第78話野太刀と干し柿と男と女
「もしもの時とトドメ刺しには使えるだろ。槍代わりだ」
何でもないように言うが、先祖が平家の
真偽は定かでは無いとは言え、簡単に持ち出していい訳がない。
文化財的な意味でも、法的な意味でも。
刃渡り四尺(約130cm)、無銘ではあるが、反深く身幅の広い大帽子の剛刀である。
柄まで含めると身長175cmの光作と変わらない全長が有る。
この手の武器は、重さそのものが攻撃力に直結する為、かなりの重量だ。
それを軽々と持つ筋力も、軽々と持ち出す神経も、実はかなりぶっ飛んだ人物なのかもしれない。
流石に功も呆れたが、光作がいいと言うなら仕方がない。ストレージに入れておくだけなら問題も無いのだから、黙って預かっておく。
「さて、続きは飯を食ってからにしよう」
時間もいい時間だ。皆んな昼飯を食べていないのでそろそろ空腹も限界だ。
功もさっきまでは食欲は無かったが、意識すると腹が減って来た。
夕食は昨日に引き続き、囲炉裏を囲んでの鍋だ。
このうち原木椎茸は炭火でバター醤油焼きにもする。日本酒を少しかけてやるのが美味しく焼く秘訣だ。
ただ、状況が状況なので、飲むのはやめておく。
帰って来た時、玄関先に川魚のアメゴ(アマゴ)が何匹か吊るされていた。多分川崎さんの若旦那(55歳婿養子)だろう。
勿論囲炉裏で美味しく塩焼きにする。
平飼いの鶏の卵で作った〆の雑炊は、一つの究極と言っても過言ではない旨さだ。
アーネスもご機嫌で頬張っている。相当気にいったようで、功の倍近くは食べているだろう。
ついには光作が漬けた沢庵と、猪肉味噌だけで白飯二杯いっている。
呆れた食欲だ。
光作は嬉しそうにその光景を見ている。
サブとヒコには茹でた猪と鹿の骨付きスネ肉だ。量はたっぷりと有る。
ようやく胃に入らなくなったらしく、やっとの事でアーネスは箸を置いた。
それでも食後の干し柿は食べているが。
《コイツの胃は全素界にでも繋がってるのか?》
エイヴォンリーに居た時より、明らかに体重が増加傾向に見えるが、指摘する程野暮ではない。
ただ、より曲線が魅力的になり、少しだけ意識するようになってしまった。
食後のお茶も済み、功とアーネスで洗い物も終わらせて、いよいよ作戦会議である。
床に大きな地図を広げてそれを囲む3人と二頭。
「あの大きさの化け物が隠れられそうな場所は三つある。一つはご先祖が隠れ住んだとされる言い伝えがある洞窟だ。今は崩落が危険で触ってないが、一昔前は氷室にしていた所だな。奥には地下水も溜まってる。功も知ってるだろう」
地図を指しながら光作は昔話も披露する。洞窟と言っても大した物ではなく、せいぜい奥行き50mほどの分岐も無い岩穴である。
「ああ、あそこね、子供の頃勝手に1人で探検しに入って大目玉食らった所だろ?」
「そうそう、家の懐中電灯持ち出してな。8歳の子が1人であんな所まで行くなんて大人には考えられなかったな」
「昔からアンタってそうなのね」
「もういいって!それから他には?」
脱線しそうになるのは分かっていたので、素早く修正する。
「この谷間だな。石灰岩の岩場が迫り出して屋根みたいになってる場所で近くに沢も流れてる」
「栗林の奥の山?鉄塔の近くの」
「よく知ってるな。そうだ、あそこだ」
「高校のころよくブッシュクラフトで遊んだ場所だ」
またアーネスが何か言いそうに口を開いたが、開いた瞬間に干し柿を口に突っ込んだのでセーフ。
だが、干し柿は後10個しかない。足りるかどうか不安だ。
「最後はここだな」
光作も呆れながらその光景を見ていたが、何も言わずに最後の場所を指した。
「あれ?蒲田さん家じゃなかったっけ?」
光作が指した場所は民家だ。
「ああ、一昨年亡くなられてな。今は廃屋なんだ。あそこは井戸もあるし、牛飼ってたから納屋もでかい」
地図を見ると、光作の家から南西の辺りにバラけており、被害を受けた佐藤さんと武藤さん、それから鹿の首が見つかった市道もそのエリアにある。
功はサブとヒコとアーネスに干し柿を餌付けしながら、こっちのスマホで天気図を見る。
アーネスもやっとお座りを覚えてくれたようだ。助かる。
「雪降りそうだな」
四国に雪とは意外かも知れないが、ちゃんとスキー場だってあるのだ。
