第45話合流

ポーションのお陰で随分楽になったとは言え、痛いものは痛い。

骨も完全に繋がった訳ではないので、歩く度に痛い。

とにかく痛い。涙目になるくらいは痛い!


ポーション服用時の胃の熱さが治まって来たので、更にもう一口だけ飲む。


《アイツ、あー見えて実は結構凄い奴なんだな、今度からもう少し優しくしてやろうかな》


今になってアーネスの有り難みが良く分かる。

居ると煩いが居ないと困るという困った存在だ。


「ふぅ・・・」


《異世界しんどい、マジしんどい・・・日本に帰りたい・・・》


どっと疲れが襲って来るが、モグラと猿でかなり時間を取られてしまった。


アーネスも今頃魔物に襲われているかもしれない。

猿はともかく、モグラ並に耐久の高い魔物が複数現れれば、アーネスの装備だと厳しいだろう。

武器はともかく彼女の軽鎧は功の物より装甲が薄い。いくらドクの魔改造を受けているとは言え、防御力は高くない筈だ。

何より弾薬が尽きれば命も尽きる。

一刻も早く合流しなければ!(建前)

そして何より早く治療して貰いたい!(本音)


左の通路を進むと、最初の斉射で死んだ猿の死骸が数体転がっていた。

どうやらペネトレート付バックショットの弾幕で全滅していたようだ。

スキルマテリアルと魔石を回収し、死体はパーティストレージに放り込む。


落ちていたケミカルライトスティックを更に奥に蹴り込み、光源を確保する。


気配は感じていたが、そこに居たのは猿だけでは無い。

あの巨大ナメクジが犇いており、モグラも2、3匹居るようだ。


「うっ!」


気持ち悪い景色が広がっていた。

どうやらモグラと猿は仲が良いらしく、ここを共通の餌場としていたらしい。

餌は巨大ナメクジだ。


そこら中に食い散らかした跡があり、モグラは功に気付かず、いまだ熱心に食事中のようである。


取り敢えずスキルを乗せたサボットスラグで片付け、回収する。

ナメクジもサンプルで一体だけ送ると、すぐにドクから連絡が来た。


『コイツァ要らねぇ!コイツはポイズンリーチって毒ヒルで、厄介もんの生物だ。使い所も無ぇし魔石も雀の涙しか落とさねぇ。いちいち相手すんのも弾の無駄ってもんだ』


《くたびれ儲けかよ〜!》


「了解」


天井や壁にもポイズンリーチの這っていた跡があるが、多少周りが抉れている所を見ると、モグラの散弾や猿の斬撃で叩き落とされたのだろう。

床にしか居ないのは助かる。


そこだけは魔物に感謝だ。


あとは例のシールド三段跳びでコイツらをやり過ごせば良い。

痛いのは我慢する!





開けっぱなしのゲートを潜り、律儀に閉じて施錠する。脇の小部屋はスルーだ。

何か良い物が有るかもしれない。

が、悪い物も有るかもしれない。

シュレーディンガーの猫に用は無い。今は合流を急ぐ。


なるべく負傷箇所に負担をかけないように、それでも可能な限りの速さで歩き、歩きながらリロード。

アーネスとの短距離無線はホワイトノイズばかりで繋がらない。

全素回線では無い通常回線だと、やはり地下からでは無理なのだろう。


地下通路は真っ直ぐ続き、じきに突き当たりの階段が見えた。

上に続く階段のみで、階段室の暗い穴がポッカリと口を開けている。


落ちた高さからすると、地上までは二階分くらいだろう。

階段は途中で踊り場を経由して折り返し、上に続いている。

音の反響からして階段にも、周りにも怖そうなのや厄介そうなのは居ない。


そう言えばスキルを使いっぱなしだ。回復出来るチャンスがあればしておくべきだろう。

いくら異世界渡りの高濃度持ちと言えど、これだけ戦闘を続ければ魔力も尽きてしまいそうだ。


壁を背にして階段に座り込み、カロリーメイトを齧って水を飲む。

マナポーションを吹かして5分休憩。

何となくだが、残りの魔力は1/4程だと思う。

1ヶ月前に比べたら随分増えたような気がする。




《さて、そろそろ行くか・・・》


ライトスティックを痛む左手に握り、ヘルメット をかぶる。

少し安全地帯に留まると、先に行くのが怖くなる。チキン功はいまだ健在だ。


重い足で階段を登る。

途中のおそらく地下一階に出るであろう扉をスルーし、予想通り階段を二階分登り、内側から施錠されていた扉を静かに解錠する。

まるで対爆扉のような分厚さだが、動きは滑らかだ。


《何も居ませんように!》


そう願いながら、そっと手前に引き開ける。


居た。目の前に。


・・・アーネスが。


今、まさに扉を開けようと手を伸ばした格好で目を丸くしている。


「アンタ何やってんの?」


アーネス越しに外を見た功は、一瞬で状況を判断し、折れた左手で素早くアーネスの胸ぐらを掴み、扉の中に引き摺り込む。


扉に足をかけて蹴るようにして閉じると、その反動で後ろにと跳び、アーネスを胸に抱えたまま階段を橇のように滑り降りる。

背部装甲は厚いとは言え、振動で怪我に響く!


