第68話新人スタートアップ研修

新人保護庁の庁舎があるエルバー区は、庁舎街である。

故にこの区には様々な公共の建物が犇いており、その中にPMSC協会の本部もあった。


保護庁の庁舎から徒歩で移動した5人は、本部の受付カウンターで地下シューティングレンジの使用を告げる。


レンジの予約は昨日の時点でクラインバッハさんが入れてくれているので、スムーズに通された。


功だけは別室を借りるので、改めて申請している。


大手は自前のシューティングレンジを持っている所も有るが、ルナティックパーティのような吹けば飛ぶような零細パーティが持っているなど有り得ない。


また、本来ならこのようなシューティングレンジ等使用せず、森で勝手に好きなだけ撃てば良いのだが、今回は研修だ。保護庁持ちで使用する事が予めプログラムされている。

安全を考慮してここを使用するのだ。


まあ、研修でもない限り使用する事はほぼ無い。





少し怖い事を言うアッバス氏が居なくなった事で、プレッシャーから解放されたのか、3人はゴソゴソと喋り始めた。


内装までがヴィクトリアン様式で、どことなく華やかでレトロな印象だが、廊下は閑散としている。


「ギルドって酒場併設じゃないのかよ」


「何か思ってたのと違うね」


「お役所だな、これは」


「ギルドで絡まれるってテンプレも無さそうだな」


「冒険者?傭兵?居なさそうだもんね。朝早いからかな?」


「総合受付だけで窓口も無いもんな。巨乳ケモミミ受付嬢が・・・」


「オッサンまたそれかよ」


この3人は知らないが、実は建物内の各部屋では、早朝にも関わらず、活気があった。

基本365日24時間開いているので、職員は常に稼働している。


魔物の多くは夜行性で、しかもカレンダー等持ってはいない。

なので、休日だろうが夜間だろうが閉まっていると皆仕事にならないのである。

一仕事終えた協会員が報告、素材の転送等をしてくる時間帯なので、むしろ昼間より忙しい。


朝から働いて夕方に終わるようなぬるい仕事は、駆け出しビギナー向けの物しかないのが実情だ。


そして、各PMSCのメンバーが本部を訪れる事は滅多に無い。

何故なら、仕事の受発注、報告から素材の引き渡しまで、大体の手続きはオンラインで可能だからだ。


協会員が来るのは、ストレージに入らない魔石やスキルマテリアル、又は大型の魔物を卸しに来る時ぐらいであろう。


それより何より、普通に考えて役所に酒場が併設されている訳がない。


「無駄口きいてないでさっさと済ませるわよ」


アーネスは、許可が有るまで絶対に安全装置を外すな、トリガーに指を掛けるな、弾が入っていなくても筒先を人に向けるな、等を厳しく教え込み、言う事を聞かないと遠慮無くハリセンで横っ面をぶん殴る。


