第46話地下一階

外は静かだ。何の音も聞こえて来ない。

だからと言って安全だとは限らないのがこの世界だ。


扉は内側にへこんでおり、この材質でこの厚さの物をここまでへし曲げるのは並大抵のエネルギーでは無い。


やった奴を功はチラ見しかしていないが、確信している。

アイツだ。外の足跡の主。

前三本後二本の爪を持つ足跡の主だ。


おそらくアーネスが表門で見かけたのもそうだろう。


騎士鎧を模したデザインだが、頭が大きく少しアンバランスで、両腕の肘から先はまるでサラディが持つグレネードランチャーの様な太い砲身になっていた。


子供背丈で足が鳥っぽい頭でっかち青い西洋騎士鎧風ロックマン。


そいつからは生き物特有の気配を全く感じなかった。

呼吸も、鼓動も、その立ち居振る舞いさえ。

まるでロボットのように感じたのだ。


扉をへこました攻撃もよく分からない。

火薬等の薬品の匂いも無ければ爆発の熱も無いのだ。


そっと扉を触ってみると、形が歪んでどうにも動かす事が出来なくなっている。

覚えたてのマスターキーでもこれは無理だろう。

つまりここからの脱出は不可能になったという事だ。


扉と壁に開いた僅かな隙間から外を見てみるが、視界は限られていて、殆ど外の様子は分からない。

フレキシブルのファイバースコープが欲しい所だ。


だが、こうなるとこの扉から出られない以上ここに留まるのも無意味だ。一旦下に戻る事にした。


「どうだった?」


「いや、何も分からん。扉も変形してるから上からは出られない」


「下はどうなの?」


「下は多分何処にも繋がってないと思う。俺が落ちたような仕掛けの部屋が幾つかと、多分守衛部屋とか留置場みたいなのだと思う。確認はしてないけどな、ひょっとしたらモグラの穴もあるかも知れないけど」


モグラが何の事だか分からないアーネスは、何かの例えかと思いスルーして別の事を尋ねる。


「この向こうは?」


アーネスは地下一階に続く扉を指す。


「そこはまだ行ってないんだ。開けても無い。表はどうだったんだ?」


「さっきの奴以外は何にも無かったわよ。人間どころか魔物さえ居ない感じね。めぼしい物も一切無かったし、まるでくたびれ儲けよ」


アーネスはやれやれと首を振った。


そんなアーネスに、功は腰のポーチから集めた魔石とスキルマテリアルを出して渡した。


「どれくらいの稼ぎになるかは分からないけど、足しにはなるか?あとこれも有る」


さらにスマホのストレージから、ライブラリの相場表示で比較的高額を示した希少植物や木の実、その他よく分からない物を出した。

これらは道々拾い集めた採集品だ。後半は余裕が無くなって殆どスルーせざるを得なかったが、多分そこそこの値段は付くだろう。

名前も金額も効能も覚えちゃいないが、出来る限りせっせと真面目に集めたのだ。


突如湧いたお宝の山に、アーネスはしばらく絶句していたが、ニンマリ笑うとバンバンと功の肩を叩いた。


「さっすがウチのエース!やっぱりアンタ入団させて正解だったわ〜!これだけ有れば今月の支払いギリギリ何とかなりそうよ!

あ〜何か一気に気が楽になった〜っ!ほんっと今月ヤバかったのよ〜!

事務所の水漏れもちゃんと修理しなきゃダメだったし、私の装備もマルッと新調しちゃったしね〜、スマホも買い直さないとならないしさ!アンタが居ない間の仕事も良くなかったし。

大体皆弾使い過ぎなのよね!経費やり繰りしてる私の身にもなれってのよ。ま、私もパンツァーファウストバンバン撃ったのも悪いんだけど」


《こんなとこまで来て資金繰り心配するなんて経営者は大変だな。てか、自業自得じゃないかよ!》


だが、アーネスは知らない。

このスキルマテリアルは、スキル自体は似たような物が他に有るのだが、由来の物なので、研究用に通常より遥かに高額で買取られると言う事と、新種の死体そのものが更に高額で買取られる事を。

