第81話強襲
西側の岩場を登り、雑木林の中の様子に注意しながら大きく回り込む。
幸い、この先には谷地を仕切る屏風のように切り立つ岩があり、そこに隠れて進む事が出来るので、然程難易度は高くない。
だが、所々雪が積もっているし、凍結しているところも有る。充分注意して進む。
《懐かしいな》
僅か数年前の事だが、とても懐かしい。
あの頃は海外のブッシュクラフターのネット動画を見て、ひたすら真似をする毎日だった。
両親と祖母が突然事故に遭い、帰らぬ人となった。孤独感と悲しみに浸れば余計に惨めな気がし、それならばいっその事、本当に独りになってやろうと山に入った。
あの時の自分の心境が今となっては理解出来ないが、思春期とはそんなものだろう。
都会の神戸から転校して来て、田舎の学校に馴染めなかったのもある。
家からも遠く、通学にはバイクが認められた。それ故に田舎の不良に目を付けられ、ケンカ三昧の毎日でもあった。
功の黒歴史である。
元より光作の影響で野営はお手の物である。
尚且つブッシュクラフトは、今時のキャンプと違い、いかに既製品のギアを使わず、最低限の道具だけで過ごすのかがロマンの遊びだ。
金の無い高校生にはうってつけだったのである。
ナイフ、斧、
サブとヒコがついて来る日も有れば、本当に独りの時もある。
《これが落ち着いたらまたやろう》
心に誓う。
鎧も含めた総重量が20kgを超える装備を身に付けながら、功の足取りは規則正しく続く。
吐く息は真っ白だが、乱れてはいない。
大丈夫、集中出来る。入れる。
後から着いて来ているサブとヒコの緊張まで感じとる事が出来る。
遮蔽となっていた岩が途切れる所まで来た。ここから東に回り込めば奴らの背後が突ける筈だ。
お誂え向きに雪の降りが激しくなって来た。功の鎧は黒とグレイが基調のモノトーンだ。おまけに
雪も粉雪ではなく、重みのある雪なので降りしきる音も奇襲の気配を隠してくれるだろう。
風は殆ど無いが、若干の北風が吹き上がって来ている。功の位置は風下になるので尚更都合が良い。
こっちのスマホは圏外。だからあっちのスマホでアーネスに連絡する。
このスマホは登録した魔力波、つまり自分の魔力が動力源だ。尚且つ同じ世界なら全素が薄くても使えるらしい。
アンテナ4本ではなく、2本位の感じだろうか。通話とストレージくらいなら問題ない。
兜をかぶり、スマホとインターフェイスさせる。
「アーネス、位置に着いた。ここからじゃまだ奴らは見えないが、もうすぐそこだ」
『了解、アンタの銃声合図にこっちも動くわね』
「了解」
功は二頭のサーロスウルフホンドをもう一度抱きしめ、ゆっくりと動く。
限界まで近づき、サブ、ヒコを左右に配置し、伏せさせる。自分か、より上位者の光作の命令がない限り、これでこの二頭は岩のように動かないだろう。
功自身は伏せた姿勢から音を立てず、ゆっくりと匍匐前進する。
《見えた》
ジャベリナー達はブナの木の上で、鈴なりになって身を寄せて眠っているようだ。
その姿は茶色のテナガザルそのものだが、顔だけは恐ろしくグロテスクだ。
見ただけで精神がガリガリと削られるような気がする。
蝿のような大きな赤い複眼が頭の両サイドにあり、今は妙に艶やかな肌色の目蓋が半分閉じられている。
小さな鼻と口は大きな目の間に有り、耳らしき物は頭頂部から全周に花弁のように開いている。
《気持ち悪っ!》
こんな気持ち悪い生き物は地球に似合わない。さっさと駆除してしまおう。
数はここから見える限りでは17匹。
初手の射撃で4、5匹はやりたいところだ。
功は跳ね起きて飛び出した。
走りながら両手でケルベロスを保持し、散弾を発砲。今回装填しているのは対人用
中の粒が大きく重い。バックショットの12粒に対してOOバックは9粒だ。バラけ難いが、当たればそのストッピングパワーは大きい。
左手でフォアハンドを保持し、素早くレバーを操作、発砲を3回繰り返す。
既にジャベリナー達は目覚め、もうこちらを認識している個体も居る。
サブとヒコはまだ待機だ。相手の攻撃を見せねばならない。
《来た!》
スキルの起こりが分かり難い!だが、何となく魔力の揺らぎのような物が見えた。
ジャベリナーの頭上に一瞬
腕を振り上げるだとか、指先でこちらを狙うだとかいう動作が無いので分かり難いのだ。
投槍猿と言うより、移動砲台猿だ。
《うおっ!速っ!!》
しかも想定していたよりも速度が速い!
