第80話狩人達

「その亀?マウンテンガーディアンはエンジェルグリーンってのは食べないのか?草食なんだろ?」


「食べるわよ。だけど種子とか球根は食べないで埋めてるのよね。若い芽も食べないし。

解ってる奴なのよ、SDG'sっての?昨日テレビでやってたけど」


どうやらあれから客間のテレビを見ていたらしい。そう言えば朝食の支度の時に流行りのK'POPを、可愛く尻をフリフリしながら鼻歌で歌っていた。

K'POPには世界を問わず、若い女性を惹きつける何かが有るらしい。


それはともかく。


「異世界の魔物の方が地球より進んでるんだな」


光作が感心したように言うが、自然界とはそんなものだろう。人間が考えるよりもよく出来ているのだ。

人間はそれを壊す事しか出来ない。


「私達も見つけても全部は採らないしね。ま、今回はこっちの世界に残しておいても、全素足りなくて腐るだけだから、根こそぎ貰って行くけどね」


さすが、魔王アーネスである。どっちが悪者か分からない。

ラッキー、ラッキーと浮かれるアーネスには、取らぬ狸の皮算用という言葉を贈りたい。






樹上の痕跡はいくら功でも追いきれず、徒歩で慎重に山に入る事にする。


功、サブ、アーネス、光作、ヒコの順だ。


バックアタックも功の警戒範囲内なので、あまり心配する必要は無いが、念のためヒコを殿に配置する。


だが本当はそんな必要もなかったのだ。

何故なら、光作も実は凄かったのである。


何年も野生動物を追っているだけあって、その観察眼と勘の鋭さは最初の頃の功を遥かに凌駕している。


さすがにスキル、ウルズセンシズをパッシブで駆使する功程の非常識さは無いが、経験に裏打ちされたその慧眼には若造の付け入る隙は無い。


功は必死で魔物の痕跡を探し、つい元から生息している野生動物の跡などをスルーしていた。


ところが、光作は功がスルーしてしまった鹿や猪の足跡から、状況を推測していくのである。


「功、ちょっとここを見ろ」


光作が功を呼び止める。


「え?何か有った?俺見逃したかな」


慌てて功とサブが戻って来る。


光作は蹲み込んで地面を指差した。


「鹿の足跡と糞だ」


功も光作の隣に蹲む。


「ああ、これなら俺も見たけど。メスのグループで7、8頭、南東から来て北に向かってる」


ニホンジカはオスとメスの群れに分かれて行動する。


「うん、だけど足跡が新しいだろう?泥の跳ね具合と、糞の乾き具合から見てそんなに時間は経ってないな」


鹿などの草食動物の糞は、丸くコロコロとしている。

自然界で危険なのは、寝ている時、食事をしている時、排泄している時だ。

犬や猫のように踏ん張っていては、外敵に襲ってくれと言っているようなものなので、こうした弱い動物は、走りながらでも排泄出来るように、丸くキレが良い糞をするのだ。


「うん、2時間は経ってないかな。それが?」


功には何が問題なのか分からない。ただ、鹿が通ったな、という認識しか湧かないのだ。探しているのは魔物なのに。


「ニホンジカは一般的に言われているような夜行性じゃない。薄明薄暮性と言って、日の出時間と日の入り時間に活動する生き物だ。

行動範囲も決まっていて、通る道すら殆ど同じ。

陽の高い時間や夜は寝屋ねやで休んでいる場合が多い。

今はもう昼近くだ。その時間に鹿が群れで動いている。足跡の深さと間隔から言ってかなり急いでるな。逃げていると言ってもいい」


夜にうろつく鹿は人間と鉢合わせしないように、鹿の方が時間をずらしているのだ。

勿論奈良公園の鹿はその逆、人間に餌を貰う為に生活リズムを変えている。


「そうか、つまり南東に行けば鹿が逃げ出したが有るかもって事か」


「それにこの慌てっぷりだ、そのからそんなに離れてないと思った方がいいな」


アーネスは2人の会話について行けない。目を丸くして聞いている。

アーネスもPMSC協会の依頼で狩りはするが、基本的にアーネスは戦士のカテゴリーでは無い。

アーネスは治癒者なのだ。


これでも。


「そっか〜、やっぱ勉強になるなぁ、すっかり見逃してたよ」


「何、お前の歳であれだけの情報が拾えるんだ。どれだけ伸びるかこの先が楽しみだ」


立ち上がった光作は功の肩をポンポンと叩く。


「精進します」


功も素直に頷く。やはり長く経験している老練な祖父には敵わない。知識と経験の蓄積があってこその物だ。

スキルを得ただけでなんでも完璧になる訳ではない。魔力でブーストされた功とはやはり地力じりきが違う。


しかし、だとすればここからは更に油断出来ない。

サブに足跡を辿らせ、功は背中からケルベロスを抜く。ケペシュも最初から着剣しておく。


流石はドクである。着剣して重心が変わっても、それはそれでバランスが良い。

今回はこれで試したい事がある。

勿論舐めプはしないので、出来たら、であるが。


長巻きとなったケルベロスで、枯れた下草をかき分けて進む。


アーネスも愛用のBR-M7Cバトルライフルモデル7カービン『フロントライン』を持ち直す。


