイマン効果により、前方にメタルジェットを噴射、さすがのペンタシールドをも突き破りマウンテンガーディアンに襲い掛かる。


一瞬マウンテンガーディアンの身体の右側が、爆発で叩きつけられたように沈む。


しかし、着弾地点は狙った首元ではなく、ブリッコーネの攻撃によりマウンテンガーディアンが身動みじろぎしたせいで、甲羅の右側縁部を破壊しただけに終わったのだった。


そこそこのダメージは与えたが、致命傷には程遠い。

しかも、ブリッコーネにもこちらの存在を知られてしまった。


「アーネス、マウンテンガーディアンは後回しだ。先にブリッコーネやるぞ」


『昨日の奴らだけじゃ無かったのね!腹立つわねまったく!』


アーネスの愚痴を聞きながら、功はストレージから光作のベレッタを出す。


「爺ちゃん予備で置いとくけど無理すんなよ、アーネスと2人で数減らしてくれ。近寄って来たのは俺がやるから」


「おう、任せとけ」


ブリッコーネは硬いマウンテンガーディアンよりも、功達の方が与し易いとみたのか、弓持ちの標的をこちらに変えたようだ。


ブリッコーネにしてみれば、全素が薄い世界で、功達はさぞ旨そうな全素の塊に見えるだろう。


剣持ちはマウンテンガーディアンを突破して、崖際に行こうとしているようだ。恐らくそこにエンジェルグリーンが咲いているのだろう。


功はその場を光作とサブに任せ、ヒコを連れてアーネスのそばに寄る。

ヒコをアーネスの護衛に付ける為だ。


アーネスもライフルに持ち替えたようで、単発の狙撃を行なっているが、距離300mだとアーネスの腕前では正直ブリッコーネを狙うのは厳しい。


あまり射撃が上手い訳でも無い上、ブリッコーネはとにかく細い!


おまけに雪は激しさを増しており、視認し辛い事甚だしい。

山肌も既に雪に染まり、世界はモノトーンに沈んでいる。


ここでやはり頼りになるのが光作である。

遮蔽にしている岩の上に畳んだタオルを置き、その上に左手を乗せてフォアハンドを支える。

委託射撃という方法だ。

二脚バイポッドなどで支える場合もあるが、いずれも命中精度が高い射撃方法である。


スコープを覗き、次々とブリッコーネを狙撃している。しかも教えた通り、確実に腰椎を狙っており、一発も外さない。

見事なワンショットワンキルである。


対して功はこの距離だと為す術が無い。


《俺は役立たずか?役立たずなのか?》


やっぱり遠距離も練習すると心に誓う。


だが、勿論役立たずではない。

ブリッコーネは300mという距離、しかも仰角であるというのに、恐るべき正確さで矢を射掛けて来る。

しかもどんどん近づいて来ながらだ。


光作、アーネスにシールドを展開しながら、自分は岩から岩へ移動し前に出る。


《これ以上はシールドが2人に届かなくなる》


アーネスの牽制、光作の狙撃を掻い潜って接近して来る弓持ち。

その内中の一匹が、剣持ちに鋭く吠えた。


その声を聞いた剣持ち達は、マウンテンガーディアンとバチバチにやり合っていたが、半数が弓持ちの加勢に回って剣持来る。


功の出番だ。

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