第67話研修出発
教習を終え、アーネスに迎えに来て貰うのも何なので、水上バスを乗り継いで帰る。
確かにこれはマイカーならぬマイポッドが無いと不便だ。
エイヴォンリーは大都会で、電車こそ走ってはいないが、陸上だろうと水上だろうと交通網は張り巡らされている。
しかし、やはり乗り換えは面倒だ。
アーネスの乗機はごく一般的な軽ポッドで、ほぼスクーター感覚の乗り物だ。
価格も手頃で功にも一括で買えるのだが、やはりSAVスティレットに未練のある功は、免許を取っても暫くは鼻水我慢のゴムボート生活だ。
またいつ日本に帰れるかも分からないというのもある。
手早く島のスーパーで買い物をし、部屋に帰る。
バスの乗り換えで時間を取られたので、今日の晩ご飯も簡単な鍋だ。
昨日も食べたエイヴォンイルカのロースとバラ肉のスライス、鍋野菜(春菊は入れてない)、ポン酢でしゃぶしゃぶである。
冬のこの時期、天然物のエイヴォンイルカは脂が乗っており、蕩ける旨さだ。
白米も購入したので、そちらは別の鍋で炊く。
炊飯器は無いが、焚火で米を炊くのと比べれば、ガスで炊くのは簡単だ。その辺功はプロである。
先に戻っていたアーネスをシャワーへ送りその間に用意する。
世間の共働きの奥様の大変さよ!
今日は一杯のビール付き。
《堪らん》
地物で天然物のエイヴォンイルカの肉は、豚肉に似ている。
歯応えは有るが滋味に溢れて堪らなく旨い。そして安い!
庶民の味方なのだ。
流石食料自給率230%!
《俺も時間が出来たら釣りするぞ》
絶対やると心に誓う。
特にボートで沖に出たい!
明日から一泊の仕事なので教習所は休む事になるが、1日も早く免許が欲しい功は中休みになっても時間が有れば行っておきたいのだ。
晩飯も食い終わり、また2人でソファのまったりスマホタイムである。
帰ってくる時また顔を合わせた隣人が、時折隣の部屋で奇声を上げているが、アーネスは知らんぷりで功の肩に頭をもたれ掛けてスマホに夢中だ。
どうやら芸能関係のスキャンダルを見ているようである。
功の方はいつものお勉強だ。
予定されている研修地はエイヴォンリーから南西に60km程の衛星都市『ソートレイ』。その近郊の森である。
大体の地形、天気図を頭に入れる。
この時期は農作物を荒らすヴィリヤッコという雑食性の魔物が湧き易く、冬野菜を育てる農家さんが、草むしりのかたわら、ショットガンで追い払うのも農作業の一環との事だ。
たまに噛みつかれて指が取れた等の事例が報告されたり、家畜や1人で遊んでいた子供が犠牲になったりと、危険な魔物には変わりない。
だが、基本的にヴィリヤッコは知能が高く、臆病な魔物で、散弾銃で蹴散らして死体の2、3匹も放置しておけば恐れて近寄らなくなる。
直径40cm程の茶色い毛玉に爬虫類の尻尾が生えたような姿をしており、非常に素早い。
硬さは無く、散弾銃の細かい粒のバードショットでも充分倒せるそうだ。
ただし、当たればだが。
こう見えて虫に近い魔物という事だ。
持ちスキルは『スタンブルマイン』。
設置型の罠系スキルで、予め任意の地点に仕掛けておき、対象が触れるとほんの一瞬だけよろめく。
それだけ。
1秒にも満たない刹那に、力がちょっとだけ抜けるのだ。
面倒臭いし、やられると頭に来るが、あまり害は無い。
ただ、その一瞬で奴らは逃げるのだ。
スキルマテリアルは尻尾の先。
無効化出来ないのと、察知はほぼ不可能なのが特性だが、設置して数分で消えてしまう。
当然人気の無いスキルなので、殆ど値は付かない。
肉も毛皮も使えないので、駆除以外で狩る意味も無い。
他にも功でもよく聞くあの有名なゴブリン等も僅かに居るようだが、あまり脅威は感じなかった。注意すべきはその繁殖力で、ゴキブリ並みに増えるらしい。
冬季は巣穴に隠れて滅多には出て来ないらしいが、常に徒党を組んでいるので注意は必要。
スキルも無く、素材も使えず、魔石の買取金額も拾う労力と釣り合わないので、『弾の無駄』と呼ばれている。
また、ゴブリンは魔物食物連鎖の最底辺に位置しており、他の魔物によく捕食される事から「森のイワシ」とも呼ばれている。
「なあ、明日ってゴブリンがメインなのか?」
いつの間にか功の膝に頭を乗せて寝転んでいるアーネスは、スマホを見ながら答えた。
「あの子達次第じゃない?ヴィリヤッコはまあ、まぐれでもないと当たんないと思うけど。
ゴブリンは居ればラッキーだけど、この時期はあまり見かけないのよね。
ただ、何にでもイレギュラーは排除出来ないから注意は必要よ。
最近のニュースじゃ、近隣含めて何も異常は無いみたいだけど。
研修のメインは魔物の怖さと、森の怖さ、命を奪うという行為がどんなものか、命を狙われるという事がどんなに怖いかを知って貰うってのがメインの目的」
