第71話良い子はマネしちゃいけません

「良い子の皆んな〜、今のは悪い見本ですよ〜、マネしちゃダメなヤツですよ〜」


アーネスの取り繕ったような声すら3人には届いていなかった。

呆けたような顔をして、ぽっかり口を開けている。


最初の発砲からほんの数秒、間違っても10秒はかかっていないだろう。


遠目から見ても、あれだけ素早かったヴィリヤッコ7匹が全滅。しかもただの一発の無駄弾も無い。


「遠くから撃つから外れるんだ。近くから撃てば当たり易くなるのは当たり前だろ?」


「黙れ身体操作変態。自分を人類と一緒にしないで。まさか全滅させるとは思わなかったわよ」





最後のヴィリヤッコを刺した後、功は地面に転がり、ズザザザーっと枯れ葉の上を滑る。


伏せたままのアーネスにぶつかって止まると、いきなりの罵声を浴びた。


「この馬鹿!余計に自信失くさせてどうすんのよっ!」


「は?何で⁉︎言われた通りやったろ?」


「普通の人間はあんな変人反射神経乱舞ガン=カタは出来ないのよっ!これであの子達が余計に落ち込んだらどうすんのよ、意味無いじゃないのよ!半分くらいヤッて追い払えば良かったのに!」


「え〜っ!頑張ったのに」


自分でもまさか全滅させるとは思わなかったが、今回は最初から上手く集中出来た。


あの集中は長くは続けられないが、短時間であれば限界近いポテンシャルを発揮出来るだろう。

その分無理に続けると恐ろしい反動が来そうで怖い。


しかし、スタンブルマインは鬱陶しかった。あれは食らうと腹が立つ。

ショボい割に、使い方次第では物凄く効果的なのだ。

地味でショボくてセコいスキルだから人気も無く、スキルマテリアルも二束三文らしいが、


《是非欲しい》


先に立ち上がったアーネスが功に手を差し出す。それに掴まり、上半身を起こして周りを見る。


ヴィリヤッコの死体は酷い有り様だ。息を止め、脳内モザイクを掛けなければ正視出来ないくらいグチャグチャだ。


「これこのままほっといてもいいかな?」


「いいでしょ。気温も低いし、ゴブも居たから掃除してくれるわよ。あ、スキルマテリアルも魔石も要らないわよ。魔石は小さ過ぎて探すの面倒だし。アンタ欲しいなら自分で切り取ってね」


