第66話カウンターマウント

「レ、レベル?」


功は戸惑った。一瞬何語か分からなかった程だ。


屈んでアーネスの耳に小声で話かける。


「アーネス、レベルって何だ?」


いくら小声で耳打ちしてもこの距離だ。功でなくとも当然目の前の4人にも聞こえている。

アーネスが答えるよりも早く狩野が続ける。


「レベルだよレベル。二ヶ月前に来たセンパイなんだろ?その期間でどんだけレベルが上がったのか聞かせろっての。

取り敢えずの目標になるだろ?ま、すぐに追い抜くだろうけどな。

冒険者なら自分のレベル把握するぐらい基本だろうによ。

あ、それからやっぱり冒険者ギルドって国に所属せずに、自由に活動する組織なんだろ?

アンタらそこから来たんだよな?

俺も早くギルドに登録して冒険者始めねぇと活躍出来ねぇからな」


他の男2人も狩野の話し方に迷惑そうな顔をするものの、功の答えに興味津々のようだ。

女の子の村田だけは、狩野の事を馬鹿を見る目で見ている。


《え?何だ?俺が知らないのがおかしいのか?そう言えばアーネスも後出しでどんどん新事実放り込んで来るもんな》


功が動揺していると、アーネスもアッバス氏も溜息を吐いた。


「功」


「ん?」


「コイツ、この生意気な馬鹿、殴っちゃっていいわよ」


「は?」


「はって何よ、アンタこんな年下のガキに馬鹿にされて腹立たないの?」


「え?そりゃ気分は良くないけど」


これくらいなら功はパリピで慣れている。アイツらの方が話は通じないし、弱いくせに数を頼んですぐにキレて向かって来る。

問題は逆、殴れと言われたのは初めてだ。

助けを求めてアッバス氏を見ると、彼も口を開いた。


「ああ、木下さん、殴っていいですよ。構いません。異世界人でも何でも、人としての礼儀も知らない人物は、戦闘だの何だのの前にマナーとルールを教えとかないとすぐ死にますんで。協調性がないと魔物とはやり合えませんでしょ?」


何でもない事のように言い放った。


功は狩野を見る。


大した理由も無く、味方だと思っていたアッバスの突き放したようなセリフに凍りついている。

アッバスが本気で言っているのが伝わったのだ。


「いや〜、元気があっていいですね!これは期待出来そうだ!・・・なんて言われるとでも思いましたか?