前回の時、ストレージにたっぷりと予備弾を用意していた心配症の功と違い、あまり弾のストックが無いアーネスはあくまで予備役兼指示役だ。

無駄弾は使わせられない。


光作はバックアップ。

功の戦い方は予め昨日説明しておいたので、漏れを担当して貰う。


サブとヒコは2人のガードと、囲まれないように後方警戒だ。功より前に出ないように、2人から離れないように指示しておく。

賢い狼犬は忠実に主を守るだろう。


功だけ先行して進む。


《匂いがする》


蒲田さんの納屋で嗅いだ匂いだ。他にも何か死臭もする。捉えて来た獲物の残骸でも放置してあるのかもしれない。


《居るな》


功は灌木の茂みに身体を沈め、耳をそば立てる。


風の音、枯れ葉の落ちる音、遠くから天狗倒しも聞こえる。

天狗倒しとは、枯れ木の根が腐り、自重に耐え切れず折れて倒れる時の音や、凍裂と言って、冬場に木の幹が凍結して裂ける時の音の事だ。昔の人は山で天狗が木を切り倒しているのだと信じたのだ。


キャンプの夜、これが突然聞こえるとかなりビビる。


他にもドングリの落ちる音、枯れた小枝の折れる音、枝のしなる音、キキッという魔物の声。

それらが騒めきとなって功の耳に届く。


《思ったより多いな。10匹どころの話じゃないな。15、いや、もっとか》 


これは面倒だ。一旦後ろに下がる事にする。


「どうだった?」


アーネスから魔法瓶サーモポットの熱いお茶を貰って一息入れる。


「居るな、20匹まではいないと思うけど。亀は分からん。多分居ないと思う」


「ジャベの奴らは夜行性だからね、集まって寝てんじゃない?」


「寝込みを襲うのか」


「ま、やれるのは最初の2、3匹だろうけどね」


「姿は見えたか?」


光作の問いに功へ首を横に振った。


「いや、音と匂いだけ」


「狙撃も難しそうだな。最初に少数倒しても、逃げられたら元も子もないもんな」


光作は地図を出して地面に広げた。

広げた地図に静かに雪が降りてくる。


「とうとう降って来たな。こりゃ積もる前に片を付けないと辛いな」


そう言いながらも現在地を確認する。


「今ここだ」


地図の一点を指す。

地形はよくある谷地で、東に絶壁、西に涸沢の岩場、奥の南に登って行けば功が高校の頃遊んでいた栗林の崖に続き、北に行けば急峻な傾斜を下って麓に向かう事になる。

ジャベリナーが居るのは、南に抜ける傾斜地の雑木林だ。


対して功達が居るのは北側の麓に続く傾斜で、比較的緩やかな場所だ。

立木はまばらで岩場も有り、待ち伏せアンブッシュするには丁度良い。


高校の頃しょっちゅう遊びに来ていたので地形には詳しい。


「こうしよう、俺とサブ、ヒコが西から大回りに回って奴らの後ろに出る。そのまま勢子になって追い立てるから、爺ちゃんとアーネスが迎え撃ってくれ」


「おい、危ないぞ。奴らが追い立てられないで、逆に迎撃されたらどうするんだ?こっちの方が数が少ないなんてのはすぐにバレるだろう」


「そん時はそん時で2人が遮蔽沿いに上がって来てくれればいい」


「それはそうかも知れないが・・・」


「アーネス、奴らって硬いのか?戦闘力はブリと比べてどうなんだ?」


「うーん、私も実際にやり合った訳じゃ無いから人伝てだけど、硬さは無いんじゃない?

アンタが見つけたライオンロックモールみたいな非常識な硬さは無いって話よ。

一匹一匹の戦闘力はブリよりは明らかに劣るわね。

でも、奴らって全員が光子投槍フォトンジャベリン撃って来るから、近づくだけで針鼠になっちゃうわよ」


「速さは?」


「動きはそれなりに速いわね。ジャベリンも、ブリの矢速ぐらいって聞いてるけど」


「成る程」


軽く頭の中でシミュレーションしてみる。

何とかなりそうだ。


問題はサブとヒコにジャベリンが飛んだ場合だが、最初に功に向かって飛んで来るのを見せれば、後は自分達で躱すなりしてくれるだろう。


なるべく功自身がジャベリンを引き受ければより安全だろう。そうやってる内に接近戦に持ち込めればこっちのもんだ。


「よし、それで行こう」


「おい!功!」


「アンタ人の話聞いてた?ヴィリヤッコとは訳が違うのよ」


「ああ、参考になったよ。大丈夫だって爺ちゃん、勝算はありそうだから」


言いながらストレージからHEハンドグレネードを四つと、6mmサブマシンガンSMG-M6ストームブリンガー、そして野太刀を出す。

ハンドグレネード二つをアーネスに、残りを光作に渡した功はサブとヒコを指し招いた。

両脇に首を抱えて二頭の喉元を撫でる。


「よーしよし、お前達が頼りだぞ、怪我しないように頑張ってくれよ。爺ちゃん、それの使い方はアーネスに聞いてくれ」


そう言うと、立ち上がって歩き出す。


「気を付けろよ、功」


心配そうな光作に後ろ手に手を振る。


「まったくもう、無茶ばっかりなんだから」


《お前が言うな》


思っても口には出さない。十倍になって返って来るから。

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