功は脳内モザイクを強化して、スキルマテリアルを四つだけ切り取り集める。


切り取ってもビチビチと蠢くそれは、ちょっとだけ気持ち悪いが背に腹は変えられない。


3人が隠れている場所に戻りながらスキルマテリアルを使ってみる。


《使えますように!》


サラサラと崩れるスキルマテリアル。


飛ぶ斬撃のような派手でかっこいいスキルは取れないのに、地味でセコいスキルは取れるという現実に、少し落ち込む。


「アンタマジでそんなの取ったの?」


「だって使えそうだからさ。あれ食らってみ?腹立つから」


「知ってるわよ!あの意地の悪い膝カックン。

でも、設置範囲も半径5mくらいって言うし、そんな狭い範囲で悠長に戦闘する奴なんか・・・居たわね、ここに」


「あの3人も使うかな?一応取って来たけど」


「まあ、言ってみれば?知らないけど」





正気に戻った3人には、スキルマテリアルは受け取って貰えなかった。


アーネスの解説と功の力説を聞いたからと言うより、未だピクピクと蠢くトカゲの尻尾の様な見た目が問題だったのだろう。


《凄く使えるスキルだと思うけどな、解せぬ》


功だって気持ち悪いとは思うが、釣りをやっていると案外平気なのだ。

釣りをやっている人全員とは限らないが。


《そう言えば釣りしたいなぁ、コレ餌になるかな?》


そんな事を考えながら功は、一人寂しくスキルマテリアルをそっと埋めるのだった。


しかし意外な事に、3人の眼に少しだけ光が戻って来ていた。


さっきまで3人は、自分達が恐怖で動けなかった事に絶望していた。

そして目の前で鮮やかに、鮮やか過ぎる程の戦闘を見せられ、力の違いを見せつけられた。

だが、彼らの中で今はこう置き換わっている。


『確かに自分達は出来ないかもしれない。でもあの男の方がおかしいんだ』


そしてこうも思う。


『けど、いつかは自分達も・・・』


と、


アーネスの理論は単純且つ明快だ。


『出来なくて当たり前。だから出来るようになるまで努力する』


だ。


『やれば出来る子』はそのままやればいい。


だが、多くの凡人はそうではない。

だがら、目指すのは、


『やりとげる事が出来る子』


である。


それには邪魔なものがある。

変な先入観と下らないプライドだ。


だからアーネスはそれらを最初に叩き潰す。

木っ端微塵に打ち砕いてそいつの素をさらけ出させる。

出来なくて当たり前なのだと自分に思い知らせ、その後小さな成功事例を経験するサポートをする。


小さな成功事例を積み重ねる事によって、あるいは失敗から自らを省みる事によって、人は自信と力を取り戻して行く。

それが『経験』、あるいは『経験値』と言ってもいいだろう。


魔物を倒して幾ら入りました。ではないのだ。

魔物を倒す為にはどのようにしたらいいか、それを考える事すら『経験』なのだ。


このプロセス無くして強者たり得ない。力が強いだけで最強ならば、武術も武器も必要無い。


全てはこの『経験』から始まる。


それがアーネスの父が残した遺訓だ。

アーネスの父の死後、受け皿の無くなった新人達の立場は危うかった。

元から行政の責任として、都市が請け負う事にはなっていたのだが、父の死が突然過ぎて色んな物が間に合わなかったのだ。


アッバスも手探りで新人研修プログラムを作成し、何度も試行錯誤を重ねてようやく形が見えて来たのが現在である。

まだ、確立されていない制度なのだ。


新人研修管理責任者二種であるアーネスの仕事はその補助に過ぎない。


人は自分でしか成長出来ないのだ。


アーネス自身、そう幾度も研修を担当していない。

前回は成功事例はおろか、プライドを叩き潰すまでも辿り着けなかった。


彼ら彼女らは魔物を見ただけで心が折れてしまったのだ。


アーネス1人ではケアしきれなかった。当時助手はサラディだったが、二人共何も出来なかった悔しい経験がある。


サラディだったからダメだった訳では無い。やはり、アーネスも責任者としての『経験』が足りていなかったのだろう。


だが、そうして人は皆成長して行くのだ。


後に、『白衣の暴走猪』『脳筋天使』『ノーブレーキ聖女』『爆烈ナイチンゲール』『罵声の医聖』そして『イカれ女神ルナティックゴッドネス』と呼ばれ、畏れ敬われる事になるアーネスも、今はまだ若い。