霊峰劔山の冠雪した姿は、富士山にだって負けてないと功は自負している。
徳島県民心の山なのだ。
功は三年しか住んでないが、心は徳島県民なのだ。
まあ、それは置いといて問題は何処から捜索するかだ。
「最初に蒲田さんの家から行って、そのまま車を止めて徒歩で山に入ろうと思う」
光作の提案に成る程と頷く。
蒲田さんの家から功が遊んだ谷を抜け、鹿の首が見つかった市道を少し通って洞窟に至るルートが効率的で、一番楽だろう。
念のため光作の買い置きから、それぞれ三日分の登山用のフリーズドライの食料やインスタント食品、高カロリーの行動食を用意する。
水は渇水期とは言え、吉野川水系の沢が流れているので、携帯浄水器さえあれば最低限で充分だ。
浄水器など無くても平気な位だが、一応持って行く。
武装は功とアーネスはいつもの装備だが、光作は
それだけでは少し心許なかったので、功は現地でサブマシンガンを預ける事にした。
6mmのソフトポイント拳銃弾だが、魔物素材の強化フレーム採用で重さも1.5kg弱と小型で軽量だ。30連マガジンも三本有るので護身用には充分だろう。
これでまあ、何とかなりそうではある。
後は他の魔物等おらず、あのブリッコーネ二匹で終わってくれている事を祈るばかりだ。
ただ、干し柿を残らず食べ終えたアーネスがこんな事を言い出した。
「まあ、他の魔物が仮に来てたとしても、この環境じゃ繁殖も出来ないし、多分長生きも出来ないと思うけどね」
「何でだ?」
「こっちって全素濃度が薄過ぎんのよね。魔物って全素濃度薄いと存在が危うくなるらしいのよ。ほら、高い山登ると酸素薄くてヤバいらしいじゃない。登った事無いから知らないけど。あんな感じらしいわよ」
相変わらずの曖昧さだが、本当なら少しは救われる。
「順応したりはしないのかな?」
光作の危惧も尤もだ。が、アーネスはあっさりと切って捨てた。
「そんなすぐには無理じゃないかしら?ちょっとこっちは私でも分かるくらい薄いもの」
「お前は大丈夫なのか?」
ふと心配になった功はアーネスに確かめた。コイツも全素濃度の高い世界から来ているのだ。
「私を魔物と一緒にしないでよ。人間と魔物は身体の構造って言うか、全素配列が違うのよ。魔物が人間を含む動物と何が違うって、決定的な所がそこなんだから。
魔物や妖精なんかは、より全素界に近い存在で、だからこそ魔法とかスキルの源になってるの、まあ、そう言う風に言われてるの。
エルフ種やドワーフ種も妖精に近いっちゃ近いけど、身体の構造は完全にこっち側だしね。
あっち寄りのこっちって感じ?
難しい事分かんないけど。帰ったらドクにでも聞いてみて」
「何の事やら・・・」
光作にはお手上げの理論展開だが、功には何となく理解出来た。
「へぇ、そうなんだ」
「魔物が獲物を襲って食べるのも、経口摂取で獲物の体内の
興味深い考察だが、今はアーネスが何とも無いならそれでいい。魔物が増えないなら尚いい。
それからはそれぞれが装備を確認し、アーネスは空き部屋を与えられ、
アーネスを部屋に案内し、2人で客用の布団を畳に用意していると、アーネスが何か言いたそうにしているのに気付いた。
言いたそうにしている割に何も言わない。非常に珍しい現象だ。明日は槍でも降るかもしれない。
だが、実は功もそうなのだ。何か言いたいのだが、言葉が出て来ない。
何故アーネスの方がこっちに転移して来たのかと言う疑問も勿論有る。
だが、最早ここまで来ればお互いに運命だの宿命だのと、安っぽくはあるが何らかの繫りを意識せざるを得ない。
そしてお互いに会いたかったと言葉にすれば、なんだか薄っぺらくなりそうだし、わざわざ言うのも照れくさい。
共に言いたい事が有るのに言葉に出来ないもどかしさ。
布団を用意し終わっても、何となく後ろ髪ひかれて立ち去り
もどかしいような、でもこれでいいような。
ちょっとだけ目が合う。
瞬間に思い切って右手を延ばす。
自分に延ばされた手に自然と指を絡める。
少し強引に抱き寄せる。
抵抗せず自分から胸に収まる。
左手を腰に回す。
胸に当てた顔を上げ、少し背伸びする。
見つめ合い、お互い顔を近づける。
「ウォフ」
ヒコに邪魔される。
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