第54話異世界は疲れる!

喪失する重力、襲い来る浮遊感。


功はアーネスを胸に貼り付けたまま、バイクの上で『スーパーマン』というトリックをキメた。


ジャンプ中に両足を後方に伸ばし、バイクの上で水平飛行しているような姿勢をとるトリックだ。

モトクロスでは比較的基本的なトリックで、難易度は高くない。


功は本格的なモトクロスはやらないが、似たような競技で、エンデューロというのをやっている。

エンデューロは特にトリックをキメる競技ではないのだが、遊びでやって覚えたのだ。


その姿勢のままハンドルから両手を離し、左手でアーネスを抱き抱え、右手で口に咥えたスマホを手にとる。


ストレージをタップし、空中でバイクを収納。

急いでスマホをしまい、そのまま自由落下。


《そう言えばカリオストロのお城でこんなシーンあったな》


あの名作では主人公の三代目Jsoulな大泥棒が少女を優しく抱き締めていたのに対し、こっちはだいしゅきホールドという違いはある。


高度およそ800m以上からのダイブ!


風を読む。


崖は垂直に近いが、完全に垂直ではない。身体をやや傾け、空気抵抗で崖から少しづつ離れて行く。


数秒で約500mを落下する。


実は怖くて仕方がない。


パラシュートと同時にウィングスーツも購入しようかと考えないでもなかったが、功はウィングスーツは使用した事が無い。

それどころかスカイダイビングも経験が無い。


だが、将来的に挑戦したくて、今まで何回も海外のウィングスーツフライトの動画を見て研究していたが、使った事がない物をぶっつけで使う勇気はなかったのだ。


功はアーネスを抱く腕に力を込めた。これから来るショックでアーネスが離れないように。


背中に背負ったバッグから伸びるコードを引く。


バッ!


と、パラシュートが開く。


地下二階でボチッたのはこのパラシュートである。

保険のつもりだったのだが、まさか本当に使用することになるとは・・・


もし、また日本に帰る事が出来たなら、コッソリ使おうと思っていたのに・・・


日本円を使わずして以前から欲しかった物が買え、ラッキー!