過去にもあなたの様な方は多くいらっしゃいましたが、周りと上手く行かずに皆亡くなりました。

当たり前ですよね、何の実力も実績も無いのにそんな態度で協力を得られる訳が無いじゃないですか。人としてのマナーと協調性は人間関係を形成する上で重要ですよ。

その事を知るのも研修の一環でしょう。だから、殴っていいですよ。

それともここから出て行き、一人で無一文のままハードモードやりますか?」


《いえ、協調性が無いのはウチの一味に幾らでも居ますが、リーダー筆頭に》


とは言わない。一般論としては間違っていないし、アイツらもギリギリのところでは見事な連携を見せるし、何より腕は確かだ。


「いや、でも、俺がこの子殴ると普通に死にますよ?」


数度とは言え、本気の殺し合いをした功には、現代っ子は華奢にしか見えない。

手加減しても、当たりどころが悪ければ簡単に死ぬだろう。


しかし、確かに今是正しておかないと、この子達の為にならないかも知れない。


狩野だけでなく、4人全員が凍りついた。

特に狩野は顔を青ざめさせ、ちびりそうに震えている。

何の実力も後ろ盾も無く、マウントなんて取れる筈もない。様子見のジャブが通用しないのを今更気付いたのだ。


「す、すみませんっ!木下さん!あ、後でキツく言い含めますのでっ!」


山中が立ち上がり、狩野に代わって深く頭を下げる。


どうやらこの何日かで、一応仲間意識らしきものが出来たのだろう。

それとも山中も案外面倒見の良い性格なのだろうか。


「あ、謝んなさいよっ!馬鹿っ!」


村田も泣きそうな顔で狩野の脇を肘で突く。


「ご、ごめんなさい・・・」




まるで人が変わったように大人しくなった狩野は、その後ずっと俯いたまま、話を聞いているのかいないのか分からない状態だった。


他の3人も急に不安になったようで落ち着かない様子だ。


アッバスからこの世界の事を細かに教えられ、それらが纏まった冊子、功の物よりさらに型落ちだが、各々のスマホまで支給されている。


《俺の時より大分親切丁寧じゃないか?》


アーネスはその様子をじっと観察しているようだ。


「それから、先程の狩野さんの質問ですが、この世界に冒険者ギルドは有りません。その代わりと言ってはなんですが、民間軍事会社協会、まぁ、通称ですが、PMSCギルドと言う団体が有ります。

最近いらっしゃる方々が皆さんギルドギルドと仰るので、こちらでもギルドがある程度定着致しましたので、中にはそのように呼称される方もいらっしゃいます。

領軍ではカバー出来ない事を、荒事あらごと専門で対処して下さる民間の組織、勿論都市行政のに組織された団体です。

この世界ではどこの都市でも強力な武装集団を行政の管轄の及ばない所で野放しにはしていません。

そしてアッテンボローさんと木下さんは、事前に伺ったあなた方の希望になるべく沿うように、行政が税金を使い、依頼を行なって来て頂いております。

職業選択の自由は人権として保証されておりますのでね。

あと、念のため申し上げておきますが、この世界では、ある特定のならず者都市を除き、奴隷制度も有りませんし、人種による差別も許されておりません。

あなた方の中には、ヒューマン種以外を『亜人』と称する方がたまに見受けられますが、『亜』とはそもそも『劣った』や『主たるものに次ぐ』などの意味ですので『亜人レッサーヒューマン』或いは『亜人デミヒューマン』とは他者を見下す差別用語となりますのでお気をつけ下さい。

それから皆さんの初期プログラムとして、その道のプロの方に指導を受けて頂きます。そこで適性を見定めて貰います。

恐ろしい魔物と戦い、都市とその住人を守りたいというあなた方の崇高な志しは有り難く思います。

ですが、戦闘職ご希望との事でしたが、気が変わればいつでも仰って下さい。半年以内でしたらこちらも出来るだけサポートさせて頂きます。それを過ぎた場合は、ご自分で何とかなさって下さい。

いいですね?

