第70話ヴィリヤッコ

悄然と肩を落とし、地面に座り込む3人。


意外な事にアーネスは慰めにも似た言葉をかけた。


「何落ち込んでんのよ。何の訓練も受けてない素人のあんた達が、喚き散らかして逃げなかっただけでも最低ラインはクリアしてんのよ」


あくまでもアーネス流ではあるが・・・


「続けるの?辞めるの?40秒で答え出して」


《何処の海賊のオバさんだよ》


星山と山中は、輪胴弾倉シリンダーが空になるまで撃ち続けたが、ゴブリンは結局一匹も倒せないまま逃げられた。


狩野が突然泣きながら喋り出した。


「お、俺、怖くて何も出来なかった・・・」


「ぼ、僕も怖くて先走っちゃって・・・」


「私も・・・冷静さを欠いて釣られてしまいました」


「で、どうすんの?怖くなったから辞める?」


《言い方・・・》


そう言いたいが、監督責任者はアーネスだ。功に口を出す権限は無い。

監督官とは聞こえは良いが、要するに護衛なのだ。判断を下すのはあくまでもアーネスであり、彼らだ。


「「「・・・」」」


一瞬だけ3人は昏い眼を見交わし、再び諦めたように俯く。

気不味い沈黙の中には、肉体的疲労、精神的疲労、勝手に思い描いていた夢が破れた失望感、木っ端微塵に打ち砕かれたプライド、これからの不安等が詰め込まれている。


「はい、40秒!では続ける事にしま〜す」


そんな空気を全く気にしないアーネスの声が響く。


「「「「えっ?!」」」」


《この流れは中止じゃないのか?》


功までも驚く。


「え、じゃないでしょ。何の為にここまで来てんの?答えが出ないなら出るまで続けるでしょ普通」


「あ、そうなんだ・・そっちなんだ・・・」


「誰か怪我でもした?死んだ?歩けなくなった?」


最早何も言うまい。心に誓う。


「さあ、立って、立ちなさい!山中と星山は脱砲してリロード!全員安全装置かかってるか確認!早〜く!功は同じ弾三十発用意しといて」


まるで何事も無かったかのようなアーネス。


尻を蹴飛ばされた山中と狩野は慌てて立ち上がり、星山も半ベソで襟首を掴まれて立たされる。


「はい次は狩野が先頭、星山、山中の順!行くわよ」


泣きながら追い立てられる3人。

痛々し過ぎる光景だが、これが現実なのだ。

何度も言うが、中途半端な気持ちで命のやり取りは出来ない。


アーネスは継続するかどうかを尋ねた。

彼らは答えなかった。辞める事も出来たのにも関わらずだ。

現状、継続するのに何も問題は無い。彼らの心情以外は。

肉体的に継続可能で、尚且つ精神的にも重篤なダメージを受けてはいない。

彼らは怯んだだけだ。

ならば、当初の目的を遂行するのは当然と言える。


《成る程、ここで辞めるのは『甘え』、か》


この先このまま『甘え』を抱えたままでは、踏ん張りが利かずにいつか死ぬだろう。


功は今まで幸運だった。幸運過ぎたのだ。強く頼もしい仲間に自分も甘えていたのだ。

そう思い知った。

アーネスは強い。





一行は白い息を吐きながら、ただ無言で先へ進む。


3人はそれぞれ思い詰めた表情だ。自分の内面を見つめているのだろう。

その分周囲警戒は全く疎かになっているが、そこまで彼らに求めるのは流石に酷と言うものだ。


アーネスでさえ何も注意していない。

もっとも、彼らが警戒していたとしても、穴だらけではあるが。


「アーネス」


小声で告げる。


「みんな止まって、しゃがむ」


アーネスは隊列を止まらせ、灌木の茂みにしゃがませる。


「7つ、ボテボテと跳ねる音がする。多分ヴィリヤッコだ」


ヴィリヤッコは身体を低く跳ねさせて移動する。虫に近い魔物だ。


動きはゴキブリのように速く、不規則で、熟練の傭兵でも命中させるのは難しい。

だが、農家さんの中には、素早い動きを読んで、撃ち落とす名人が何人も居るらしい。