と密かに喜んでいた自分を叱りたい。


強い反動と共に身体が宙に浮き上がる感覚がある。

実際には落下速度に急ブレーキがかかっただけで、上昇している訳ではない。


だが、固定されている訳でもないアーネスには、恐ろしく危険な慣性運動だ。


功はアーネスを落とさないように膝を上げ、限界まで腹筋に力を入れて腰で受け止める。


アーネスの腕が巻き付けられている首に、大きく負荷がかかるが、膝を自分の頭に着ける勢いで上げ続け耐えた。


そしてその目に飛び込んで来た景色。


すぐ横の崖には、確かに巨大なダッチマンウォールバンカー達の死体がへばりつくようにある。


ガイストの言うように、業の深い罪人達がうずたかく積もった死体の山を抜け出し、地獄から天国に這い上がって行く執念のような凄みを感じる。

確かに神話の世界のようだ。


そして巨人達を細かに観察して見れば、頭蓋骨に細かな孔が無数に穿たれていた。

重力砲の痕だろうか。

もはや知ったこっちゃないが。


二度と来ないと心に誓う。


「アーネス、手を離すからしっかり掴まってろよ」


アーネスは青い顔で目を閉じたまま、無言で両手両足に力を込める。


功の預かり知らぬ所だが、この世界の住人は一部を除いて高所恐怖症の者が多い。


どの街も空の魔物に対しての安全対策の為、高層の建物は少なく、高くても5階程度である。

航空機の無い世界の人々は高さに慣れておらず、故に高さに対する耐性が無いのだ。


パラグライダーは両手で操縦をする。

左手のコード引けば、パラシュート左側のキャノピーが閉じ、空気抵抗が薄くなり右旋回をする。

逆の操作をすれば左に旋回する。

両方閉じれば揚力が下がって降下するのだ。


功はパラグライダーのPGBというライセンスを持っているが、まだまだひよっこだ。フライト時間も短い。


まして、経験の無いアーネスには無理だろう。


当初、アーネスにもパラシュートを装備させようと思ったが、操作出来ないとどこに飛んで行くか分からない。

墜落や、高度による恐怖で失神の危険も有る。

アーネスが恐怖する絵が見えなかったのは置いておく。

一般論だ。


この森ではぐれるとその時点で詰みである。

なので、功は敢えてアーネスには装備させず、この手段を取ったのだ。

せめてハーネスを連結したかったが、時間は無かった。


パラコードを操りながら、高度を下げる。


「ドク!今、川の上を降下してる!何処だ⁉︎」


『な、何〜っ!降下だ〜⁉︎正気かお前っ!』


インカムの向こうから、ドクの声と散発的な銃声が聞こえる。


その銃声は功の耳にも捉えられた。


《あっちか!》


功は川下に舵を切る。


『まさかお前!うわっマジかよ!見つけたぞ!そのまま川下に進め!』


眼下の木陰からエンジン音が響く。


『功っ!後っ!』


ドクの声に振り向くと、数百m先に巨大なフクロウがこっちに向かって来ている。


真っ白な羽のキングオウル。


遠近感が狂う程巨大だ。翼長は数十m有るだろう。


音も無く空を飛び、マウンテンロックスキッパーを好んで捕食する森の覇者。


「マジかよっ!」


『ガイストッ!フィーッ!対空射撃っ!サラディは周囲警戒!』


ドクの声にも緊張が走る。


一難去ってまた一難。

まったく異世界は疲れる!


功は両手を引いて急降下、ギリギリで開き、また揚力を復活させる。


「まずアーネス落とすぞ!受け止めてくれ!」


キングオウルは、滑空するのに音がしない上に進行方向後、つまり風下に居る。

これだけ巨大なのに功の耳でもほとんど感知出来ない。

恐ろしい奴だ。


なので首を廻らせて肉眼でキングオウルを視認し、ボートは耳で追う。


『気をつけろよっ!後もう少しだっ!』


ドクの声が肉声とインカム両方から聞こえる距離になった。


ガイストとフィーの援護射撃が始まるが、キングオウルは自分の周りに都度球形のシールドを張り巡らせ、7mmはおろか15mmまで易々と防いで真っ直ぐにやって来る。


《そんだけデカくて空飛んでて、無茶苦茶強そうなのにシールドまでってズルいだろっ!》


功は心の中で罵るが、得られた情報を無意識に分析する。


デカいのに知覚は鋭い。

巨体が災いして回避能力は低い。

わざわざシールドを張るというのは、当たればダメージをこうむるという事だろうか?

それにキングオウルのシールドは空間固定ではなく、5m程の相対距離を保った球形のものだ。

シールドと言うよりバリアーだ。

バリアーを張ると空気抵抗が大きくなり、飛行速度が大幅に落ちる。

故にバリアーは着弾寸前に張られ、一瞬で解除される。

それより何より、


《フクロウは夜行性じゃないのかよっ!》


と、全力で突っ込みたい。


『凄いぞ!やっぱり何度やっても僕の15mmじゃ、あの防御には歯が立たないっ!』


ガイストは何故か嬉しそうだ。

彼の性質については考えるのをやめ、眼下を観察する。


この川幅は狭い、周囲から迫って来る木立で進路はギリギリだ。


川にさえ降りられれば、あの翼長では追って来られないのではないだろうか。


細かく修正舵を取り、アーネス爆弾の投下ポイントを探る。


ドク達の乗る船外機を付けたゴムボートを見つけた。


西陽が美しい紅葉の森の中に、一筋流れる清流。

深い木々の枝の切れ目に、無粋なアーミーカラーのゴムボートが波を立てて下っている。


川はあの城砦のあった山を北から迂回するように流れ、西に向かっている。


降下して気付いた。意外に川幅が広い。

人の手が入っていない森の木々は高く伸び、樹高30mは有るだろう。

その枝が川の上にも張り出して深い影を作っている。


功は慎重に、だが可能な限り急いで木々の枝を躱して張り出した枝の下に入り込む。


これでキングオウルから逃げられたかと思い振り返ると、そう簡単には逃してくれなさそうだ。


奴はまるで隼のように翼を畳むと、くるくると回転しながら突っ込んで来る。


枝の庇を抜けると再び翼を広げる。


どうやらここは奴の縄張りのようで、地形も知り尽くしているのだろう。


ボートは?


居る。

ほぼ真下だが、まだ高度がある。

せめてもう少し下がらないと川に落とす危険が有った。

しかも川はそれなりに流れが早く、この時期の水は冷たいだろう。

何より何が潜んで居るか分からない川に落とす事など出来ない。


キングオウルが迫る。


「ドク行くぞ!」


「おう!」


下でガイストとサラディがブランケットを構える。


「アーネス!」


「は、はひっ!」


「投下!」


どうやら軽い高所恐怖症らしく、しがみついて離れないアーネスを、無理矢理引き剥がして突き落とす。


「投下⁉︎アンタ今投下って言ったぁぁあああぁぁあぁああぁぁぁっ!」


ドップラー効果を残しながらアーネスが落ちていく。

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