狙いは正確だが、何とか初撃は避けられた。功の背後の椋の木の幹に刺さり、樹皮が弾ける。
《威力は思ったより無いな。そうか、全素が薄いからか》
もしまた向こうの世界に行き、このジャベリナーに出会ったら、威力は三倍増しだと思った方がいいだろう。
会いたくはないが。
「サブ!ヒコ!」
騒ぎ出したジャベリナーの群れに、二頭のサーロスウルフホンドを
二頭は弓から放たれた矢のように、地上に降りたジャベリナー達に突っ込む。頭のいい彼らはちゃんと雨霰と飛んで来る
喉元に喰らいつく迫力を見ると、つくづく狼犬が味方で良かったと思う。
樹上に居る奴らに発砲し、落とす。
「うおっ!」
光の槍がカーブして功を襲う。思わず声が出た。
《曲がんのかよっ!》
曲率半径は小さいが、野球の変化球くらいには曲がる。
驚いたが、逆に言うと驚いただけだ。被弾は無い。
だが、ジャベリナー達は同士討ちなど気にしていないのだろう。
しかもこのジャベリンは背後からだと気配が無い。発射音も空気を切り裂く音もしなければ、匂いも無い。
厄介過ぎる。
光作とアーネスの射撃で確実に一匹づつ減って行っているのが救いだが、功の弱点が露呈している。
遠間から攻撃されると為す術が無い。無い訳ではないが、非常に弱い。
まだこの間合いだから今回は何とかなるが、これがライフルの間合い(150m以上)だと、本気で手も足も出ないだろう。
持っている武器の性格もだが、僅かな実戦の間に功自身が接近戦に特化し過ぎている。
だが、その為に仲間が居るのだ。
ガイストなどは接近されると逆に赤子同然だ。万能戦士はフィーくらいだろう。
功も自分の弱点を痛感した。
《やっぱり遠距離も練習しよう》
だが、その前にこいつらの始末だ。
ヘキサシールドを正面に張ってしまうと、こちらの攻撃も出来なくなる。
なので鎧のスペックを信じて乱射しながら二、三発貰う覚悟でさらに突っ込む。
《来る!》
左からカーブを描いて光の槍が二本、右からは一本、正面やや上からフォークボールの軌道で一本。
シールドを左側の攻撃に対して展開。二本を受け止め解除。右側の攻撃もシールドを展開。
正面からの攻撃は、
《ダメだ!間に合わない!》
気合いで左手のアームガードで弾く!
木刀でぶん殴られたような衝撃が有るが、ゴーレム装甲はいい仕事をしてくれた。
前腕が多少痺れた程度でほぼノーダメージだ。
そのままケルベロスを発砲。
サブ、ヒコ共に奮闘しており、ダメージ無く戦っているようだ。
攻撃を自分に集中させる為に、功はさらに暴れ回った。
2、3匹が固まっているところに突っ込む。
《エクステンション》
銃剣として取り付けたケペシュが、薄蒼く発光する。刃渡り50cm程の実体剣が蒼い燐光を纏った。その光が倍近く伸びて光のブレードを形成する。
功はさらに魔力を込める。
ペネトレートを限界突破で使った時に、パワーアップした手応えがあった。
なら、ひょっとしたらエクステンションも何か進化するかも知れない。
それが今回試したい事。
《来た!》
力の限り魔力を込めると、光のブレードが輝きを増し、より長く、大きくなる。
ジャベリナーの攻撃を肩当てで弾き、そのまま突っ込み長巻き銃剣を薙ぐ!
一匹目の腰から入ったブレードはそのまま胴を断ち斬り、二匹目の脇腹に入る。
通り抜けたブレードは三匹目の首から斜めに跳ね上がり、耳に抜けた。
ブレードが元のエクステンションの長さに戻る。ハイエクステンションの状態を維持するのは難しいようだ。
血煙を上げ、上下に分かれるジャベリナーを蹴り飛ばし、ケルベロスのレバーを頭上でスピンコック。
左手でホーネット を抜き、サブの背後から狙いをつけている個体の頭を吹き飛ばす。
何処からか、胸に一発貰うが、ブレストガードは最も装甲が厚い。ダメージは無いに等しい。少し咳き込んだだけだ。
無視して狙撃班に任せ、ヒコと組み合っている奴に駆け出して蹴り上げる。離れたところでサボットスラグを発砲。
振り返り、アーネス等のいる岩場に向かって逃げるジャベリナーにスタンブルマインを仕掛け、転んだ所をOOバックで撃つ。
気付けば周囲は静かになっていた。
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