第79話厄介な訪問者

翌朝。


功は寝る前に飲んだヒールポーションの効果か、昨日のような貧血症状は無く、すこぶる快調だ。


朝早く、何事も無かったかのように、2人で朝飯を用意する功とアーネス。

まあ、事実何事も無かったのだから当然と言えば当然だ。


何となく目を合わせ辛いが、意識し過ぎるのも変な感じ。そんな感じだ。


そんな2人の微妙なよそよそしさを感じ取とり、苦笑する光作なのである。


朝飯は光作が趣味として作っている、近所さんから評判の猪ベーコンと鹿ソーセージ、平飼い鶏の卵、羽釜で炊いた白飯、冬野菜の具沢山味噌汁、沢庵である。


米は昼飯の握り飯分まで含めて一升炊いておく。


功が米と味噌汁を作り、アーネスが副菜を担当する。雰囲気に慣れてきたのか、機嫌よく鼻歌まで歌い出して沢庵を切っている。


アーネスたっての願いにより、おかずに猪肉味噌が追加となった。


猪の赤身やスジ肉を挽肉にし、胡麻油で炒り付け、ニンニク、青唐辛子、酒、味醂、砂糖を自家製味噌に混ぜた物である。

お握りの具としても良し、そのまま舐めて酒のアテにするも良し、焼き味噌にして良しのオッサンの友だ。


朝から食う物では無い。何しろニンニク臭いのだ。

だが、これから山狩りである。精を付けるにはいいだろう。

口臭が気になるなら、全員で食べれば良いだけだ。全員共犯なら気にならないのだ。


と、言うわけで全員モリモリ食べる。


若い功は勿論の事、アーネスも別格だが、光作の食事量も70オーバーとは思えない。

まだまだ現役のようだ。


猪肉味噌のお握りと梅干しお握り、燻製アメゴフレークのお握りを山程用意する。

手がベタベタにならないように、全面海苔で覆った山賊握りだ。

昼飯はこれにアマノフーズのフリーズドライ味噌汁が有れば完璧だろう。






完全武装姿を、無いとは思うがもし人とすれ違った時に見られるとかなり気まずい。

故に功はデッキバンのオープンデッキで頭からポンチョをかぶって荷物のフリをする。

隙間からファイバースコープを出しておけば視界は確保出来るだろう。


サブとヒコをデッキに乗せると光作は言っていたが(山遊びで泥だらけになった時はそうしているらしい)、やはりもしもの時の後方警戒はしておきたいので、功が乗る事にする。


初めて功の完全武装姿を見た光作は、ポカンと口を開けて驚いた。

その後、功に何度も悪い組織の構成員になったわけではないんだなと確認し、アーネスにも孫が悪い道に進まないように見ていてくれと頼み込んだ。


自分をその道に引き込んだ元凶のくせに、アーネスは胸を叩いて任せなさいと鼻息も荒い。


しかしそれ程までに自分の姿は悪の怪人かと、功は密かに落ち込むのであった。


《今度ドクに会ったらデザインの改善を要求しよう》


固く心に誓う!


