第77話顛末の報告
「功、大丈夫なのかっ?」
投げつけられたライフルを持ち、動揺するしかなかった光作は、何とか起き上がった功を見てその場に膝を着いた。
サブがそんな光作に寄り添う。
ヒコはまるで礼を言うようにアーネスの顔を舐め回し、功にも頭を擦りつけている。
頭の良い狼犬は、功を助けたのがアーネスだと本能で分かったのだろう。
「爺ちゃん、ごめん。心配かけた」
「心配どころの話じゃないぞ、功。老い先短いんだから、これ以上寿命を縮めんでくれ」
「悪い」
光作はようやく少し落ち着いたようだ。
「怪我は大丈夫なんだな?それについても聞きたい事はあるが、とにかくこちらのお嬢さんは?」
明らかに功とは知り合いだ。名前で呼び合っていたし、今でも抱き合っている以上、それなりの関係であると思っていいだろう。
しかし、分からない事だらけだ。
年の頃は功と同じくらいだろうか。
なかなかの別嬪さんだが、外人さんの歳は分かりにくいので実はもっと若いのかもしれない。
だが、それはいい。
問題は、このお嬢さんが完全武装な事だ。
軍人が着るようなタイガーストライプの戦闘服の上に、鎧のようなプロテクターを着け、腰には長剣と拳銃、おまけにフルオートの軍用らしきライフル。
そしてもう一つ。
このお嬢さんは、あの重傷の功をどうやって治したのだ?
功も頭が些か混乱している。
また死にかけて、気づいたらアーネスがこっちに来ている。
どうせ考えても分からないのだろう。
この現象には本当に納得いかない。
功は説明しようとして、その前にやらないといけない事があるのを思い出した。
「あ〜、その事については必ずしっかりと丁寧に説明責任を果たし、国民の皆様にご理解頂きたいと思います・・・」
言いつつ、アーネスと抱き合ったまま何とか立ち上がる。ポーションの血管注射と経口摂取で頭がフラフラだ。
アーネスも功を支えるように、また功に支えられるように立ち上がる。
「おい、功、それは何も説明する気が無いって意味だろう」
「冗談だって、でもちょっと落ち着いた場所で話したい。取り敢えず紹介だけしとく。この
「さっきはごめんなさい、功のお爺様?生意気な口きいちゃって・・・。アーネス=アッテンボローといいます。よろしくお願いね」
アーネスも急激な魔力の使い過ぎか、少しふらついている。それでも珍しくしおらしげに挨拶をした。
功も多少ふらつきながら、光作が抱えていたアーネスの銃を受け取る。
「ああ、緊急事態だったからね、気にしないで下さい。こちらこそ孫が世話になってるみたいでありがとうございます。功の祖父の木下光作です。孫を助けてくれてありがとう。本当にありがとう」
こんな時でも日本人である。深くおじぎする光作にアーネスは逆に慌てて手を振る。そんな2人に功は割って入った。
「爺ちゃん、ごめん。今は時間無いんだ、後で落ち着いてからにしよう」
《ダメだ。血が足りない、流し過ぎたな。後でもう一回ポーション飲んどこう》
アーネスの腰の弾帯からショットシェルを数発抜き、ボックスマガジンに装填、チャージングボルトを引く。
動く度に身体中にこびりついた血がぬるぬるして気持ち悪い。おまけに冷えて来て冷たい。
自分の血で風邪をひきそうだ。
ここは一旦帰って、体制を立て直してからじゃないとどうにもならない。
そんな事を考えながら、地に転がって未だ死に切れていない頭の半分が無くなったブリッコーネの腰椎を撃つ。
「おいっ!功っ!」
何の躊躇いもなく謎の怪物にとどめを刺す孫に、光作は肝を潰した。
しかも、孫は銃の扱いに習熟しているように見える。
「これも後で俺に分かる範囲で説明するから。