パーティを結成してまだ半年しか経っていないが、このミッションだけ(と言うよりも功だけ)で月の売上げの最高記録を叩き出すと言う事を。


「とにかくでかした!取り敢えずパーティクラウドのストレージん中に入れといて!ドクがバッチリ処理してくれる筈だから」


「魔石とスキルマテリアルはお前が持っといてくれ、俺はいつまたあっちの世界に帰るかも知れないしな」


何気なく功が言うと、アーネスは一瞬ポカンとした顔をしたが、急に無表情になり、微妙に不機嫌となった。


「そうね、これ持って帰られちゃ堪んないもんね」


「あぁ、俺が持って帰っても向こうじゃ使い道も無いしな」


アーネスの微妙な変化に気付かなかった訳ではないが、のんびりもしていられない。気にしていられる状況でも無い。

そろそろ次の行動に移るべきだろう。


失った体力は魔法やポーションでは戻らないが、元々功もアーネスもフィジカルは無駄に強い。

何より合流出来て勇気100倍だ。

けしてお互い口には出さないが。


怪我も全快したし、この様子だとここでの宝探しはお開きにしても良さそうだ。後は無事脱出するのみ。





別の出口を探す為の選択肢は少ない。まずは地下一階を偵察しなければならない。


ヘルメットを脱いで扉に耳を付ける。

功のウルズセンシズも万能では無いので、扉越しだと拾える情報は殆ど無い。


今の所、何か居るとしか言いようが無い。

多分地下二階と同じようにポイズンリーチ、猿、モグラの三点セットと思われるが、新手の可能性だって充分あり得る。


「何か居るな。多分地下二階に居た奴らだとは思うんだが」


「ひょっとしたら地上にはさっきのが居るから魔物もうろついて無かったのかも。建物の中とか地下はさっきののテリトリーじゃ無いのかもね」


アーネスにしては鋭い。

が、テリトリー云々は思い込むと危ない。ここにも入って来ると思って行動した方がいいだろう。


「行くか?」


「行かないでどうすんのよ」


アーネスは良くも悪くも単純明快だ。


静かに扉を開ける。幸い施錠はされていない。


《やっぱりファイバースコープと集音マイク欲しいな。今度ドクに相談してみるか》


地下一階は二階と比べて薄明るい空間が広がっていた。

どうやら半地下のようになっているらしく、採光の為の細い窓が天井付近に開いている。

窓はガラスと太い格子で塞がれており、窓に飛び付いての脱出も無理だろう。


地下二階よりは広い通路が真っ直ぐ伸びており、片側にはドアが並んでいる。

幾つか開いているドアも有り、その付近には奴らが居た。三点セットだ。


ひとまず扉を閉め、アーネスの耳元に口を寄せて状況を報告する。


「斬撃を飛ばして来る猿が4匹、爪で割った石を散弾みたいに飛ばして来るモグラが6匹。ポイズンリーチってのが沢山。

猿は動きがトリッキーで速いが紙装甲。モグラは鈍重だが至近距離でも俺の散弾通らなかった。ペネトレート乗せたサボットスラグはいけたけど。被弾してもかなりしぶとかったから油断すんなよ。

距離は30mってとこかな。通路は幾つか分岐は有るけど随分先まで続いてるな」


「モグラって本当にモグラなのね。オーケー、私の7mmフルメタルジャケットでも何とかなりそう?」


「多分いけると思うけど、俺の右後ろから猿の方頼む。あまり顔出すなよ。猿はフルオートでばら撒けば簡単だと思う。ただ、分岐の先とか部屋の中とかはよく分からないから増援有るものと思ってくれ」


「了解」


「3.2.1で行くぞ」


黙って頷くアーネス。


「よし、3.2.1 GO!」

扉を開く、やや左に少し斜めで逸らすようにヘキサシールドを最大出力で展開。


《ペネトレート、エクステンション》


サボットスラグをダブルアクションで連射する。その後ろからアーネスが重低音を響かせ、7mmフルメタルジャケットを斉射、あっという間に30発を撃ち切る。

素早くマガジン交換。

不意打ちに猿は全滅。


功の方は6発撃ち尽くして4匹を撃破。2匹は外す。


反撃で散弾が飛んで来るが、低い姿勢でシールドの陰に隠れているので被弾は無し。


「任してっ!」


マガジンを交換し終わったアーネスが再び斉射。


銃弾を浴びてもしばらく悶えていたが、残りのモグラも沈黙した。


「やっぱり7mmでもフルメタルジャケットよりホローポイントの方がいいみたいね。後でパーティストレージから出しといてよ功」


「ホローポイントよりソフトポイントの方が良さそうだぞ」


「ならそっち」


死体を改めると、アーネスの7mmフルメタルジャケットも通じたようだが、この獲物で言えばソフトポイントの方が相性が良さそうだ。


簡単に説明すると、フルメタルジャケットは重くて柔らかい金属(鉛等)を、硬い金属(銅等)で薄く被覆した貫通性の高い弾頭である。

対してホローポイントはフルメタルジャケットの先端に穴を開け、着弾と同時に潰れて広がり、対象を破壊する弾頭の事であるが、貫通性が低い。

ソフトポイントはその中間だ。


どちらにせよ弾速の速いライフル弾は流石にショットガンとは貫通力が違う。




アーネスにソフトポイントが詰まったマガジンを幾つか渡し、拾える物は全て素早く拾う。


後続を警戒したが、今の所増援は無さそうだ。

警戒は解かないが、そっと息をつくぐらいは許して欲しい。


まだまだ先は長そうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る