それからの研修は順調に進んだ。


漠然とではあるが、なんとなくの目標が見えて来た3人は、午前中とは見違える程の足取りだ。

功の戦闘を見て、アレは無理だと思いながらも、


『将来のカッコいい自分』


を、目指す。

今はこれでいい。

何故なら『今』はカッコ悪いのを知っているからだ。これは大きな成長だ。


「この辺で今日は野営するから」


アーネスの鶴の一声で一同は立ち止まる。

緊張が抜けたせいで一気に疲れが襲って来たのだろう。特に体力の無い星山がヘタリ込む。


「何してんの?立ちなさい。野営するとは言ったけど、休憩とは言ってないわよ」


言いながら星山の背中を蹴飛ばす。


《俺もケツ蹴飛ばされたなぁ》


懐かしいと言える程時間は経って無い記憶だ。こう考えると、アーネスは恐ろしく公平だ。


「じゃ功、アンタが野営の方法教えたげなさい」


功の一番の得意分野だ。


「おう」


冬場は夜露と霜が降りて来るので、その対策は必須だ。そして地面からの冷気の遮断。この程度の気温なら、これさえしっかりとしていれば、後は焚火とシュラフで凌げる。


「じゃ、俺がまずやって見せるからその後同じようにやって」


功はまずなるべく平らな地面を選び、風向きを確認。

場所を確保すると、手頃な太さの木の枝を拾い、120cm目安にケペシュで切り取り、シェルターの支柱を作る。


次いで、着ていたポンチョを脱ぎ、全てのボタンを外すと四角い一枚の布(功のポンチョはマウンテンロックスキッパーの革ではあるが)にする。


元より軍用ポンチョは四角い布にハトメと袖穴、ボタン、フードを絞る紐を付けただけの物なのだ。


地面に広げ、一方の角にあるハトメに適当に切り取った小枝を通し、風上側に地面に固定ペグダウンする。

その対角線上のハトメに先程の支柱の先端を挿し、ロープを張って地面に固定。最後に両サイドをペグダウン。

ある程度風と夜露を凌げるハーフオープンシェルターだ。

ダイヤモンド張りとも言う。


後は床に当たる部分に、針葉常緑樹の若い葉の着いた枝を敷き詰めれば、最低限のクッションと保温性のある床となる。

この上にR値の高い断熱マットを敷けば寝床の完成だ。


支柱の代りに立木にロープを張って吊す方法もあるし、支柱を二股にして開口部を大きく取る方法もある。

それはお好みで、だ。


身長180越えの功では、ギリギリ横になって寝られるかどうかの広さしか無いが、要は眠る事が出来ればいいのである。軍用品に快適さを求めてはいけない。

逆に言うと、この無骨さが良い趣きなのである。


焚火は寝る時に足元に来る場所で熾す。

頭寒足暖と言い、足元を暖めた方が体温を保てるのだ。


今回は全食ミリ飯なので、食事を作るのに特に焚火は必要ではないが、獣避けでもあるし、身体を暖め、心を癒すのに炎というのは絶大な威力を発揮する。


1/fの揺らぎというやつだ。生物の快適性に欠かせないリズム。

炎の揺らぎ、小川のせせらぎ、スカートの揺れ、電車の揺れ、蛍が光る間隔、赤ちゃんが聞く母の鼓動。これらは1/fの揺らぎと言われている。


「この手のポンチョは連結すると、より気密性の高いテントにもなる。三枚をL字型に連結して真ん中に支柱を立てるとフルクローズ出来る。

ま、男3人寝るには狭いけどね」


「いや〜、男3人密室は無いでしょ」


と、いう事で3人はめいめいでシェルターを不器用ながらも立てる。


苦労したのは焚火だ。

ライターがあっても、知識の無い素人が焚火を熾すのは実は至難の技なのだ。  


四苦八苦して苦労して焚火にありついて欲しい。これも『経験』だ。


功はさっさと薪を集め、風防リフレクターまで作って快適性を高めている。


リフレクターは4本乃至、3本の細い支柱の間に横木を重ねて作る焚火の風避けと、熱の照り返しを利用した保温用の遮蔽板だ。

有ると無いとではかなり違う。


功はスマホで天気を確認する。

北の寒冷前線が降りて来て、雪雲が近づいているようだが、今夜一晩は持ちそうだ。

ただし、夜半には少し風が強くなりそうなので、ペグの始末と火には注意させる。


最低気温予想も-3℃。シュラフの限界温度リミットは-15℃で、快適温度コンフォートは-5℃〜0℃。

シュラフとブランケットが有れば余裕で凌げる。


焚火の周りに大き目の石を置き、温石おんじゃくも作っておく。湯たんぽの代わりだ。

石は蓄熱性が高いので、タオルで包み、腰や足の近くに置いて寝ると暖かい。


「アーネスさんは設営しないんですか?」


星山の疑問にアーネスは功のフーチを指差した。


「夜中は私と功のどっちかは起きてなきゃいけないじゃない。なら一つでいいでしょ。言っとくけどあんた達も交代で見張りして貰うからね。今の内に順番決めときなさいよ」


《まあ、慣れてない人間がこの環境で寝られるとは思えないけどな。明日はみんな寝不足だろうな〜》


功は意地悪そうにほくそ笑むのだった。

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