第83話お鍋の味が染みる法則

残りのブリッコーネのスキルマテリアルをサブ、ヒコに出してみたが、二頭は興味を示さなかった。


予想外の事が起こり、思わぬ時間を食ったが戦いの興奮も冷めた。そろそろ次のアクションに移ってもいいだろう。


だが、武装を整えている間周囲を警戒してくれていたサブが、不審な物を見つけたようで、低い遠吠えで皆を呼んだ。


場所はジャベリナー達が眠っていた雑木林の傾斜地だ。


「何だと思う?」


それは、半ば雪に埋もれていた。


「酷い匂いだな。死臭がする」


鼻の良い功が顔をしかめる。


光作が木の枝を拾い、その腐敗した塊をつつく。


「え?ブリ?」


アーネスは思わず功の後ろに隠れる。

それぐらい悲惨な姿だった。


それは、原型を留めぬまでに食い荒らされた一体のブリッコーネの死体だった。

おそらくジャベリナーにってたかってやられたのだろう。残った骨に歯形が付いている。


首回りの特徴的な呪術飾りアミュレットが無ければ分からなかったくらいにグズグズに崩れて原型を留めていない。


「2、3日でここまで腐るのはおかしいだろ」


「もっと前に来てたって事か?」


光作も首を捻る。


「いや、ちょっと待って。こいつ、骨までおかしい」


功は光作から木の枝を借り、ブリッコーネの頭蓋骨をつつく。

頭蓋骨は簡単に穴が開き、崩れた。

試しに肩甲骨もつつくと、これも脆く崩れる。

風化というよりも、酸でもかけたかのように腐食している。


「分かった。平均化の法則よ。昨日の夜、魔物は全素配列が人間と違うって話したわよね。

それに、こっちでは死んでも魂が凝縮して結晶化しない現象も起きてる」


アーネスが功の後から顔だけ出した。


「まあ、こっちではそれが普通だがな」


「うん、そうね。でもそれってさっき功が言ったように、この世界の全素濃度が薄いから、凝縮する前に拡散するって説が正しいと思うの。

お鍋の具の味が全体に広がって行くのと同じよ。これが平均化の法則」


「その例えはどうかと思うぞ」


功の抗議をアーネスは聞いてない。


「そして魔物は身体の構造も物理界よりも全素界、つまり形而上世界の特徴が強い。

だから、魂だけじゃなくて、血肉を形成していた全素までが拡散しちゃった」


「つまり?」


光作には半分も分からないが、アーネスの口調だと、悪い事では無いようだ。


「ま、ほっといてもオッケーって事ね。勝手に跡形も残らず風化するでしょ。勿論経過の観察は必要だけどね」


言うなり自分のスマホから昨日のブリッコーネの死体を出す。


「私のストレージにブリがいつまでも居るのが嫌なのよ。お爺ちゃん、ちょっとここに置いとくけどいいでしょ?」


光作は周りを見回した。


「ま、今更だな」


辺りには19体もの死体が転がっている。

今降っている雪は今年の根雪となるだろう。春までこの死体が人の目に触れる事は無い。

さらにアーネスの仮説が本当なら、雪が溶ける頃には綺麗に死体は消えている事になる。

少しくらい残ったとしても、何かは分からないだろう。


おまけにこの山は光作の土地だ。こんな田舎の山奥に、勝手に人が入ってくる事もほぼ無い。


「まあ、明日もう一度様子見て、ヤバそうなら穴掘って埋めよう。

けど、お前の仮説が正しいなら、LCWは全素で飽和してるって事になるのか?だから新たに全素が漏れ出すと飽和限界を越えて結晶化するって事だろ?」


「多分ね、今のところ有力じゃない?帰ったらドクにでも話してみようかしら」


「何となくドクならもう知ってそうだけどな」


「それもそうね」


「生物からは、その全素というのが拡散しないのは何故だ?」


光作の疑問ももっともだ。


「そうね〜、多分、『命』って括りの全素配列が、その『命』を核にして『魂』に繋がってるんだと思う。

だから、『命』が失われると全素配列が崩れて拡散するんじゃないかしら?

こっちでスキルが弱いのも、ただ単に全素が薄いって事じゃなくて、スキルで全素を外に放出した時に拡散してるからかもね。功達が普通に使えるのは、なんでか分かんないけど」


