第44話そう上手くはいかない

新手の魔物は体長2m程の細長いタワシのような見た目で、尻尾は短く、首回りに襟巻きのような鬣が生えている。

目は毛に埋もれているのか見えず、鼻先は毛が無く尖って口からは牙が覗く。

前脚には野球グローブのように大きな手の平があり、そこから不自然に短い指、太く平べったい爪が伸びている。


モグラだ。デカモグラ。


細長いモグラは前脚の爪を床に突き立て、床材を抉る。

硬い床材が簡単に割れるのを見ると、相当な力と爪の鋭さだ。


そしてその抉られた床材は細かな欠片となり、何の前触れも無く射出された。


《あ、これか〜!》


シールドに当たり砕け散る床材の欠片。

功の胸を直撃した攻撃はこれだ。


暢気に見物している暇は無い。

猿の飛んで来る斬撃と同じような攻撃力だが、線の攻撃と点の攻撃との違いか、こちらの方がシールドが破られ易い気がする。


しゃがんだ体勢から、一番近いモグラにオルトロスを撃つ。


「マジかよっ!」


オルトロスのバックショットを至近から脇腹に食らい、ひっくり返って一回転したが、ダメージは入っているようだが毛皮を貫通していない!


《これならどうだ!ペネトレート!》


スキル込みのサボットスラグを頭に向けて撃つ。今度は流石に頭が潰れた。

更に猿に向けて残りのバックショットをばら撒く。

発砲する度に被弾箇所が疼く。


《クッソ!いって〜よっ!》


その間も床材弾幕は散発的に続くが、このままではシールドが持たない。

隠れる場所も無く、あんな弾幕に晒されたら、いくらマウンテンロックスキッパーの革ジャン鎧でも耐えられないだろう。


生き残った猿も、いつ背後に回って来るか分からない。


やりたくはないが、ここはもうアレしか無い。


腰から缶型ハンドグレネードを一つ取り出す。


《4秒!4秒だかんな!早過ぎると石くれで弾かれるかもだから、1、2で出すぞ!せーの!1、2!》


しゃがんだ姿勢から床に伏せる。

弾幕の切れ目を見てピンを抜き、レバーを弾き飛ばして2秒数え、そっと目の前にグレネードを置く。


今まで展開していたシールドを消し、新たにグレネードと自分の間に最大出力で僅かに前傾する様に展開。

痛みを堪えて出来るだけ後ずさる。そしてネットで見た通りに目を固く閉じ、耳を手で塞ぎ、口を開けながら顔も伏せる。


バンッ!


覚悟していたよりも全然軽い感じの衝撃だった。

確かに全身を震わせる程の空気の振動は有ったし、頭から通路の構造材がパラパラと降っては来たが、以前フォレスタ何ちゃらのブレスとニアミスした時に比べると、そよ風と台風の違いが有る。


しかし戦果は凄かった。


グレネードの背後をシールドで遮い、更に前傾させた事で、爆発のエネルギーが全て前方に行っている。

しかも狭い通路が砲身の役目を果たしており、モンロー効果とまではいかないにしても、エグい効果を発揮していた。


まず、猿は全て爆風と榴弾片で薙ぎ倒されて血塗れだ。明らかに死んでいる。

床を這うモグラも大分弾き飛ばされ、腹を見せて動かない。

然しもの硬いモグラでもあちこち榴弾片で穴が開き、即死ではないかも知れないが、これは致命傷だろう。


それでも功は素早く立ち上がり、念には念を入れて新たにシールドを展開し、その陰に隠れて全ての銃をリロード。

左手にオルトロス、右手にホーネットを持ち、モグラにトドメを刺しに行く。


敵は動けない。苦しませるのもかわいそうだ。

そう思っていた。

せっかく新たにシールドまで展開したのに、まだまだ詰めが甘いと言わざるを得ない。ここは功の常識が通用しない世界なのだ。


腹から内臓をはみ出させているモグラは後回しにして、右肩から先が吹き飛ばされているモグラに狙いを定めた時、いきなり内臓はみ出しモグラが右手に噛み付いて来たのだ。


「うおっ!」


右肩吹っ飛びモグラも急に動き出し、足に噛み付いて来ようとしている。


革ジャン鎧の両腕は、胸と同じように手甲のような追加装甲が施されており、かなり強靭になっているが、腕の内側は追加装甲が無い。モグラの下顎の牙は僅かに皮革を貫いて来た。

皮膚を噛み破られ、筋肉に届いたが骨は無事のようだが、痛いものは痛い!