まあ、そんなやりとりもあったものの、デッキバンは誰にもすれ違う事も無く、蒲田さんの廃屋が有る山道に辿り着いた。

日陰には所々雪が残っているので、タイヤはスタッドレスだが、チェーンも用意している。


ここからは警戒しながら徒歩で私道を登り、奴らの寝ぐらを探さねばならない。

改めて気合を入れ直して武装を確認する。


冬の事とは言え、二年も放置されていると雑草も生い茂り、かつての田圃も山に飲まれかけていた。


打ち捨てられたような納屋も、もう牛の鳴く声も聞こえず、何となく物悲しい気持ちにさせられる。


「ここには居ないか」


アーネスと光作を外に残し、功とサブで廃屋を探すが、ブリッコーネの跡らしきものは無かった。


しかし、母屋は破られている様子は無かったが、納屋の方ではサブがしきりに匂いを嗅いでいる箇所が有った。


納屋に扉は無く、入口は開放されている。左は農機具を置いていた場所らしく、今はガラクタしかない。

右が牛の囲いで、10頭分程の設備が有った。

サブが警戒しているのはその囲いの中だ。


自分で痕跡を消さぬよう慎重に歩を進め、サブの首を撫でて落ち着かせる。


地面には何も痕跡は残っていない。精神集中して匂いを嗅ぐ。


《獣臭いな。家畜の匂いでもないし、ブリッコーネの匂いでもない》


二年経って牛の匂いがここまで強いはずが無い。何か他の獣だろう。


イタチか、ハクビシンか、タヌキ、アナグマ。

地面に痕跡が無いとなると、イタチかハクビシンかもしれない。

天井を見上げると、新しい引っ掻き傷が太い梁に付いていた。


《イタチじゃないな》


太い梁に爪を立て、雲梯のようにしてぶら下がりながら移動した跡だ。


《体重は30kg前後、腕が長いな1mはある、爪は三本、三体分の跡か・・・》


どうやらこっちの動物ではなく、あっちの魔物のようだ。


糞などは無く、ここを住処にしている訳では無さそうだ。通りかかって漁っただけのように見える。


功はサブを連れて2人の所に戻った。


「ブリッコーネじゃないあっちの魔物の痕跡があった。三つ指で、ぶら下がりながら移動する体重30kg前後で腕の長い何か。少なくとも三体」


アーネスはその特徴を聞き、しばらく考えこんだ。


「多分あれかな?ジャベリナーか、首狩り大蝙蝠」


「なんとも物騒な名前が出て来たな。投槍兵ジャベリナーか首狩り大蝙蝠?どんな奴だ?」


「そのまんまよ。ジャベリナーは猿ね、スキルで光系の槍投げて来るのよ。速いわよ〜!大体30mから40mってとこかしらね。首狩り大蝙蝠もそのまんまね、でっかい蝙蝠。超音波いきなりぶつけて来て五感狂わされた所に爪で首取りに来るの。どっちも群れで行動するから面倒ね」


「まったく、LCWにはロクなのが居ないな」


うんざりといった様子で功は眉根を揉む。


「功、お前、そんな世界に行ったのか?何回も?」


光作も驚きを隠せない。


「自分でもよく生きてるなって思う。アーネスや向こうに居る仲間達が居なかったら何回も死んでるよ」


あまり祖父に心配は掛けたくないが、正直に言っておく。下手に嘘をついても、お喋りアーネスが居るのですぐバレるだろう。


光作が改めてアーネスに礼を言っている。アーネスも珍しく恐縮しきりの様子だ。


功は謎の魔物が何処から来たのか続けて探る。

蝙蝠なら空でも飛んで来るのだろうが、猿なら侵入経路があるはずだ。


裏に回ってみると、屋根瓦が一部破損している場所があった。


《あのけやきの木から飛び降りるとあそこになるな。屋根を伝って中に入ったか》


そう推理して辿ってみると、確かにそんな跡が有る。


「蝙蝠じゃない方だな。あの大欅から飛び移った跡が有る」


帰りも同じルートで帰ったのだろう。欅の木にも途中から飛びついて登ったような爪痕が残っていた。


「樹上を移動するのか、この辺りは植林されてない原生林だから移動もし易いだろうな」


光作が森を見上げながら呟く。


枝打ちされた杉林と違い、好き放題に枝を伸ばしたブナや楢などの、所謂ドングリの木がこの辺りは多い。

樹上を移動するなら、手掛かり足掛かりは多いので便利だろう。


「他にも居るって思った方がいいかもね。多分広範囲に地形転移フィールドトランジションしてる可能性が高いわね」


「益々厄介だな」


「分布傾向とすると〜」


うーんと考えこんだアーネスは何かを必死に思い出そうとしているようだ。


「ブリにジャベと来れば、ひょっとしたらあいつも居るかも」


「まだ危ないのが居るのかね?」


光作のうんざりした声に、アーネスは明るく振り返った。


「あ、あいつは大丈夫よ。草食だし、硬いだけで攻撃性低いの。ただしこっちじゃ天敵いないから、一匹居ると手当たり次第に草も木も食べられて禿山にされかねないけど」


「全っ然っ!大丈夫じゃないし」


悲鳴を上げる功。


「どんな奴なんだ?」


対して光作は冷静だ。


「亀よおっきな亀。でも10mは無いわね。体高3m程かな?マウンテンガーディアンって言うの」


「そりゃ亀じゃない、象だ」


「しかも山守ってないし」


「でもこいつが居るって事は、もしかしたら植物系のスキルマテリアルスキマが有るかもよ。有ったら絶対確保よ!」


「何だそれ?」


突然張り切り出したアーネスに、功はまたロクでもない予感を感じる。


「ある特殊な植物は、自然界から直接全素を吸い上げるの。それが結晶化されたのが植物系スキマになるのよ。

この植物系スキルはちょっと特殊でね、治癒、育成系のスキルを生み出すのよね。

スキルだけじゃなくて、葉も花も茎も根も色んな効果を引き出す薬にもなったりするし。

私もそのスキマで身に付けたのよ。勿論素質が無いと吸収出来ないけどね」


アーネス大威張りである。

だが、確かに大威張りしてもおかしくないくらいのレアなスキルであり、素質であり、そしてレアなスキルマテリアルなのだ。


「その亀がこのスキマを生む植物、天使の植物エンジェルグリーンを独占する為に守ってるのよ。スキマはエンジェルグリーンによって様々だけど、全素濃度が物凄く高くて他の魔物を呼び寄せ易いの。

ひょっとしたら、昨日逃したブリも集まってるかもね、奴ら雑食だし。

亀自体は草食だから来た魔物は食べないんだけど、エンジェルグリーン狙うと攻撃してくるわ。

踏み潰したり弾き飛ばしたりして追い散らすのね。ジャベは完全に肉食だからその手伝いしてお溢れに預かるって共生関係にあるのよ」


「成る程ね」


「探すわよ」


生き生きとしたアーネスと対照的な男2人。

どの道探すしかないのだと諦める。


「「了解」」


功と光作は疲れたように山を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る