「普通に使ってる訳でもないけどな。

ま、こんな寒い場所で仮説語ってもしょうがないだろ?移動しよう」


話が長くなりそうなので、功がぶった斬る。


「そうね。皆んな、リロード忘れずにね。場所変えてお昼にしましょ」


「そうだな、結構動いたし、そろそろ食っとかないと午後からキツくなるな」


光作も賛成する。


功の案内で、雪が凌げて休める場所に向かう。


高校の頃、ブッシュクラフトで作った簡易ログハウスは、まだ使えそうだ。


ログハウスと言っても崖際に岩や枯れ木を組んだだけのシェルターで、扉も無く辛うじて風や雨が吹き込まない程度の物だ。


だが、室内に岩で囲って火を焚く暖炉も作ってあり、なかなか本格的だ。


「思ったより綺麗だな。爺ちゃん使ってた?」


「ああ、猟や山仕事の時に便利でな、少しづつ手直しして休憩小屋にさせて貰ってる」


「へえ、そりゃ良かったよ。利用して貰えてるなら作った甲斐もあったな」


功達は南の傾斜地にある栗林を登り、崖にへばりつくように建てられたシェルターに到着した。

サブ、ヒコを含む全員が入ると、さすがに狭いが、座って休息を取るスペースは有る。


狭い平地を苦労して均して広げたのを思い出す。

元々キャンプとは、ラテン語の『平地』、campasキャンパスが由来だ。大学の敷地を表すキャンパスも同じ語源である。


シェルターの中は暗いので、LEDランタンを点けた。


サブとヒコの食事は一日に二回、朝と夜だけだが、今回は激しく動いたし、手柄もたてたので、多目の骨付き肉オヤツを与える。


人間達は早速暖炉に火を入れ、ケトルで沸かしたお湯を使って食事タイムだ。


シェルターで食べる山賊お握りは、殊の外ことのほか旨い。

あれだけ凄惨な戦闘をしたにもかかわらず、皆幸せそうに握り飯を食う。

アマノフーズのフリーズドライ味噌汁も旨い。


食事を終え、しばらく休息する。


外は相変わらず雪が降っている。

雪の降る音と、暖炉の薪が燃える音以外は聞こえない静かな世界。


と、そこにまた天狗倒しが聞こえて来た。


「お、近いな」


食後のコーヒーの湯気を顎に当てながら光作が呟く。

サブとヒコが蹲った姿勢から頭を上げた。


「ん?」


功は持っていたカップを置いた。


「どうした?」


光作も功の様子を見て、異変を感じ取る。


「天狗倒しじゃない」


功は入り口から外を見る。


「用意して!」


アーネスがすぐに指示を出し、荷物を片付ける。

功は飲みかけのコーヒーを焚火にかけて消火した。


「距離は?」


「崖に反響してるのと、雪で掴みにくい。けど市道まではいかないと思う」


「てことは、ここから1km以内だな」


光作は背中に野太刀を背負い、肩からサブマシンガンを襷に下げ、サコーを手に持っている。


「功、天狗倒しじゃないならなんだと思う?」


「分からない。聞いた事無い音する。四つ足?いや、五つ足?分からん。硬い木材を粉砕するような音がしてる」


功は自信なさげにサブとヒコを見る。

二頭共、首の毛を逆立てて臨戦態勢だ。


「亀よ亀。マウンテンガーディアンよ、多分ね。

どんな大木でも蛇みたいな長い尻尾で絡みつけて引き倒して、根っこからバキバキ食べるの」


「うん、正にそんな音がしてる」


「硬いわよ〜。スキルは五角形反射防御ペンタリフレクションシールド

功のシールドとあんま変わんないけど、バチッと全面に隙間なく何枚も並べるの。

厄介なのは中途半端な攻撃だと、リフレクションって言ってこっちの攻撃を正確に跳ね返して来んのよね」


「有効手段は?」


「シールド抜くには15mmは欲しいわね」


「それは厳しいな。俺のサコーの.338フェデラルも、マグナムとは言え9mm無いくらいだ」


「そこで私の出番よね。よいしょっと」


ストレージから出したのは愛用のパンツァーファウストである。


「これなら亀にも通用するの。旧式だけどね。

55mmHEATロケット。成形炸薬弾頭は着弾と同時に前方にメタルジェットをモンロー効果で吹き出すわ。

厚さ30cmの装甲だって楽勝よ楽勝。

ロケット2発しか無いけど、2発有ったら余裕余裕」


《不安しか無い》


アーネスが余裕ぶれば余裕ぶる程不安になるのは何故だろう。


「シールド無くても亀だから硬い奴なんだけど、さすがに頭に撃ち込んだらいくら亀でもお陀仏よ。

多分ね。

攻撃方法は尻尾を鞭みたいにしならせて襲って来るのと、突進しての轢き潰し、首を伸ばしての噛みつき、太い腕での猫パンチね。

図体デカくて動きは尻尾以外はのろいから大丈夫でしょ」


功と光作は不安げに顔を見合わす。

光作も、何となくアーネスの楽天的な無鉄砲ぶりに気付いて来たのだろう。


「実際にやり合った事は?」


「無いわよ。私のお父さんから聞いた話だから」


いかに親子であれ、音に聞く伝説の傭兵『雷帝』エルネストと同列には語れないだろう。


だが、功はもう一つの有効手段を思いついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る