《クソッ!ペネトレート!》


オルトロスをモグラの首に押し当て発砲。自由になった右手で右肩吹っ飛びモグラにホーネット でトドメを刺す。


だが、一瞬遅かった。

功の発砲と同時に、足への噛みつきが失敗した右肩吹っ飛びモグラは、最後の力で床材の破片を飛ばして来た。

その床材は功がハンドグレネードで破壊した床材なのは皮肉であった。

咄嗟に身体を捻って避けようとしたが、これも左前腕の内側に被弾する。

至近からの被弾は貫通こそしなかったが、革ジャン鎧の強化皮革を大きくたわめ、骨をへし折る。


「ガッ!」


あまりの痛みと衝撃に、オルトロスを取り落とす。


それでも、いや、だからこそ痛みを堪えて間を置かず残りのモグラの頭を撃ち、魔物の殲滅を確認する。


急に力が抜けて来た。

アドレナリンが引いたのか、立っていられない。


《と、取り敢えず少し休もう》


少し座るつもりが壁に寄りかかり、そのままズルズルと寝そべってしまった。





功が使用した一般的なポーションは、アーネスのスキルと違い、瞬時に傷を癒したりは出来ない。


身体の自然治癒能力をブーストさせて癒すので、手術や特別な薬品が必要な傷病は、症状をある程度抑える事は出来るが、根治出来ない。

当然身体の一部が欠損、修復不可能なまでに破損した場合も生えたり、元に戻ったりはしない。

ただ、止血効果や増血・細胞修復効果、鎮痛解熱解毒効果が高いので、単純な貫通銃創や、骨折、刺傷、裂傷であれば顕著に治りが早くなる。

全治1ヶ月の傷病が、継続して適量のメディカルポーションを使えば、全治3日位になる程には治りが早い。


とにかく、何とか動く気力を取り戻した功は、まず使用した武装のリロードをした。

これはアーネスにもドクにも、口酸っぱく躾けられたので、一番に行う。


それから周りの惨状を見渡す。

死屍累々とはこの事かと思う。


《そう言えば剥ぎ取りしなきゃならないんだよな・・・》


憂鬱である。出来ればそのままにして先に進みたい。

だが、アーネスの方針は貰える物は根こそぎ貰う。例え魔物でも命を粗末にするな。なので、やらねばならない。


しかし、この量は素人1人では無理だ。

討伐証明部位も分からないし、スキルマテリアルが何かも分からない。

全素核魔石だけは、死体の近くに結晶化して転がっているのでこれは拾うだけでいい。


取り敢えずドクに相談してみることにしてスマホを取り出す。

いちいち身体が痛いが、アーネスと合流するまでの辛抱だ。


「あ、ドク?俺、功」


『んな事ぁ分かってらい、どうした?何か有ったか?』


功は自分の怪我以外の状況を説明する。


『とにかくお前さんには早いとこお嬢と合流して貰いたいからな。魔物の死体はデカくはないんだろ?それならマルッとパーティストレージに突っ込んどいてくれりゃぁこっちで捌いとく。スキルマテリアルの場所が分かんなけりゃ、『特異技能魔力波形探査アプリ』ってのをダウンロードすりゃ、写メ撮るだけで部位が分かるようになる』


《何て便利な世界なんだ》

と、思いつつ会話を続ける。


「パーティストレージって容量どん位なんだ?」


『一応俺たちも会社組織で業務用が認められてるからな、今の技術限界の2000リットルだ』


「それ足りるかな?」


『そんなにヤったのか⁉︎』


「不可抗力だ」


『功〜❤️、内臓なるべく新鮮なうちに頼むわね〜💕』


会話に割り込むフィーは今日も平常運転のようだ。


「りょ、了解」


『と、とにかくパーティストレージに放り込め、こっちですぐに取り出して場所空けるから。

それから俺たちもな、やっぱりそっちに向かう事にした。川をボートで遡上すりゃ早いからな。

多少危ないが、森を突っ切るよりは随分時間が短縮出来る』


「ま、それは任せるわ。了解、気を付けろよ」


通話を切ると、急いで功はアプリをダウンロードし、倒した魔物の写メを撮る。


モグラは右手親指の爪がスキルマテリアルで、猿は鎌の切っ先3cmがマテリアルだった。


ハチェットでその部分を叩き折り、死体は全てパーティクラウドに突っ込む。

魔石とスキルマテリアルは全素還元出来ないので、まとめて腰のポーチに入れておく。




後で知ったが、モグラも猿も新種だったようで、取り敢えずドクがモグラを『ライオンロックモール』猿を『エイプザリッパー』と名付けて登録したらしい。






追記

拾った新しいスキル、『スロウエッジ』と『ロックバレット』の両方共、功には適性が無かった。

飛ぶ斬撃『スロウエッジ』のスキルが密かに欲しかった功はしばらく落ち込んでいたとの事。

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