とにかく爺ちゃん、こいつらは生かしておくとかなり危ないんだ。熊どころの話じゃない。下手したら村が全滅する。今は無理にでも俺を信じてくれ」
光作が重傷を追わせたブリッコーネも、逃げようともがいていたが、追いかけて撃つ。
功がペネトレートブレイクで刺したブリッコーネは、腰椎までグズグズに破壊されており、即死のようだった。
ライフルをアーネスに返し、代わりにナイフを借りた。
ブリッコーネの首の装飾から、赤いアミュレットを回収した後、手首の逆トゲも削り取る。
魔石も探したが、こちらの世界では魂が凝固しないのか、見つからなかった。
「こいつらここに残しておけないな。どうする?」
功はアーネスに相談してみた。
「残しておけないって言うなら、私のストレージが空いてるから取り敢えず入れとくけど。
て、言うかここどこなの?」
「ああ、アーネス、それについても後で説明するよ。今は急ごう」
今は一刻も早く安全な場所で休みたい。ポーションのお陰か、徐々に回復しているが、正直貧血でぶっ倒れそうなのだ。
アーネスがブリッコーネをストレージに収納するのを見てまた光作が驚く。
さらに功がどこからともなく見た事もない連装ショットガンを出して来たのにも目を剥く。
驚き過ぎて頭が真っ白だ。
一体うちの孫はどうなってしまったのだろう。
いつの間にか某国の工作員にでもなったのかと、本気で心配する光作である。
とにかく3人と二頭は崖を周りこむと、何とかデッキバンまで辿り着いた。
「ごめん爺ちゃん、運転頼む。アーネスは助手席に乗ってくれ。俺はオープンデッキに乗るよ、中に座るとシート血塗れになるし」
「そんな事気にするな」
「いや、後方警戒もしなきゃだからさ」
「アンタ大丈夫なの?外なんて」
「お前が治してくれただろ?だから大丈夫だ。それに爺ちゃんの家は遠くない」
旧道を通れば、道は悪いが沢を迂回して帰る事が出来る。デッキバンは4WDだし、小回りも効く。酷道は地元民も使わないから人目にもつかないし、その方がいいだろう。
ブリッコーネが人目を避けて逃げそうな場所でもあるし、見つける事が出来れば一石二鳥だ。
光作は渋々という感じで運転席に座り、サブ、ヒコも後部席、アーネスも助手席に収まった。
帰りはブリッコーネに遭遇する事も無く、無事に光作の家に帰り着いた。
その頃にはアーネスも自分に起こった事について、何となく理解したようだ。
《何故か爺ちゃんと意気投合してるし》
車に乗り込む前は多少しおらしかったアーネスも、降りる頃には光作の事をもう、お爺ちゃん呼びしている。
なんだかえらい懐きようだ。
「そうなのよ!聞いてよお爺ちゃん、功ったら本当に向こう見ずで、冷や冷やさせられっ放しでねっ!」
「アイツは昔からそういう所があるからなぁ」
「本当に目が離せないのよ。優しい所も有るんだけどね、もう本当に子供なのよ」
《何の話だよ》
「それにこの前なんかもねっ・・・」
「もういいだろアーネス、続きは家に入ってからにしてくれ」
玄関前に着いても構わず喋り散らかしているアーネスを黙らせ、ブーツを脱がせて上らせる。
時間はいつの間にか夕方間近だ。
衝撃的な事が有り過ぎて腹も減ってないが、何か入れないと血が作れない。
でもその前にシャワーを浴びないと、功は血塗れである。
アーネスの顔と髪も実は功の血で血塗れなのだが、簡単にタオルで拭っただけなので、功の後でシャワーさせないとならない。
何とか体裁が整ったのはそれからしばらくしてであった。囲炉裏前のソファでやっと情報開示だ。
まずはアーネスに簡単にこの世界の事を話す。
パーティストレージが使えない事、マナネットが使えない事、よってマナ通販が使えず、弾薬の補充が出来ない事、全素が薄くスキルや魔法が使いにくい事もだ。