「成る程。あの子達にも装備は渡すんだろ?」
「そりゃそうよ、戦闘研修なんだから」
《何か色々と気を付けておかないと事故りそうだな》
この研修依頼が面倒臭くて人気が無いのが良く分かった。
一々気を付けておかないとダメなのだ。
これならガーッと走って行ってバンバン撃ちまくった方が面倒がなくていいと思ったのは、このパーティに毒されて来たからだろうか。
翌朝2人はいつもより3時間も早く家を出る。
朝飯は昨日のうちにアーネスが買って来ていた惣菜パンだ。手抜きだが、量はあった。
事務所に寄り、お互いに完全武装を整え新人保護庁へと向かう。
「あの子達来るかな?昨日かなりびびってなかった?」
「さあ?どうかしらね。来なかったらまあしょうがないんじゃない?他の仕事見つけて地道にやってくしか無いんだから」
等と話していたが、どうやら3人共にまだ少しは根性があったようだ。
昨日の面談室に通されると、早朝というのにガチガチに緊張した3人が居た。
3人は着慣れないタクティカルスーツと防弾ベストを着せられ、壁際に立っている。
筋肉が付いてないのでブカブカに見えた。
3人はまず、昨日とは違うアーネスの完全武装姿に気圧され、続いて入って来た功の悪の革ジャン騎士姿に圧倒されて顔が土気色になっている。
「何びびってんのよ。別に売り飛ばしたりしないからもう少しリラックスしてなさいよ」
相変わらずのアーネス節を炸裂させると、アッバス氏に向き直る。
「ではこちらを」
アッバス氏はテーブルの上の物を指す。
応接テーブルの上には、細長い段ボールの箱が大小三箱づつと小箱が二つあり、アーネスは早速小さい方の箱から物を取り出した。
ナイフである。刃渡りは20cm程、フルタングで、功の見立てでは、良くも悪くもない量産品だ。
簡単なEDCが付いた
アーネスは一々抜いて刃の状態を確かめ、研修の3人に渡す。
「これを腰に下げといて。私か木下監督官の許可が無い限り抜かない事。分かった?」
「「「は、はい」」」
続いて細長い方の段ボールを開ける。
中には新品の黒いショットガンが入っていた。
オルトロスに似ている5発装填リボルビングショットガンだが、こちらは単銃身で、勿論フルサイズだ。
ハンドガンのリボルバーを無理やり細長く伸ばしたようなデザインをしている。
少し安っぽくて華奢だ。
そして思った通り、安くて頑丈
重さは3kg程、意外にも見た目よりも重くて頑丈そうだ。
《さすがM&L社お世話になってます》
そんな安物でも、3人は見るなり目を輝かせた。
幾つになっても男の子は男の子である。
「功、
「了解」
クリーニングでオルトロスやホーネットを何度かバラしたので、大体見ればバラし方は分かる。
完全に分解し、異常が無いかを確かめ、余分なグリスをウェスで拭き取ってから素早く組み上げる。
功が二丁する間にアーネスも一丁フィールドストリッピングを行う。
終わったのを見届けてアッバス氏はアーネスに最後の箱を渡した。
「ではこちら研修用の実包二箱六十発です。全てバードショット弾ですが、これ以上やその他の実包をお使いになられる場合は後程請求をお願い致します」
アーネスは箱の中からランダムに一発抜き取り、良く確かめてから戻す。
「確かに受領致しました。ではこれよりPMSC協会のシューティングレンジで実弾射撃訓練を行い、その後研修地へ出発致します。
研修地はソートレイ近郊の森を予定しておりますが、変更が有れば都度連絡致します」
行動予定は事前に提出しているが、もう一度口頭でも報告する。
「かしこまりました。それでは皆さん、ご安全に!」
アッバス氏は3人に向けて敬礼してみせる。
「「「ご安全に!」」」
ビシッと悲壮な表情で返礼する3人。
自分で選んだくせに、徴兵された兵隊のような顔をしている。
功は手持ち無沙汰だ。何となく居場所がない感じがしていた。
アーネスは3人にショットガンをそれぞれ渡し、ストレージにしまわせる。
「この銃も許可が無い限り取り出さない事」
「「「はい!」」」
「では防寒装備着用後、出発します」
アーネスと功も虚仮威し用に出していたそれぞれの主武器をしまい、ポンチョを羽織る。
3人も慌ててマゴツキながらもポンチョとヘルメットを出して装備する。
「アーネス」
功はある事に気付いてアーネスに耳打ちする。
「何よ?」
「俺、新しいケルベロス、撃った事無いわ。弾も入れてない」
「・・・アンタね・・・」
こうして功もPMSC協会の地下シューティングレンジで射撃訓練する事になった。
ただし、功は別室でだが。
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