継続は力なりの見本であろう。

使う銃はヴィリヤッコに特化させた、広範囲に散らばるように絞りチョークを設定したショットガンだとしてもだ。


アーネスは少し考えこんだ。


「功、アンタちょっと見本見せたげなさいよ」


「俺が?」


アーネスは功に近寄り、耳打ちした。


「あの子達、今は自信失くして失意のどん底でしょ?」


「突き落としたのはお前だけどな」


「うるさい。で、今は何やっても自分には無理だ!って悲劇の主人公やってるじゃない。でも、目の前で戦ってる奴の姿を見せたら少しは自分もやるぞって思えて来るかも知れないじゃないの」


そう単純なものではないとも思うが、今の状態の彼らに戦わせても結果は知れたものだろう。


『やっぱり無理だった』


それしかない。


「7匹のうち2、3匹でもやれれば充分よ」


「問題は俺にそれが出来るかどうかだな。かなり臆病で速いんだろ?」


「私が丸腰で囮になれば寄って来るわよ」


何でも無い事のようにアーネスは言う。


「危な過ぎんだろ!」


「覚悟ってのは分かり易く示さなきゃダメなのよ。

私達の仕事は何?アイツらが傭兵になる為の最初のステップを体験させてあげる事でしょ?

諦めさせる事でも他の仕事を勧める事でも無いわ。

決めるのはアイツら、教えるのは私。大丈夫よ」


何が大丈夫なのか分からないが、言うなりアーネスは素早く全ての武装とポンチョ、軽鎧すらストレージに収納した。

奴らは金属臭や、防具に使われている強い魔物素材の臭いに敏感だからだ。


《面倒見が良過ぎる病患者だアイツは!》


怯えていた研修の3人は突然丸腰になり出したアーネスを見て、むしろさらに怯えている。


何やら尋常ならざる事になったと感じ取っているのだ。


「ヴィリヤッコが居るわ。アイツらは臆病で、この人数だと逃げ出す可能性が高いの。

逃げられると近隣の農家さんの畑や家族がまたやられるかも知れない。

だから私が囮になって奴らを誘い出す。

ヴィリヤッコは素早すぎてまだあんた達には無理だから、功にやらせるわ。あんた達は隠れて見ておいて今後の参考にしなさい」


「あ、危なくないんですか?」


「あんた危なくない傭兵の仕事なんかあるとでも思ってるの?馬鹿なの?」


山中の顔面にアーネス節が炸裂する。


アーネスは何の気負いも無く歩き出す。


「クソっ!」


功は兜を被り、喉輪を締める。ポンチョをその場に脱ぎ捨て武装を確認。


ケルベロスは背中に挿してある。ケペシュは右腰、ホーネットと鎧通しは左腰だ。

左右のアームガードの内側には元ペグの棒手裏剣、胸のバンダリアには缶型ハンドグレネードが3つと予備弾。腰のポーチにもローダーとクリップ。


アーネスはみるみる離れて行く。もう既に100mはある。


《気付かれた!》


ヴィリヤッコの動きが変わった。一斉にアーネスの方に寄って来るのが分かる。


功はアーネスと挟撃する形で風下に移動した。


《3人共良く見てろよ、アイツの覚悟!》


功は珍しく苛立っている。口は悪いくせに何も他人の為にそこまでしなくてもいいじゃないかと思う。

だが、それもアーネスなのだろう。


アーネスはヴィリヤッコに敢えて背を見せている。


《クソっ見えた!》


ヴィリヤッコの動きは想像以上にトリッキーだ。

地面を這うような高さで、小刻みに、そして不規則にジグザグに跳ねている。

本当にゴキブリのような動き方だ。


7匹全て視界に収めたが、立木や突き出た石などを足場にして奴らは跳ねている。予測がつかない。


アーネスが奴らに気付き、怯えたような演技をする。


ヴィリヤッコは知能が猿並みに高い、少しは油断してくれるかも知れない。


功は木立の間を駆け抜け、進路をアーネスに取り、ダッシュ!