直後、爆音と共に扉が大きく内側にへこみ、バラバラと破片が降って来る。


もう全身痛まない箇所が無いくらい痛いが、構っていられない。踊り場まで滑り落ち、ヘルメット が有るとは言え強かに頭をぶつけた功は、フラフラとしながらも何とか立ち上がり、アーネスを引き起こす。

そのまま半分転がり落ちるように折り返して階段を降り。突き飛ばすようにアーネスを後ろに庇うと右手一本でオルトロスを階段上に向けた。


静かだ。大きく扉をへこませただけで、新たな攻撃は無い。

耳を澄ませ、感覚を研ぎ澄ませて可能な限り気配を拾うが、動きは無いようだ。


功が扉を開けて見たのは驚いた顔のアーネス、そして離れた場所からアーネスに向けて攻撃姿勢をとる小柄な人型の何かだった。


「ア、アンタ何やってんのよっ!」


とにかくアーネスは無傷のようだ。

ホッと安堵すると、猛烈に左腕が痛み出した。


添木にしていたペグがずれて、変な風に折れ曲がっている。


「痛い!やめろ!優しくしろ!」


そんな功の懇願を無視し、アーネスは功の脇に足を置いて強引に腕を引っ張り、正しい位置に戻す。


呼吸が止まるぐらい痛い。


素早く治癒魔法の上位、『ヒール』を詠唱するアーネス。

更に革ジャン鎧の上から功の身体全体に手を這わせ、患部診察魔法の『メディシン』を詠唱。

この魔法はCTやMRIなどに相当し、表面からだけでは分からない身体の深部の異常を感知し、より効率的に治療を行う為の医療魔法である。


「全くアンタって奴は何でそんなに怪我が多いの?マゾなの?」


《誰のせいだと思ってやがるっ!》


と、流石に食ってかかろうとしたが、アーネスは恐ろしく真剣な表情で、文句を言う雰囲気では無い。


素早くアーネスに革ジャン鎧のジッパーを下され、ロンTをまくられる。抵抗出来ない迫力だ。


まだ青痣の残る腹筋にアーネスは手を置き、今度は

治癒魔法中位の『キュア』を詠唱。そのまま手を滑らせ、胸の打突痕、肩の打撲痕、右腕の咬傷痕等も治療して行く。


いくら普段女と意識してなくても、いざ若い女に素肌を撫で回されると妙な気分になる。

取り敢えず恥ずかしい。


だが、今はそんな事は言っていられない。


一通り治療が終わると、アーネスは深く溜息を吐いて功にもたれかかった。


「とにかくありがと、助かった」


小さな声でお礼を言うアーネスに対して、先程の怒りはもう無い。

考えてみたら、時間にして1時間程しか分断されていなかったが、再開出来た安心感はハンパない。


「いや、俺もありがとう、助かったのはこっちもだ。そんな事より、さっきのアレは何なんだよ」


アーネスを支えながら功はもぞもぞと立ち上がった。

身体が信じられない程軽い!

アーネス様々だ!

口に出しては言わないが。


「分からないわよ、私だって今出くわしたんだから」


「そうなのか、でもなんかヤバそうな奴だったな。ちょっと見て来るからここで待っててくれ」


「アンタも大概ね。自分で今ヤバそうって言わなかった?それを見に行くの?」


「ヤバそうだから見に行くんだろ?情報は欲しい」


「死にかけといてよくそんな事が言えるわね。アンタが待ってなさい、私が見に行く」


アーネスが行こうとするのを押し留める。


「お前が行ってどうする。俺は斥候兵スカウトなんだろ?なら任しとけよ」


しばらく功の袖を握っていたアーネスだったが、根負けしたように溜息をつく。


「はぁ、そうね、なら任せた。しっかり偵察しなさい」


「了解」


いつの間にかチキン功は居なくなっている。

身体だけじゃない。心も軽くなっている事に功は気付いていない。

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