最後に、この世界にはレベルというあなた方が仰る概念は有りません。ステータスウィンドウなる物も存在しません。

ただ、魔法や錬金術、スキルというものは有ります。何事も技術に熟達したければ、地道な経験と訓練が必要ですので、御精進なさって下さい」


一気呵成に捲し立てるアッバスに一同タジタジである。


「は、はい」


またも代表して山中が答えた。


「ではアッテンボローさん。彼らが戦闘に向いているか向いていないかの見極めも宜しくお願い致します。向いていないと判断された場合は遠慮なくアドバイスをして下さい。

無駄に命を散らさぬよう充分な配慮をお願い致しますが、もし仮に死亡致しましてもこちらの皆さんはそれを承知の上で魔物を相手にされるので、咎めは致しません」


わざと彼らに聞かせるようにアッバスは言う。


《うん、俺が最初にこれを聞いたら間違いなく別の仕事を選んだな》


と、功は思う。事務方や会計士の仕事はありませんか?と。


「あ、あの、私やっぱりやめます。他の安全な仕事がいいです!」


村田が言い出す。


「私、狩野君に誘われただけで、別に戦闘職希望じゃないです」


村田は泣きそうだ。

それもそうだろう、アッバスは親切そうに見えて実はまるで人ごととして扱っており、役所仕事丸出しなのだ。


それこそ、彼らが生きようと死のうと頓着していないのではないかと思える程に。


だが、それも一つの演技なのだろう。

いい加減な気持ちで命のやり取りをさせない為にも、ここは一度冷水を浴びせて、静かに考える時間を作らせようとしているのだ。


男3人もかなり揺らいでいる。


「分かりました。では村田さんはまた午後にでも今後の事について考えましょう」


そう言うアッバスは先程までとは違い、どこかホッとしたような顔をしていた。





「なんか、疲れた」


面談が終わった後、廊下を歩きながらポツリと功が呟く。


「今日のはあれでもマシな方よ。完全に人の話聞かないで、目が逝っちゃってる奴も中には居るし。全く倫理観違う世界から来てた訳でもないからね」


「昨日聞いたあれとか?」


「そ、人死にが出てないだけマシよね。転移した途端に周りの人を殺し回ったって奴も居るから。そいつはたまたま近くにいた傭兵に射殺されたらしいけど」


「そ、それは・・・怖いな」


「とにかくご飯食べに行きましょ。ランチミーティングよ」 


2人は庁舎の食堂でランチを摂る事にした。庁舎の食堂は何処の世界でも安くて味もそこそこなのだ。


席に通され、アーネスはこれでもかと具材が挟まったハンバーガー。功は木の子パスタを注文する。


「で、あの人らの方針決まった?」


食事を待つ間に簡単なミーティングだ。


「ええ、戦闘職希望だから基本はそれに叶うようにするけど、ちょっとね〜」


「うん、難しいような気がするな、体力無さそうだし」


「今まで私の見立てってあまり外れた事無いんだけどさ、まあ、今回も難しいかもね」


「外した事もあるんだろ?」


「アンタの時ね。私最初はアンタも無理かもって思ったもの」


水を飲みながらアーネスは功を見る。


「そりゃそうだろ、過ごして来た生活が違うから覚悟が無いもんな」


功はさもありなんと頷く。


「アンタの場合はちょっと違うんだけどね。アンタは何で闘えるようになったの?」


功の眼を真剣に見つめながら問う。


「お前がやれって言ったんだろ?」


呆れ気味で答えたが、アーネスは納得しなかった。


「そうじゃないでしょ?私が聞いてるのは覚悟の事よ。大体アンタは人からただやれって言われても、納得もせずにやらないでしょ?」


「そうかな?そんな気もするな。でも、覚悟か、何でかな?」


功はあの時の記憶を探る。


「あの時は確かに助けて貰いたくてパーティに入った。けど、助けて貰うだけじゃただのお荷物だろ?それは嫌だし、自分がみんなの助けにならないと、助けて貰う価値が無いんじゃないかって思ったんだ。まあ、それは今まで変わらないけどな」


アーネスはしばらく黙っていたが、一つ頷いた。


「アンタはそうね、そんな奴よね」


攻める為に闘うのではなく、守る為に闘う。


攻めるにも沢山の意味がある。

生活の向上、強さの探究、名声への道。

守るにも、生活、命、誇りと数え上げればキリは無いだろう。


みんなそれぞれ、どの分野であろうとも闘っている。

いかに自分の中で動機付けが出来るかで覚悟が違ってくるのだ。


故に中途半端な気持ちでは、攻めも守るも出来なくなり、人は消えて行く。


「とにかく明日はここから南に行ったソートレイの森で研修するから、アンタも教習終わったら予習しといてよ。あそこは大した魔物はいないけど、油断はしないようにね」


丁度料理が運ばれて来たので2人で食べる事に専念する。

パスタを「一口」と、言いながら1/3アーネスに持って行かれたのは言うまでも無い。お返しにポテトとピクルスは貰ったが・・・





午後は別れてアーネスは事務所で研修の準備、功は同じ区(島)内にある教習所に入所して、座学2時間、実技2時間の教習を受ける。


正直楽しい。早く免許が欲しい。


午前のモヤモヤも忘れて功は教習を楽しむのであった。

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