集中する。視野が広がる。

集中する。色が鮮明になる。

集中する。雑音が消え、必要な情報だけが聞こえる。

集中する。匂いが伝わってくる。

集中する。空気の振動で全体が把握出来る。

集中する。時間がスローになる。


距離は120m、全力で動いてもこの悪者鎧は動きを阻害しない。

数秒で半分まで詰める。

ケルベロスを抜く、チューブマガジンに詰めているのはバードショットだ。ただしフルサイズ。


3匹纏まっているところに発砲。足は止めない。

奇襲は功を奏したようだ。

マナドライブの威力もあり、まるで爆発するように1匹飛び散る。


アーネスまで後15m。


左手でホーネット を抜きかけ、滑らせてケペシュを抜刀。

突如向かって来た個体がいたのだ。


ゴキブリを追っていたら突如飛んで逆襲して来たような感覚だろうか。


バックハンドで掬うように抜き打ちに斬り捨て、右手中指一本でケルベロスのレバーをスピンコック、次弾装填。


奴らは逃げるか一瞬迷ったようだ。


アーネスが地面に倒れる。

ワザとだ。逃げるのを防ぐ為に自分を襲わせる気だ。

功の射線の邪魔にならないようにする為でもある。


だが、そんなアーネスに一匹のヴィリヤッコが飛び掛かる。


《シールド》


そうはさせない。


功はケペシュをケルベロスに着剣フィクスバヨネット、空いた左手にホーネット を抜く。


瞬間。


《あれ?》


一瞬コマ送りのように意識が飛んだ。倒れ込みそうになるのを何とか堪える。


《クソっ!つまずき地雷スタンブルマインかっ!》


ギリギリでたたらを踏んで転倒を避けたが、視界にヴィリヤッコは居ない。


ヴィリヤッコにしてみれば、功の視界から逃れたつもりだろう。


しかし功は見えなくてもえるのだ。


左脚を大きく前に出して急ブレーキ。盛大に落ち葉と土塊を飛ばしながら半身で腰を落とし、ケルベロスは真上、ホーネットは背中に回して右後を狙い、同時に発砲。


いくらヴィリヤッコが素早くとも、何の足掛かりも無い空中では避けられまい。


空中で爆散する2匹のヴィリヤッコ。

柔らかく、水分の多い身体は着弾の衝撃が波紋の様に伝わり、破裂する様に裂ける。


残り3匹。

アーネスの後に2匹、功の左に1匹。


右足を前に出す。

体重移動、蹴り出し、加速。狙いはアーネスの後の・・・


気が付いたら地面に身体が投げ出されている。


踏ん張った所にスタンブルマインが有ったのだ。


《これ腹立つな!》


大事な場面で一コマ飛ばされたような感じだ。


受け身を取り、回転しながら左腕と足で地面を強く跳ねつける。


《空中にはマインは無いだろ!》


遠心力の力を利用して大きく浮き上がる。


アーネスは伏せたままだ。


ケルベロスを功の足元側に居るヴィリヤッコに発砲。

まさか派手に転んだ姿勢のまま撃たれるとは思っていなかったのか、直線的な動きのヴィリヤッコが爆ぜる。


そのまま空中に浮きながら左腕を伸ばしアーネスの向こう、左側の個体にホーネットを発砲。

置き物を撃つ様に砕け散る。


背中から落ちるが、勢いを殺さず跳ね起きる。


最後のヴィリヤッコが、功とすれ違うようにして逃げ出す。


サクッ!


銃剣で横から引き裂いて終わらせる。

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