アーネス自身もここ数時間の状況を語った。
そしていよいよ光作に説明する番だ。
「実は爺ちゃん・・・」
功はなるべくマイルドな表現を選んで、この秋からの出来事を話した。
勿論光作も話しだけでは信じられないだろうから、もう一度、向こうのスマホを使ってのストレージの実演、ペネトレートを使って、庭石の貫通実演などのパフォーマンスを行い、やっと信じて貰えた。
極め付けはアーネスがまたキュアを使い、ヒコの怪我を完全に治したのもある。
お陰でヒコの懐き加減は爆上がりである。
弟分のヒコが懐いたお陰で、兄気分のサブも家族認定したようだ。
「で、あの化け物達が今回の騒動の犯人なんだな」
「ああ、何でこっちに来たのかは分からないけど、間違いないと思う」
「私も何でこっちに来たのか分からないし」
実は分からない事だらけなのだが、大切なのは、ブリッコーネを野放しには出来ない事。
警察に上手く説明出来る自信も無ければ、信じて貰える自信も無い。信じて貰えたとしても、検証実験や事情聴取などで拘束されるかも知れないという事。
そして警察ではブリッコーネに対処出来ないだろうという事。
他に危険な魔物が転移していないか調べなければならない事。
もし居れば殲滅しなければならない事。
この五つだ。
「だから明日からは山狩りをする」
功は言い切った。
放って置けば犠牲者が出るのは火を見るよりも明らかだ。
「分かった。すまんが功、手伝ってくれ」
「いやいや、何言ってんだ爺ちゃんっ!危な過ぎるから、俺達に任せてくれよっ!」
「馬鹿もんが!孫に危険な真似をさせて、のうのうと家に居れるかっ!
それにここらの山はお前よりも慣れとるからな。奴らの大きさでも潜めそうな場所も幾つか心当たりも有る。
それに幾ら化け物と云えど、水は必要だろう、人目に付きにくい水場も知っているしな」
「でも・・・」
「でもも、何も無いっ!ここは俺の山だ!」
光作はこうなると頑固だ。功が折れるしかない。
「はぁ、分かった爺ちゃん。でも絶対俺達から離れるなよ。サブもヒコも頼むぞ」
二頭の狼犬は、了解したように軽く唸る。
「でも、正直爺ちゃんの装備だと弾数が厳しいんだよなぁ。アーネス、何か持って無いか?」
「私?私のサブウェポンはパンツァーファウストだけど?使う?」
アーネスがストレージから出そうとするのを慌てて功は止めた。
「やめろ、戦争になる」
「威力はあるわよ」
「知ってるから、それは知ってるから。
俺もサブマシンガンが有るだけなんだよな、けどあれじゃ豆鉄砲だしな」
「何、大丈夫だ。軍用みたいに連射は出来んが、俺にはサコー85グリズリーと.338フェデラルが有る。
あれなら羆もいけるからな。ベレッタもスペーサー外せば弾倉内に四発は入る」
通常、猟に使う散弾銃の弾倉には二発しか入らない。予めチャンバーに入れておいても三発が限度だ。
これは法律で決められている。
ただ、弾倉にはスペーサーというプラスティックの棒状の部品が入っており、これを外すと四発入るのだ。
スペーサーを外して持ち歩くだけで違法となるのだが、通常メンテナンス以外で外す事等あり得ない。
「二丁も持って山歩けないだろ?」
ライフル一丁はスコープと弾フル装填で約4kg〜5kgにもなる。二丁だと倍。いくら山男でも、70過ぎの祖父には負担が過ぎる。
「サコーはお前がしまっといてくれ、そのストレージだったかに」
「それはいいけど」
「それからこれも頼む」
光作は自分の部屋から何やら長細い物を持って来た。
「おい、爺ちゃん」
それは木下家、家伝の野太刀であった。
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