そんなこんなで、ようやくそれぞれ10発づつ撃たせたのだが、3人とも緊張で余分な力が体に入り、おまけに銃の反動で手や肩が痺れてグッタリである。


そこに、自分の試射を終わらせた功がやって来た。


「そろそろ終わる?」


アーネスは目を怒らせたまま、功を睨みつける。

自分一人に面倒を任せた事を怒っているのだ。


《これはパンケーキコースだな》


このままにしておくと面倒臭いので、アーネスに耳打ちする。


「研修終わったらまた『ミスティ』行こう。俺もパンケーキ食べてみたいからさ。連れてってくれよ、奢るから」


たちまち機嫌が直ったのは言うまでも無い。


「ま、アンタがそこまで言うなら行ってやらない事もないわ」


「頼む。ところで射撃訓練はどうだった?」


「そうね、問題無いわ。ちゃんとに撃つものね。こらっ!ちゃんと脱砲確認したの⁉︎」


モタモタと銃のクリーニングをしている3人を叱り飛ばす。


「初めて撃つんだから仕方無いだろ?ところで支給された弾ってサイズ3/4でバードショットの弱装弾だろ?大丈夫なのか?」


弱装弾とは、通常より火薬量を減らした弾の事だ。

サイズ3/4は、ショットシェルの長さを言い、これも威力がフルサイズより落ちる。


功はフルサイズでより火薬量の多いマグナムショットシェルを使用し、アーネスのアンダーバレルショットガンはサイズ3/4を使用している。


また、ショットシェルの中身は粒が大きく、重くなる程威力が高まる。

功が使用しているバックショットやダブルオーバックは粒が大きく、素材も重い魔物素材で出来ている。


また、散弾だけでなく、大型の魔物相手に絶大な威力を誇るスラッグ弾という弾も有り、これは大きな塊の一発弾だ。

功はバレル内に旋条ライフリングを刻んだ銃身で撃ち出す、サボットスラグという弾も使っている。


口径が同じなら、ほぼ互換性は有るので、用途に応じて使い分けるのだ。

アーネスは護身用、功は攻撃用である。


そして支給された弾は、実包の中でも最低威力の物である。

しかしこれですら、30m以内ならば、人もヴィリヤッコもゴブリンも射殺出来る。

上手く当たればだが。


「素人に強い弾渡せないでしょ?怪我はいいけど死亡したらダメでしょうよ」


《俺ん時にはそんな配慮しなかったろうに》


とは言わない。倍になって返って来るから。


「アンタはどうだったの?」


「うん、やっぱり遠くの的に向かってゆっくり撃つのはなんかね、少し違和感があるな。当たらない訳じゃないぞ。

取り敢えず弾込めが素早く出来るように練習はした」


「アンタ遠くの的を撃つための道具が銃だって知ってる?

ま、いいわ。それじゃ皆用意出来た?脱砲もう一回確認!確認したらストレージにしまう!

そろそろ出発するわよ!」


やっと本番だ。





PMSC協会本部から研修用水陸両用兵員輸送車で現地まで送って貰う。


乗り心地は悪いが、吹き曝しのゴムボートよりは遥かにマシだった。


「至れり尽くせりだな」


「今回はたまたま車が空いてたからね。多い時は公共交通機関使う時もあるわよ。あと近いってのもあるし」


ものの2時間程で現地に到着した一行は、輸送車を降りて取り敢えず一息いれる。


時間はまだ昼前、少し森に入ってから昼食の予定だ。


「時間も場所も予定通りだな」


ソートレイの街の外側を迂回し、そのまま森に来たのだが、遠目に見たソートレイは随分とエイヴォンリーとは雰囲気が違っていた。


エイヴォンリーの建築物はヴィクトリアン様式なのだが、ソートレイは様々な明るい色使いのコロニアル様式で、なんだか華やかな印象である。


《一度遊びに来たいな。バイクで来れるよな》


ぼんやり考えていると、アーネスに仕事モードに戻された。


「何ぼけっとしてんのよ、行くわよ」


「お、おう」


《いかんな、集中足りてないな》


自戒して周囲を探る。


ソートレイ郊外では有るが、ここまで来るともう周囲には畑も人工物も無い。

完全に魔物の領地だと思った方が良い。


荒いダートの路面は薄っすらと先には続いてはいるが、あまり頻繁に使われているわけでは無さそうだ。


今立っているのは森の入り口で、広葉樹と針葉樹が入り混じった雑木で構成されている。


冬とは言え、雪はまだ降ってはおらず、足元は大丈夫そうだ。


耳を澄ませる。

鳥の声、風の音、ドングリの落ちる音、小動物の鳴き声が聞こえる。

異常は無さそうだ。


運転手と帰りの迎えの時間を確認していたアーネスが横にやって来た。


「どう?」


「平和なもんだな、魔物居るのか?」


「居るんじゃない?」


居ても居なくてもどっちでも良さそうな感じだ。

まあ、目的は魔物討伐ではないのでそれでも良いのだろう。


「さあ、最後に荷物の確認はしたわよね。食料と水はバックパックの中、野営動具はストレージの中。全部確認した?したら実包支給するからね。

言っとくけど、ここでもさっき言った注意守らないと、遠慮なくぶん殴るわよ!

水は休憩の時以外勝手に飲まない!

銃の安全装置は外さない!

トリガーに指を掛けない!

人に向けない!

許可が無い限り発砲しない!

喋らない!

音を立てない!

ここからは本気の魔物が出て来るからね、死にたくなかったら言う事聞きなさい!

質問は⁉︎」


山中が恐る恐る手を挙げる。


「は、はい、あの、ここにはどんな魔物が居るんでしょう」


「この森はミュルクヴィズ大森林から少し離れてて、生態系も違ってるから大型の魔物はあまり確認されてないの。居ない訳じゃないみたいだけどね。

奥までは行かないから安心して。

まず一番面倒なのはヴィリヤッコって言う毛玉みたいな魔物よ。物凄く素早いから銃で狙っても中々当たらない魔物なの。でもこいつは臆病で有名で、自分より弱い女子供を襲う上に畑の冬野菜も荒らすから、見つけ次第駆除の対象になってるの。

あと、あんた達の大好きなゴブリンも居るわよ。

こいつらは頭悪いからどんな奴にも寄って来るからね」


3人共に生唾を飲み込む。


「隊列は先頭山中、狩野、星山、私、こ、木下の順。休憩後は3人ローテで入れ替えるからね。では出発!」


《功って言いそうになったな》


「え⁉︎私先頭ですか?」


いきなりの指名に、山中が青い顔をして驚く。


《分かる〜!その気持ち分かる〜!》

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